9回目 全力土下座外交



「だからお前は誰だよッ!?」


 銀山の情報が漏れたのだろう。その後4回繰り返したが。クレインは毎度の如く、凄腕の暗殺者を送り込まれて死んだ。


 警備員を増やしてみたり、遠くまで出かけて難を逃れようとしてみたり、鎧を着こんで寝てみたり。

 色々と対策を講じてみたものの、全てが無駄に終わっている。


 最後は毎回同じ暗殺者に刺殺されたクレインは、覆面から覗く優しい瞳が目に焼き付いていた。


「……苦しみに満ちた現世から、今解放してあげるからね。みたいな、善意百パーセントの目をしていたな」


 利害が絡んだ欲望の目をしていれば、謀略を跳ねのける情熱も湧いてきたかもしれない。しかし暗殺者から悪意を一切感じられないことが、彼にとっては逆に恐怖だった。


「いや、しかしどうするかな……銀があっても、力ずくで奪い取られては意味が無い」


 そういった暴力から身を守るには経済力が必要であり、経済力の基盤になるものが銀だ。

 これはもう、卵が先か鶏が先かの問題だった。


「ぐぬぬぬぬ……。何か、いい手は……」

「おはようございまーす!」


 ベッドの上で唸っていると、メイドのマリーが入室してきた。

 しかし彼女はベッドで唸る領主の姿を見て、不安そうな表情を浮かべる。


「大丈夫ですか? クレイン様」

「あ、ああ、おはよう。モーニングコール、ご苦労様」


 彼女の記憶がリセットされていなければ、定期的に、朝一番から怒りを燃やす情緒が不安定な男と見られただろうか。


 ともあれ、何にせよリスタートだ。開いたカーテンから差し込む朝日を浴びて、クレインは黄昏たそがれていた。


「あの、嫌なことでもあったんです?」

「嫌なことと言うか……なあマリー。君がお宝を持っている時、目の前に山賊が現れたらどうする?」


 おはようの次に出てきた言葉がこれなので、マリーは返答に詰まった。

 しかし領主からの質問なので、取り敢えずは想像してみる。


「山賊なら、多分お宝と私をセットで持って行っちゃいますよね? ほら、私は可愛いので」

「そう、それ! まさにそう!」

「ええ……?」


 長めの茶髪をさらっとかき上げたマリーだが、ジョークを真正面から肯定されて更に言葉に詰まった。

 しかしクレインからすれば、その例えは非常に適当だ。


 魅力的なお宝銀山を狙う山賊たち暗殺者が、宝を持っている本人クレインまで害する。

 クレインは今まさに、その状態に立たされていた。


「そんな時、君ならどう身を守る? あ、ちなみにその宝は母親の薬代で、絶対に失いたくないとして」

「うわっ、急に条件が増えましたね。ええっと、どうしますか……」


 何やら真剣な顔つきの領主だが――非力な自分が身を守るとしたら、交渉以外の道はないだろう。

 そう思ったマリーは素直に、それが現実に起きたらどうするかを考えてみた。


「お宝を半分あげるから、見逃してくださいってお願いをしますかね。少しでも手元に残れば、薬も買えなくはないでしょうし」

「……なるほど。うん、いけるかもしれない」


 その状況では高確率で宝を全部奪われて、マリーは売り飛ばされるだろう。

 しかしクレインに当て嵌めた場合、彼の視点からは活路が見えた。


「やっぱりマリーはいいメイドだな」

「あ、はい。それならお給料を上げていただけると――」

「さあ、今日の朝食は何かなーっと」

「あっ、もう! 今朝もいつも通りですよ!」


 料理人の負担を減らすため、前の日に申し付けなければ、1年のうちほとんどは同じメニューが出ることになっていた。


 これは先々代の頃から続く伝統であり、当然今日もそうなっているのだが、上機嫌なクレインはマリーのお願いを誤魔化しつつ、軽い足取りで食堂へ向かう。


 事が上手く運べば、少しマリーの給金を上げようか。そう思いながら、彼は道中で今後の動きを思い浮かべた。





    ◇





 三週間後。彼は数枚の報告書を手に、王都まで来ていた。

 銀山をもう一度掘り当てるまでに1週間。王都まで馬車で12日。その後の2日は順番待ちだ。


「クレイン・フォン・アースガルド。謁見を許可する!」

「ははっ」


 重要な会議がある時は重臣たちが勢揃いするが、今日は国王と宰相、第一王子他数名しかいない。


 報告の内容は先に伝わっているはずだが、子爵が面会を求めてもこの程度か。いや、2日待たされただけで予定に割り込めたのだから早い方だ。


 十二分に優先されていると考えつつ、クレインは礼儀作法に気を付けながら謁見に臨んだ。


「面を上げよ」


 命じられた彼は跪いたまま、国王の胸元に視線を合わせた。


 伯爵以上の身分がある者や、何らかの特権を持った貴族なら立って普通に話をすることができるが、今の彼にはこの姿勢が正しい。


 さて、事前に話は通っているものの、跪いたままのクレインに対して儀礼的に宰相は聞いた。


「アースガルド領で銀の鉱脈が発見されたそうだな」

「左様でございます。詳細はこちらに」


 両手で報告書を掲げて、待つこと数秒。傍仕えの文官がそれを掬い上げて国王の元に運んだ。


 受け取った報告書を開いた国王は、険しい顔をしていた。しかし彼は読み進める毎に、その表情を緩めていく。


「なるほどな。結構な範囲に鉱床があると」


 冷静さは保っているものの、国王の声は少し弾んでいる。国政の課題である資源不足が解消される点でもそうだが、もっと目を引く事項があったからだ。


 差し出された報告書の末尾に付いている提案事項――別名、山賊への命乞い――が刺さっていた。


「利益の半分を、王家に献上するつもりか」

「左様でございます」

「つかぬことを聞くが……貴様、正気か?」


 国王が聞くのも無理はない。銀山から得られる利益の半分と言えば、現状のアースガルド子爵家が稼いでいる全収入と同じくらいになるからだ。


 領外から人を呼んで採掘の量を増やせば、更に数倍の利益を叩き出すだろう。


 銀不足で貨幣造りに影響が出て、高騰が続いている状況でもあるのだ。大儲けの機会を自ら手放しにいっているのだから、国王にもわけが分からなかった。


「採掘の人員も費用もそちら持ち。何がどうなれば、こんな提案が出てくるのか……」


 正直に言えばクレインも手放したくはない。利益は独り占めして領地の強化に使いたいのだ。しかしその権利を持っていれば殺されると分かっているため、これはもう仕方がないことだった。


 クレインの作戦はここから先にも続きがあるが、これはマリーの提案に沿った、「お宝を半分あげるから見逃して」作戦だった。

 これには命乞い以外にも狙いがあるので、クレインは落ち着いて返答する。


「はい、私は正気でございます」

「忠義の心、天晴あっぱれである……と、言いたいが、一体何が狙いなのか」


 王国の法律上、見つけた資源は領主が独占していい。そこから得た利益に税は掛けられるものの、それは儲けの1割ほどだ。

 

 王宮が召し上げを示唆したわけでなければ、アースガルド家の東南側は山脈と森林が広がるばかりだ。所有権に難癖を付ける貴族がいるわけでもない。


 険しすぎて一向に進んではいないが、森を開拓した分だけ領地を広げていいという勅許は何代も前から出ている。

 どこをどう切り取っても、正当に権利を主張できる場面ではあるのだ。


 だというのに、クレインは最初から全面降伏の態勢だった。初手から権利を放り捨てた土下座外交の姿勢で臨んでいるのだから、国王が不審に思うのも当然だ。


 こんなことをして何を狙っているのか。疑問を見透かしたかのように、クレインは理由を述べていく。


「私め如きが銀山を保有すれば、いらぬいさかいを招くかと存じます」

「確かに、まあそうか」

「であれば欲張らずに、最初から献上してしまうのが一番平和と考えました」

「……ある意味、一番賢い選択だな」


 その言葉で、何となく国王にも想像はついた。


 親戚から事業に噛ませろと言われて、面倒事になることは想像に難くなく、北方の小領主たちが連名で難癖を付ける可能性も残されてはいる。


 大義名分を気にせず、略奪目当てで紛争を吹っ掛けられる可能性は確かにあった。

 しかしここで、アースガルド側に大義があればどうだろう。


「王家のために銀を採掘しているのに、邪魔するのか?」


 この最強の言い分が手に入るのであれば、地方の小領主たちなど黙らせられる。ヴァナルガンド伯爵家はおろか、ラグナ侯爵家でも手出しはしにくくなるのだ。


 暗殺者がどこの手の者かは判明していないが、正式な庇護を約束された領主を殺せば大問題になる。

 だから下手に手出しをされなくなるはずだと、クレインは考えていた。


「しかし半分は行き過ぎだろう。普通は2割か、あっても3割か」

「陛下」

「気になるではないか。……なんだ? 伯爵位でも欲するか?」


 折角くれるというのだから、黙って貰えばいい。そう目で語る初老の宰相を横に置き、国王は献金の理由を尋ねた。


 国王にとっては身内の毒殺事件以降、久しく無かった朗報だ。血生臭い事件ばかりで気分が沈んでいたところに現れた、久々のいい話。そして気になる話でもある。


 国王は心なしか明るい表情でタネ明かしを迫っているが、一方のクレインは理想の流れが来たことに内心で興奮している。

 今の彼は、ポーカーフェイスを維持するので精一杯になっていた。


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