24回目 引導を渡してやろう
「よし、全員揃ったか」
クレインは覚えている限りで同じ道程を歩み、会合に戻ってこられた。
完璧に同じ行動が取れたとは言い難く、果たして裏切者が出てくるか不安なところではあったが、試しに無策で出席してみたところ――きっちりと人生をやり直すことになったのだ。
「一堂に会するのは初めてだな」
どうにか同じ状況を作り出せたと確認してからの、彼の動きは早かった。
裏切者の存在を確信しつつ、連続して死ぬこと10回。一つ一つ丁寧に選択肢を削っていき、彼は既に犯人と死因をほぼ突き止めている。
前回までに諸々の確認は終わっており、今回で事件を解決するつもりで臨んでいた。
「そうですなぁ。此度も儲け話を期待しておりますぞ」
「まあまあ、そう明け透けに言うものではございませんよ」
ただし今回の会合では特定の誰かを除いたりせず、フルメンバーで開催している。
そのため周囲の会話は、初めと全く同じ流れになっていた。
「おっと、これは失敬。登り相場に心が躍っているようですな」
「はははは。御大もまだまだ現役ということか」
犯人捜しが終わったというのもそうだが、出席者を変えたところで意味など無かったのだ。
何故なら――この会合を繰り返す過程で、全員一度ずつ除いてみてもクレインは死んだ。
トレックに胃薬を貰ってから、仮病で会食を途中退席してみれば生き残れたし、その晩に胃薬を飲んでも死ななかったので、この席で一服盛られたのは間違いない。
死ななかったせいで自ら命を絶つハメになり、彼はより一層げんなりすることになったが、少なくともここで毒を盛られた事実は確定した。
そして、
「話し合いはこの辺りでいいだろう」
「そうですな、昼食にしましょう」
出資比率などの話を軽く流して、問題の食事が始まり十数分が経過した頃。
そろそろメインの肉料理という辺りで、クレインは手を打つことにした。
「……この店はヘルメス商会が運営していたな。今日のメインは肉か? 魚か?」
「ヨトゥン伯爵領から仕入れた、最上ランクのヒレ肉をお出ししますぞ」
「そうか。そこまでいい肉なら、上等な赤ワインでいただきたいところだ」
クレインが何の気なしに言えば、ジャン・ヘルメスは顔を綻ばせてドミニク・サーガの方を向いた。
「ワインならばサーガ商会から提供されたものがございましたな。北部名産の品を持ってきたのだったか」
「ええ、一番いい物を仕入れましたとも」
二人ともごく普通の笑顔だ。今の時点では、特に怪しいところはない。
「ふむ。私はワインに目がないんだが、何を持ってきてくれたんだ?」
「シャトー・ブルドーの二十年物です」
「へぇ……それは楽しみだ」
もちろん嘘である。クレインは酒をそこまで好んでおらず、ワインの銘柄など全く知らない。
これから出される品を、確定させておくことだけに意味があった。
「そうだ。贈り物への返礼というわけではないが、諸君らにプレゼントがある」
「プレゼントですか?」
「恐れ多いことです」
王手をかけつつ、クレインは同行していた秘書官のブリュンヒルデへ目配せをした。
何が出てくるのかと、笑顔の商人たちの前に運ばれてきたのは食器だった。このアースガルド領で特産品になるであろう銀食器だ。
「ほう……これはいいものですな」
「南伯と私は遠い親戚なのだが、その縁で細工の職人を招かせてもらったんだ」
「なるほど、今後は領外に向けた特産品がまた増えるというわけですな」
南伯に無理を言って一流の職人を招いたとあり、試作品とは言えかなりの高品質だ。
買えばそれなりの値段がすることもあり、一部を除いた商人たちも悪い気はしていなかった。
「諸君らに渡す
「いいですね」
「ほっほ、我らの未来に。というやつですな」
クレインはそう言うなり、さりげなく全員の反応を観察した。
トレックは純粋に喜んでおり、御大ことへルメス会長も顔を綻ばせている。その他の面々も、商談成功な上にお土産まで付いてくると知って、
ほとんどの人間は会食を楽しんでいるが、しかし最弱の商会――サーガ商会の会長である――ドミニク・サーガはほんの少し、頬の肉を
「シャトー・ブルドーの二十年物に、最上ランクの肉。門出を祝うにはいい品だ」
「ええ、まさに」
クレインはこの戦法を繰り返して、食前酒、前菜などには毒が含まれていないことを確認済みだった。
それどころか、あまりにも早い段階で仕掛けると、メインの肉に合わせる
彼はもう何に毒が入っているのか知っているため、これらは全て茶番だった。
料理に自信があるのだろうヘルメスは笑顔で答えて、食器を裏方へ運ばせていくが、このやり取りを聞いたサーガはヘルメスの方を向いて、驚愕の表情を浮かべた。
「……さあ、サーガ会長。ワインを出してくれ」
「あの、ワインですが、その……」
「どうした? もう料理を運んできているのだから、早く」
ドミニク・サーガ。十中八九、彼が黒だ。
そう判断したクレインは、圧力を強めて仕留めにかかる。
「ああ、折角だから君に注いでもらおうか」
言い淀むサーガを追い詰めながら、クレインは銀の盃を突き出す。きちんと用意されたソムリエのことなど無視して、盃を突き付けた。
犯人を暴く上で重要になるもの。この銀食器こそが、クレインが用意した唯一の策だ。
ブリュンヒルデから怪しまれてまで用意したのだから、これで決着をつけてやると彼は燃えていた。
「で、では、その、注がせていただきます」
サーガは震える手でクレインの盃にワインを注ぎ込み、クレインはゆっくりと、時間をかけてテイスティングしていく。
丹念に、じっくりとワインをグルグル回し、周囲が「そこまでやる必要があるのか?」と戸惑うほど長く、香りを楽しむ素振りを見せた。
「いい香りのワインだな。樽も上等なようだが――何だ、これは?」
時間が経つ毎に盃は変色していき、やがて毒々しい色に変わった。
それが何を意味するかは明白だ。
「う……あの、ふ、不良品、だったのかもしれません」
「私は不勉強な人間だ。
「は、はは……。そのよう、ですね。管理が甘かったのかもしれません」
ワインの保管に失敗してワインビネガーになったとして、それはただの酢だ。銀食器が黒く変色することなどあり得ず、むしろ酢なら銀の汚れ落としに使えるくらいだ。
それはクレインも知っている。だが彼は完全にとぼけながら、変色した盃を商会長たちに見せびらかした。
「サーガ! 貴様!」
「アースガルド子爵に毒を盛ろうとしたのか!?」
銀は毒物に反応して、変色する性質を持つ。もちろんそれが効かない種類も多いが、今回使われたものはごく
反応した結果、新品の盃はすっかり黒ずんでいる。
「こ、これは何かの間違いです! 信じてくださいアースガルド子爵! ヘルメス会長!」
サーガはこの場で最も影響力を持つ両名に、必死の命乞いをした。
しかしクレインはもちろん許さず、御大ことジャン・ヘルメスも能面のような無表情のままだ。
「……商人にとって最も重要なものは、信用だと聞くが」
「そうですな、全くその通りです」
その返答に末路を悟ったサーガは、頭を抱えて金切り声を上げる。
頭を振りかざして、目を大きく見開きながら叫んだ。
「うわぁぁあああああ――! あっ」
だが、喚き散らしていた男は一瞬で静かになり、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。
彼が倒れた場所を中心に、彼の首筋から流れ出した血が水たまりを作っていく。
「ふふ、上手に逝けましたね」
クレインの横に立って微笑む女性は、慈愛に満ちた表情で、倒れたサーガを見下ろしていた。
ブリュンヒルデは「苦しみから解放してあげた」とでも言わんばかりの優しい瞳をしており、わずかに濡れた剣先を、ハンカチで拭き取りながら微笑んでいる。
「閣下、ご無事でしょうか?」
「あ、ああ。だが、捕らえて背後関係を洗いたかったのだが」
錯乱しかけた暗殺者よりも、むしろ自分の秘書官の方が恐ろしくなった。
そんな彼は抗議とも言えない抗議をしてみたが、これには特に意味は無い。
「狂乱に陥った人間は、どう出るか分かりません。閣下の安全が第一です」
「そうか……そうだな」
にっこりと微笑むブリュンヒルデを前に、彼はもう何も言えなかった。
今は味方で部下のはずなのだが、どうしても恐怖が勝ち強くは出られないのだ。
「ま、まあ、なんだ。裏切り者は見つかった。お騒がせして済まないな、諸君」
この場にいるのは一流の商人たちであり、それなりの修羅場を潜っている。
非は完全に、床に転がっている男にあることを確認しており、そもそもクレインとしても、この場で殺すのは想定外という発言があったのだ。
「いえ、子爵様が謝罪をされるようなことは、何も……」
「そうです。ひ、被害者なのですから」
どうにか気を取り直した一同だが、流石に殺人現場で会食を続けることはできず、微妙な空気のまま解散することになった。
しかしクレインは腹痛を訴えることもなく、毒で死ぬこともなく、生きたままで夜を迎えることができた。
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