26回目 困ったこと



「さて、ここで困ったことが2つある」

「どのようなことでしょうか?」


 執務室に戻ったクレインは椅子に腰を下ろすなり、深刻そうな顔で呟いた。

 彼の前にはブリュンヒルデが立っているが、彼女は平坦な声色で聞き返すだけだ。


「ああ、毒殺を仕掛けてきた犯人が分かった。そこまではいいんだが……」


 クレインが顔を上げてから、少し言い淀み、目の前の秘書を見据えて言うには。


「ヘルメス商会長も黒だな、あれは」

「根拠をお聞かせくださいますか?」


 ブリュンヒルデは優しい顔をするばかりで、クレインにはまったく感情が読み取れない。

 しかし何はともあれ、執務机に両肘をついて、溜息を吐いてからクレインは言う。


「まずサーガを追い詰めた時、ヘルメス商会長の方を見た」

「命乞いをするなら閣下へ直接。そうでないなら、まとめ役に取りなしを頼むのが自然ではありませんか?」


 確かに道理は通っている。しかしクレインが気になったのは、死に際に見せたサーガの態度だ。


「いや、ヘルメスの方を向いたサーガは、「裏切るのか? 信じられない」って顔をしていたからな」


 領主の暗殺を命じられた。又は協力したのに、依頼主が梯子を外した。

 サーガが死ぬ直前の反応は、そんな関係を連想させるものだった。


「共犯か、ヘルメスに命じられたかのどちらかだろう。むしろ俺はヘルメスの方が主犯に見えたよ」

「印象だけでは、いささか難しいかと存じます」


 横で状況を見ていたブリュンヒルデにも共感できる推理だが、彼女は首を横に振った。

 状況証拠だけで断定ができないのは当然なので、クレインはすぐに二の矢を放つ。


「では次に、あのレストランはヘルメス商会の出資で運営されている」

「閣下の料理に毒を仕込むのは、容易ということでしょうか」

「そうだ。サーガの独断では不可能で、絶対にヘルメスが関わるはずなんだ」


 給仕もシェフもソムリエも、全員がヘルメス商会に雇われているのだ。飲食物を用意する側なので、どこにどう仕込むかは自由自在となる。


 対してサーガは店に対して何の権限も持たない。協力関係が無ければ、そもそも犯行に移れないのだ。


「可能性はありますが、もう一押しでしょうか」

「……人の商会が運営している店に、毒入りワインを持ち込んでいたんだぞ?」

「ええ」

「最弱の商会が、勝手にそんな真似をできるはずがない」


 ヘルメス商会に睨まれれば、サーガ商会などいつでも簡単に吹き飛ぶ木っ端でしかない。

 仮に毒殺が成功したとすれば、その後「ヘルメス商会の店で毒殺が起きた」という話が広まるだろう。


 クレインがヘルメスの立場にいたのなら、自分の庭でそんな狼藉ろうぜきを働いた者を許してはおかない。確実に潰しにいく。


「そうでなくともヘルメス商会の店が領主のお墨付き、御用達のブランドを得る好機だったんだ。あの男に、それを邪魔しにいくような度胸があると思うか?」


 仮に協力関係が無かったとしたら、後の報復で破滅することなどサーガにも分かり切っていたはずだ。

 翻ってドミニク・サーガという男の、人物像を尋ねられたブリュンヒルデも素直に首肯した。


「いえ、見るからに小物でした」

「そうだろ? そもそも提供されたのは食前酒じゃなくて、メインの料理に合わせるワインだ。ヘルメスはそんな割り込みを許すような人物ではないだろう」


 自分が経営する店に、領主のお墨付きをもらう好機が到来した。そうであれば最高の食事を提供して、領主のご機嫌を取るのは当たり前だ。

 大事な商談の前でもあるので、ここで妥協するとは考えにくい状況でもあった。


「肉料理には最高の素材を使うが、ワインは他人が持ってきたお土産を提供する? 店をアピールしたいなら、そんなことはあり得ない」


 コース料理は酒まで組み合わせるものなので、全ての品がワンセットになるはずなのだ。

 そう語るクレインに対して、ブリュンヒルデはなおも問いかける。


「しかしサーガ会長が持ち込んだワインも一級品でした。子爵に献上する品としておかしくないくらいに」

「店にそんな品を用意してるってのもセールスポイントだ。何もなければヘルメス会長は同じ物か……もっといいやつを持ってきたと思う」


 品揃えが豊富で、その日の気分や都合に合わせられる便利な店。領主にそんな印象を持たせれば、経営はまずまず安泰だ。

 クレインがどこかの貴族との密会で使うようになれば、そこから新しい人脈の獲得もできる。


 ただでさえ新規に出店するエリアなのだから、ヘルメス商会長がそれを逃してまで弱小の商会に恩を売る理由が見当たらないと、クレインは語った。

 そして最後に溜息を吐いて、やるせなさそうに目を逸らす。


「土産のワインというのがいやらしいところだ。サーガが勝手に持ち込んだもので、私どもは存じませんでしたという逃げ口上まで使える」


 俗に言うトカゲのしっぽ切りであり、主犯がヘルメスで、サーガがいいように利用されていた。

 その形が一番しっくりくる推理だと、クレインは断言した。


「彼らが裏で手を組んでいたと仮定して、何故ヘルメス商会長は自らの店で毒殺を図ったのでしょうか? 確実に疑いがかかると存じますが」

「例えば土産にワインボトルを貰ったとしても、俺がいつ飲むかは分からないだろう? 目の前で飲み干すところを見たかったんだよ、多分」


 仮にクレインが毒入りワインを受け取ったとする。それでは何かの記念日がくるまで取っておくかもしれないし、最悪の場合は数年寝かせてから飲むかもしれない。


「つまり一度持ち帰ると、いつ飲むかは俺次第になってしまうからな」


 晩酌に開けて、一人で楽しめばそれでいいが、例えば他の貴族がやって来た席で提供されたら最悪だ。狙ってもいない貴族まで集団で毒殺して、とんでもない大事になるかもしれない。


 そんなリスクを背負うくらいなら、自分の庭で戦えばいい。ただそれだけの判断だと彼は語る。


「それに多少怪しまれたとしても、現状だと排除は難しいと踏んだんじゃないか?」

「あり得そうな話です」


 スケープゴートを用意したのだから、どう転んでも致命傷にはならないだろう。

 以上が彼の推理だった。


「確実に飲ませようとしたら、会食の席が一番いいんだよ。どうせ仕込まれていた毒は遅効性――だろうし」


 長々と語ったクレインは、最後に慌てて言葉を付け加えた。


 実際には毒を何度か食らって確認済みだが、今の・・クレインはそうではない。中身を確認したわけではないので、その場で死ぬような即効性の毒だったことを否定できないからだ。


「まあこれが、奴らが組んでいたという推論の根拠だよ。4つもあれば十分なはずだ」

「左様でございますね」

「……これで得られたものが、サーガ商会の支店から没収した財産だけだからな。実入りは少ない事件だった」


 従業員に指示を出しておけば済む話なのだから、それは会食に商会長が出てこなくても毒殺は実行可能だ。

 手下に犯行をさせることもできたのだから、会食のメンバーを変更したところで無駄だった。


 回り道が徒労に終わって疲れているクレインに向けて、ブリュンヒルデは思い出したかのように手を合わせて聞く。


「そう言えば、困ったことは2つ・・あると仰いましたね。主犯がヘルメス商会長だという懸念は理解できましたが、もう片方はどのようなお悩みでしょうか?」

「……これで、殿下の合格点に達したかなと。採点基準は分からないからさ」


 クレインがそう零すと、ブリュンヒルデは今日一番の笑顔でにっこりと笑った。

 どうやら合格点らしいと判断して、彼は胸を撫でおろす。


 クレインが疲れ果てているのも無理はない。何故なら無事に犯人を見つけてからも2回、ブリュンヒルデに殺されていたからだ。


 そのせいで、ブリュンヒルデが再びクレイン殺害記録の首位に躍り出た。


 結論を言ってしまえば、ジャン・ヘルメスとドミニク・サーガは裏で手を組んでおり、そこには第一王子の思惑まで絡んでくる。

 王子の試練は面会の席だけで終わらず、これが第二関門だったのだ。


 ここから先は時間遡行で裏側を確かめてきた、クレインしか知らない諸事情となる。


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