25回目 色々な可能性



「お前今は俺の部下だろうがッ!!」


 掟破りの総大将、御自おみずからの特攻に失敗した男。

 潜入前に命を落としたクレインは、理不尽を嘆いていた。


「お目付け役の意味合いが強そうだとしても、一応は、一応は補佐官として貸し出されているのに……!」


 どうして部下から、あんなにあっさりと殺害されねばならないのかと、彼はベッドの上で不条理に対しうなっている。


「ぬおぉぉぉおおお……!!」


 芋虫のように身をよじらせたり、首でブリッジするような体勢になったりと、クレインはせわしなく悶絶している。

 そうして3分ほどうめいてから、彼は唐突に動きを止めて状況を振り返り始めた。


「どういうことだ。監視のついでに尾行されていた? 俺、そんな怪しい動きをしていたか?」


 殺害される直前のクレインは、臆病なくらい慎重に周囲を見渡してきた。しかし斬られる瞬間まで全く気配を感じ取れなかった彼には、いつから尾行されていたのかも分からない。


 そして不法侵入する自分を止めるでもなく、咎めるでもなく、声すら掛けずにノータイムで殺しにきた理由はなおさら分かっていない。


「ああもう確かに、黒ずくめの服装をして路地裏にいれば怪しいだろうけど。それで即殺害とは、思い切りが良すぎるんじゃないか?」


 毒殺事件の前後を含めて、ブリュンヒルデの前では変な発言も、妙な行動もしないように気を付けていた。

 クレインが細心の注意を払って行動していたにも関わらず、彼女はやって来たのだ。


 どこから疑われていたのか。まさか毎日尾行されていたのか。ブリュンヒルデの他にも監視役がいるのかと、色々な考えが彼の頭を巡る。

 しかしその中で最も印象深いのは、彼女が起こした行動についてだ。


「普通さ、事情を聞いたり叱ったりするのが先だろ? ああ、もう本当に……どうして初手が殺害なんだ」


 領主が泥棒を働いている。そんな衝撃の瞬間に立ち会って、気が動転して攻撃したというならまだ分かる。

 しかしそれは侵入中に、家主と鉢合わせした場合に起きることだ。


 尾行して、じっくりと行動を観察して、その上で冷静に殺害が決定されたとすれば、もう計画的に殺られたとしか思えない。

 そしてクレインは状況を整理していく中で、考えたくない事実に行き当たった。


「……そう言えば商会も、ほとんどが殿下の口利きで進出してきたんだよな」


 いくら銀山ができて栄えると予測できても、田舎の子爵領に大商会が殺到するなどあり得ない。

 クレインの策を王子が後押ししたからこそ、今の状況が出来上がったのだ。


 つまり領地に集まっている商会のほぼ全てが、第一王子の声かけで集まっている。クレインよりも王子との繋がりが強い勢力なのだ。


「内政官たちもそうだけど、密命を持たされている人間の一人や二人いるはずだ」


 そもそもクレインは彼らの素性をよく知らない。


 彼がここ最近で出会った人物を思い浮かべた時、自ら関係を築きに行って打ち解けた人物など、スルーズ商会のトレックくらいのものだ。


 政商をやっているならば当然、どこかの貴族のひも・・が付いているだろう。しかしどの商会がどこの勢力と、どういった関係を持っているのかも一切不明なままでいるのだ。


「つまり最悪の場合は、全員がグルという可能性もある」


 全ての商会に王子の息がかかっており、領地の乗っ取りを企てている可能性。

 一部の商人に何らかの密命を与えて、領地を探らせている可能性。

 純粋にヘルメスだけが、単独で何かの謀略を張り巡らせている可能性。


 これについても色々と可能性はあるが、考察できるほどの情報は持ち合わせていないのだ。

 考えてみたところで何も分からず、毎度の如く頭を抱えるしかなかった。


「ぬがぁぁあああ! 分からない! 一体どういう状況なんだこれは!」


 侵入を試みただけでブリュンヒルデが襲撃してきたところを見ると、少なくとも王子とジャン・ヘルメスの間に、何らかの関係があることは濃厚だ。


 そう結論付けてはみたものの、それが正解なのかは分からず、彼がやることも変わらない。

 単純に調べるべき背後関係が増えただけだ。


「はぁ……はぁ……まあいい。一歩前に進めたんだから、収穫はあったさ」


 ヘルメス商会を家探しするには、ブリュンヒルデを遠ざける必要があること。

 毒殺の実行犯がドミニク・サーガで確定したこと。


 前回分かったことはこの辺りであり、これからやることは個々の深掘りだ。


「調べきれなかったこと。誰のどんな思惑で事件が起きたのかを調査するのが、今回の目的か」


 幸いにして「毒殺の3日前からやりなおしたい」と唱えてから会談に臨んだため、今回はすぐにリスタートができる。


 そして前々回までは会議に出席する人間を選んだり、毒物が入った料理を特定したりと手間があったが、事件解決までの道のりは既に明らかなのだ。


 今回は何をせずとも、家探しの直前までは辿り着けるだろう。

 そう結論付けて、クレインは己を落ち着かせる。


「そうだな……考えていても仕方ないか。まずはブリュンヒルデを――」

「私がどうされましたか? 閣下」

「えっ――!?」


 気づけば部屋の入口にブリュンヒルデが佇んでおり、明け方の薄暗い中に、ぼうっと幽鬼の如き存在感を放っていた。

 見た目の美しさと場の雰囲気が組み合わさり、却って余計な緊張感を醸し出している。


「あ、ああ、いや」


 天敵が寝起きに現れたのだから、クレインは内心で恐慌状態だ。

 金縛り状態に遭ったかのように固まって、口だけがパクパクと動いている。


「ご気分が優れませんか?」

「い、いや、そんなことはない」


 どうしてマリーではなく、ブリュンヒルデがモーニングコールに来たのか。

 クレインが疑問に思っていると、彼女は微笑みながら答える。


「私の耳はいい方なのですよ、閣下」


 部屋の扉が半開きになっていたのが気になり、近づいてみれば自分の名前が呼ばれていたので声をかけてみたと、彼女は言う。


 確かにいつもならマリーが走り去っていく時間ではあるが、しかし今日は深く考え込んでいたため、気づいた時にはもう逃げ出した後だったのだ。


「そ、そうか。聞かれていたのなら仕方がない」

「何かお困りごとでしょうか?」

「ああ、殿下に贈り物をしようと思うんだが、何か適当なものを選んでくれないか?」


 彼女はマリーと入れ違いでやってきたのだろうと推測しつつ、クレインは己の発言をごまかしていく。

 咄嗟に出た言葉は適当だが、ご機嫌取り自体は悪くないと思い、彼は言葉を重ねた。


「領地の特産品で殿下が気に入りそうなものを、君にも考えてみてほしいんだ」

「承りました。では、失礼致します」


 何とか収拾はついたが、寝室での発言内容まで聞かれることになった。しかもなんだか「いつでも話は筒抜け」という意味の、脅しに取れそうな発言まで飛び出したのだ。


 これからは自分の部屋でも油断できない。そう知ったクレインは自然と、胃薬に手を伸ばした。


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