9回目 最強の盾と第一王子



「私が望むものは人材です」

「ふむ、人材」

「アースガルド領は交易の拠点として栄えてきました。しかし近年では、その額も減りつつあります」


 これは事実だ。近年では新規の行商路が増えたことに加えて、東部と中央部との交易が減りつつあるため、必然的にアースガルド領の往来が減少傾向にある。


「何か手を打とうと思い、新しい鉱床の調査を始めた矢先に銀が発見されたのです」


 そもそも粛清事件の後は、全国的に経済活動が停滞気味であり、通行料での稼ぎは先細りになっていた。

 その事実を基に、彼は適当な理由をでっち上げていく。


「銀山で得た資金を元に。将来を見据えた人材の育成を行おうと思っております」

「なるほど。官僚を育成するための、師を求めるか」

「左様でございます。運営に当たる人材もご紹介いただけますと幸いです」


 一国の王だけあり、彼も話が早かった。アースガルド家は長年子爵の地位にあるが、クレインは若年で跡を継いだため伝手に乏しい。


 領地の運営補佐ができる人材は知識層なので、どこかとの付き合いが無ければ獲得しにくい存在だ。

 鉱山を開発するにも管理者が必要となるため、単独での開発はそもそも厳しかった。


「また、兵士を見ても精鋭とは言えません。銀鉱山の守備に回す人員の練度に、不安が残るようなことは避けたいと考えております」

「ふむ」


 利益を献上する代わりに、領地で働く文官を探してもらうこと。それと同時に、文官たちの教育者となれる人材を紹介してほしいこと。

 これはクレインの背景を考えると自然な願いだった。


 武術の指南役とて、王命で集めれば信頼できる人材が集まるだろう。

 ここに不自然な点は見当たらず、国王は納得顔で頷いた。


「若手が育つまでに、4年ほど・・・・従事できる方をご紹介いただければ幸いです」


 何気なく付け加えた言葉にクレインの要望が詰まっていたが、彼はこの部分を一息に捲し立てた。

 大層な陰謀や取引などはなく、要求はそれで終わりだ。


「なるほど、話が見えてきたぞ。銀鉱山を守るには、アースガルド領が強くならなければならない」


 大筋を理解した国王は、上機嫌に笑みを浮かべていた。

 しかし彼は穏やかな口調から一転して、圧力を掛けるような口調でクレインに尋ねる。


「弱いままなら、銀鉱山を巡った揉め事が起きた際に採掘が止まるぞと。自らを人質に取り王家を脅しているようなものだな?」

「そのような意図はございません。万難を排したいと思うばかりです」

「……そうか」


 国王の両側に立つ近衛騎士たちも、不穏な気配を放つようになった。すぐにでも殺されかねない雰囲気だが、既に死に慣れていたクレインは黙って沙汰を待つ。


 この道以外に活路が見えないのだから、この返答に失敗したなら、もう一度やり直すだけだ。

 そう定めて待機すること数秒――軽く手を振りながら国王は続けた。


「冗談だ。まだ若いのに、しっかりと将来のことを見据えておるな」

「お褒めに与かり、恐悦至極でございます」

「騎士からの圧力にも動じない胆力。頼もしいことだ、任せて不安は無い」


 騎士たちの動きを手で制した国王は、先ほどまでと同じ上機嫌に戻った。

 彼はクレインからの提案を交渉無しで受け入れると決めて、謁見を終わらせにかかる。


「要望は可能な限り叶えよう。宰相に手配をさせるゆえ、共に事務方へ行くがよい」

「ありがたき幸せ!」


 この日一番の声量で返事をしたクレインは、その後すぐに謁見の間を辞す。

 彼は軽い足取りで謁見者の待機部屋に戻り、宰相を待つことにした。





    ◇





 銀による収益は減ったが、その分「王家の庇護」という最強の盾を手に入れた。

 各種の専門家や、兵に指南をする騎士も紹介してくれることにもなった。


 これにより、一歩。生存に向けた大きな一歩を踏み出せたのだ。


「ありがとう、マリー。給金は望み通りに上げてやろう」


 銀を発見できたのは専門家の意見を聞いたからだ。

 その利権を守るための方策を示してくれたのは、メイドのマリーだ。


 やはり人の意見は聞いておくべきだなと思いながら、クレインは謁見待機部屋のソファに腰かけて、宰相の手が空くのを待っていた。


「マリーとは誰のことだ?」

「うちで雇っているメイドの――っ! 殿下、これはご無礼を!」


 何の気なしに返答しかけたが、話しかけてきたのは第一王子だった。


 身体の線が細めで目つきが鋭い、少し神経質そうな人物だ。銀の長髪と相まって、浮世離れした雰囲気があるとクレインは見立てた。


 ともあれ背後から現れた王子に、慌てて礼をしようとしたのだが、当の本人がそれを止める。


「立たなくとも良い。私も座るからな」


 彼は傍に居たメイドに紅茶を淹れさせて、クレインの正面に座った。


 謁見の間では一言も発さず、個人的に話したこともないクレインは、彼がどういう人なのかを全く知らないままだ。

 しかし王子が少し年上になるものの、二人の年齢はそれほど離れていない。


「で、メイドがなんだと?」

「いえ、当家のメイドが、欲張りすぎると失敗するものだと話しておりまして」


 これはクレインの予定にないが、忌避きひするようなことではない。王子の方から切り出してきたので、国王よりは話しやすいことを期待しながらの雑談が始まった。

 

「考えてみれば確かにそうだと思い、今回の献上に至ったのです」

「なるほどな。下々の意見を聞く、良い領主というわけだ」


 第一王子からは国王と同種の圧力が漂っており、クレインを品定めするような目をしていた。

 彼はつまらなそうな顔で紅茶を飲んでから、更に続ける。


「横の繋がりは薄いそうだが、縦はどうか」

「寄り親はおりませんし、大家とのご縁もございません」


 ヨトゥン伯爵家とは血縁関係だが、本来であればクレインはまだその事実を知らない。

 だから何も知らないことにして、彼は淡々と言い放った。


「ふむ。そうか、それでは何かと大変だろうな」


 今度は少しだけ、口角が上がったかなと思うクレインだが、王子の笑みにどんな意図があるのかは掴めていない。


 利益を王家に献上すると宣言して、国王がそれを認めた以上、銀山を取り上げることはないずだが、果たして狙いは何か。

 クレインが身構える中で、少しの沈黙が流れた。


 十数秒の間を空けて、王子は再び口を開くが、今度は気持ち前傾姿勢だった。


「では東伯の、ヴァナルガンド伯爵家についてはどう思う」

「……あの、ええとですね」

「言い淀むということは、何か思うところがあるのだな?」


 とんでもない理由で殺されたことがあるのだ。思うところが無いわけがない。


 だが、見定めるような目に光が宿り、凄まじい圧力に襲われたクレインは、伯爵本人に漏れたら死ぬと覚悟した上で、衝撃の事実を明かすことにした。


「いえ、私の、話をしたこともないほど遠縁の話なのですが」


 しかし事の発端は親戚であるヨトゥン家からであり、詳しく話せば「大家との付き合いがない」という発言と矛盾する。

 そのため、あたかも東伯に遠慮をしている風を装いながら、彼は適当にぼかして答えていく。


「その、ヴァナルガンド伯爵家の御当主様から、熱心に縁談をいただいていると聞き及びまして」

「それならいずれは親戚ではないか。政敵でもなし、何が不満なのだ」


 普通に考えればむしろ味方寄りの立場ではあるが、伯爵の性質そのものに問題がある。

 などと考えつつも、クレインは告げた。


「……縁談を持ちかけられている者の年齢が、11歳なのです」

「……ああ、なるほどな。そう言えば、奴はそう・・だったか」


 ロリコン伯爵ということが周囲に知られていなければ、高位貴族への悪評を撒いたと糾弾されてもおかしくはない。


 しかし幸か不幸か、王子はヴァナルガンド伯爵のことをよく・・知っていたようだと、クレインは胸を撫で下ろす。


「では北侯、ラグナ侯爵家はどうか?」


 続いて話題に上がったのは、クレインをこのループに叩き落とした家。全ての苦労が始まった原因とも言える、因縁の侯爵家のことだ。


 だが現時点では何もされておらず、王家との仲も悪くないと聞いている。悪し様に言ったことが侯爵本人の耳に入れば、滅亡が早まるだけだ。


 そう考えたクレインは、取り敢えず持ち上げておくことにした。


「こちらにも勇名は聞こえてきます。誇り高く立派な方と存じます。まさに、王国にラグナ家ありと呼ばれるのも、納得の御仁ですね。ええ、憧れますよ、本当に」

「ふむ、そうか。貴様はそう見るか」


 クレインとしてはもう、内臓が煮えくり返るほどの思いで褒めた。


 領民の仇である家を、良く言わなければならないことは、はかなりのストレスだったのだ。貧乏ゆすりが出そうになったところをぐっと堪えて、彼は笑顔を維持した。


「先日の政変で、ラグナ侯爵家は大きく力を伸ばしたな」


 一方で、紅茶のカップをソーサーの上で軽く回しつつ、第一王子は何気なく言う。


「左様でございますね」

「そこから先に頭が回らぬような愚鈍ぐどんに、大きな力を持たせる訳にはいかぬ」

「……えっ?」


 クレインが間抜けな声で聴き返した直後、彼の背後から風切り音が響いた。


 暗殺者との死闘で少し心得ができたのか、最初の一撃で首を落とされることは回避したクレインだが、そこに大した意味はない。


「あ、が、はっ!?」


 返す刀で上半身を、右肩から左腰にかけて、バッサリと切り裂かれた。

 致命傷を負った彼は、ゆっくりと床に倒れ臥す。


「謀略に気づかぬならば粗忽者そこつもの。何の危機感も抱かぬならば凡夫。領主としての姿勢は立派だが、ラグナにすり寄る可能性すらあるか……落第点だな」

「左様でございますね、殿下」


 そう呟く第一王子の横に移動した、護衛の近衛騎士。クレインはその顔に見覚えがあった。

 といっても一部分、見覚えがあるのは目元・・だけだ。


「……ああ、いけない。苦しませてしまいました」


 クレインを斬り、今まさに介錯をした人物は――とても優しい眼差しをしていた。





 王国暦500年4月22日。


 アースガルド子爵は王宮から領地に戻る途上で、馬車の横転事故により死亡したという発表があった。

 これによりアースガルド領全域は、王家の直轄地に編入されることになる。


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