24回目 なんで俺、殺されたの?
ここで時は毒殺を防いだ直前に巻き戻る。
「しかし動機は、分からず仕舞いか」
サーガの謀反を片付けて屋敷に帰還したクレインは、気味の悪さを感じていた。
一見した限りではヘルメスもグルに見えたが、証拠は何も無いからだ。
「密偵とかも育てておくべきだった。仕官希望者の中に、そういう仕事ができる人間はいたんだし」
有能な人材を集めようと大金をエサにした時。志願者の中には、武力以外の一芸に秀でた人間もそれなりの数がいた。
鍵屋一筋30年。王宮の宝物庫でも開けてみせる、などと豪語する危ない男。
どこにでも潜入して、どんなネタでも掴んでくると言う、自称敏腕記者。
その他にも足を洗った元コソ泥や、盗賊紛いのチンピラたちと本当に色々いたのだ。
色物を集めたかったわけではないクレインは、当然獲得の意向を示さなかったが、しかし何人かは雇った方が良かったのかもしれないと思い始めている。
「犯罪者は論外でも、潜入に長けた人材は雇っておいても良かったかな……。まあ、次があるなら考えるか」
現状でクレインに動かせる駒は少ない。と言うよりも信頼できる人間が少ない。
内政面では執事長のノルベルト。防衛面では衛兵隊長のハンス。
経済面では労働者の頭であるバルガス。細々した案件で小間使いに使えるマリー。
その他にも、古くからアースガルド家に仕える生え抜きの家臣はいる。しかしクレインが家臣たちの顔を思い浮かべていっても、何か特殊な技能を持っている者はいないように見えた。
「どこかのタイミングで人材を増やさないといけないんだ。俺の意思に従う、俺だけの人材を」
王宮から派遣されてきた人材は、少し風向きが変わるだけで離れていくだろう。
王子の考え一つで相当数が離脱して、国王の意向一つで全員いなくなる。
そうでなくとも王宮の息がかかった人間ばかりであり、気を抜けば領地を乗っ取られるかもしれないのだ。
つまるところ、
「まあ、そうは言っても無いものねだりだ。今は俺が動くしかない」
最終目標はラグナ侯爵家の侵略を防ぎ、領民と己の命を守り抜くこと。それを達成するために様々な対策を講じてきたクレインだが、課題は山積みになっている。
目下、配下を増やすためにできそうなことと言えば、献策大会に来ていた在野の士に声をかけて回るか。それともトレックを筆頭に、信用できそうな商人を囲い込むか。
それくらいしかできないなと、クレインは溜息を吐いた。
「いいさ。俺には最大の武器があるからな」
クレインは死んだとしても、過去に戻ることができるのだ。そのメカニズムは解明し切れていないが、使える武器はそれだけである。
ブリュンヒルデから殺害されているうちに、命を懸けた実戦による戦闘の心得が身に着いており、第一王子とのやり取りなどでも、人の顔色を窺う技術が伸びていた。
「どれだけ鍛えたって、あの騎士様に勝てる気はしないけど……俺が一騎当千の荒武者になる必要もない」
ラグナ侯爵家がアースガルド領に派遣した兵力は3万ほどだ。クレインが達人級になるまで鍛えても、絶対に勝てないのは目に見えていた。
領地を大きくする方向で動くのは正しいと結論付けて、彼は更に考える。
「このまま順調に発展していけば、2年後の兵力は1万前後になるはずだ。……多めに見積もれば1万3000くらいまではいけるかな」
急ごしらえで作った1万そこそこの軍勢と、ラグナ侯爵家で長年鍛え上げられて、動乱の中で転戦を重ねた歴戦の3万。
この戦力差で対抗できるかは怪しいが、本来ならば領内の戦える者をかき集めても、3000人弱の兵士しかいなかったのだ。
「元々を考えれば、上出来すぎる数だ」
つまり今までのやり直しの成果として、兵士を最大で1万人ほど増やせる見込みが立っている。
クレインが1万人分の働きをすることなど到底できないので、個人の武力はあったらいいな、くらいの認識になっていた。
「だけど、もう少し欲しいな。せめてが送られてきた軍隊の半分は集めて……それを指揮する将を用意すれば、足止めはできるだろう」
クレインに逆侵攻の野心はなく、彼らが去ってくれさえすればいい。領地さえ守り切れたら勝ちなのだ。
最悪の場合は持久戦に持ち込み、時間を稼ぐだけで撃退は可能かもしれない。
そもそもラグナ侯爵家は新しく手に入れた西の領地で、常に謀反の恐れがある。3万もの兵を新領地と正反対の方向に張り付けていれば、足元が揺らぐ危険もあった。
「ということで、ここからは安定志向でいきたいな。不安要素は排除していかないと」
そう言いつつ、彼は夜の街を駆ける。目的地はヘルメス商会のアースガルド領本店だ。
まだ一店舗しかないのに本店と名が付いていることから、店舗を増やす意思はあるのだろうと予想はできた。
「損得勘定で領地の発展に協力してくれるなら歓迎したけど、暗殺を試みるような勢力が成長しても、嬉しくはないよな」
いずれにせよ情報収集は戦略の要であり、ヘルメス商会を放置はできない。
だが諸々の事情を考えた時に、クレインが取った行動は――少しばかり常識から外れた。
「……領主自らが密偵に来るだなんて、夢にも思うまい」
ということで今現在、時刻は夜の一時過ぎ。クレインは黒ずくめの恰好で路地裏にいる。
暗殺事件の際に怪しい動きを見せた商会に、総大将自らがガサ入れに来たのだ。
「現状では諜報に使える部下がいないし、育てる時間もないからな」
それなら発想の転換だ。クレインが密偵のプロになればいい。
ブリュンヒルデから殺される度に、彼は剣を避ける技術が向上している。剣を振る方はからきしでも、どういう攻撃をされたら防げないのかはその身で学んできたので、心得はできているのだ。
何度も同じことを繰り返しているうちに身に着いたのだから、密偵についても同じことだろう。という話である。
「ある意味では俺に一番合った戦法だし、これしかない」
クレインが手を入れなければ全く同じ時期に、全く同じ展開が訪れるのだ。
誰が味方で誰が敵か。裏事情はどうなっているのか。最初から失敗を覚悟で、背後関係まで残さず洗い切ってしまえば済む。
もっと言えば裏切者が裏切るタイミングまで正確に分かるのだから、相手が調査を警戒していない段階から対策を打てる。
疑われていると知らない相手へ、逆に不意打ちを仕掛けることもできるのだ。
「さて、証拠になりそうなものを見つけるか。それともヘルメスを拷問して吐かせるか。――酷い話だけど、非人道的な作戦もやりたい放題だな」
クレインが死んでも時間が巻き戻るだけなので、危ない橋も渡り放題だ。どんな手段を採ろうとリセットが可能な以上、悪評が立つこともない。
手段を択ばずに何度も調べれば、最後には必ず正しい情報に行き当たる。それは確実だった。
「表は流石に警備がいるか。……窓から入ろう」
現地の路地裏から通りを見たクレインは、商会の前に
彼は路地に積まれていた木箱を集めて塀によじ登り、少し高い位置にある窓へ手を掛けてみる。
「当然鍵は閉まっているわけだが、対策済みだ。ここで粘土が役に立つ」
ここでクレインは、献策大会で盗賊から聞いたこぼれ話を活用していく。
盗みのプロ曰く、粘土を窓に張り付けてからハンマーで割ると、音が立ちにくい。
飛び散る破片も少ないので、家主にも気づかれにくいと言うのだ。
本当ならもっと下準備が必要になり、専門の道具を使った方が確実なのだが、すぐに用意できたのがこれしかないのだから仕方がない。
「失敗したらまた別な手段を考えよう」
そう呟きつつ、クレインは窓に粘土を貼りつけた。ずり落ちないように左手で支えながら、彼は右手で金槌を振りかぶる。
「えいやっ」
窓ガラスは鈍い音を響かせながら、何度も
人が駆け付けて来る様子は無いが、苦笑いしながらクレインは呟く。
「うーん、意外と力加減が難し――」
声はそこまでしか出ず、彼の視界がぐるりと一回転していく。
気づけば視界が真っ逆さまに落ちて行き、地面に倒れ臥した彼は、もう見慣れたブーツを拝むことになった。
「悪いお方ですね。……いえ、閣下のことではございませんが」
残念そうな声色で呟くのは、もちろんクレインの天敵であるブリュンヒルデだ。
彼女は血の滴る直剣を手にしているが、その血は誰のものか。それはもちろん、クレインの血だ。
「何にせよ、これで命令は果たしました。これからは――ああ、まだ息がありましたか。苦しませてしまいましたね」
ブリュンヒルデは穏やかな微笑みを浮かべて、クレインを確実に介錯した。
薄れゆく意識の中で彼が襲撃者の口元を見れば、極楽往生を祈り、小声で何かの祈りを捧げている。
「ええ……と」
どうやら窓枠と格闘しているうちに、背後から斬られたようだと、クレインにもようやく自覚できた。
またしてもブリュンヒルデに殺害されたと、状況自体は把握できたのだが――
――俺、なんで殺されたの?
という感想を抱きながら、クレインの意識は闇に沈んでいった。
王国暦500年8月22日。
この日領主が行方不明になり、後にアースガルド領は王家の直轄地に編入された。
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