4回目 一発逆転の銀河



「誰のために身体を張ってると思っているんだ!?」


 いつものベッドの上で目を覚ました瞬間。彼は勢いよく身を起こした。

 石ころをぶつけられて絶命した男。クレインは怒っている。


 先祖代々の、思い入れがある土地を守ろうとしているのはあるが、彼が生き残り戦略を立てているのは、領民の皆殺しを避けるためという面が大きい。


 きちんとした教育を受けたからこそ、人並みに領主としての責任感はあり、人並みに善悪の判断もつく男なのだ。


 何だかよく分からない情熱に突き動かされているが、虐殺など絶対に防いでやるぞ――という正義感で動いている。


 それが反乱で死ぬとは流石に想定しておらず、起きてから30秒ほどは荒れていた。

 しかしふと我に返り、彼は急に落ち着きを取り戻した。


「このご時世だし、200年かけて納めた税金を1日で使い果たされたら、それは怒るか」


 財政破綻する領地がある中での散財だ。領民の怒りも、分からないでもない。

 彼はそう納得しつつ、今回のことを前向きに考えることにした。


「ま、まあいいさ、情報アドバンテージは更に取れたからな。……さあ有識者たちよ、君たちの知恵を無料で使わせてもらおうか」


 時間が巻き戻っているので、献策大会で配った賞金は無かっ・・・たこと・・・になっている。


 巨額の懸賞金に釣られてやって来て、本気の経済政策を考えた専門家たちのアイデア。それらが丸ごと、無料で手に入ったのだ。


 使えそうなアイデアを軒並み覚えておいたクレインは、忘れないようにと早速メモを取っていったが――しかし筆はすぐに止まった。


「え? あれ? マズい、もう結構忘れてる」


 昨日聞いたばかりのはずなのに、幾つかは既にうろ覚えだった。

 衝撃的な死に方をして、記憶まで飛んだのだろうかと焦りつつ、彼は速記していく。


「まあいいや、大筋で覚えていれば何とかなる! やるぞ!」


 笑いながらガリガリとメモを取る彼は、少し経ってから我に返った。

 そしてメイドのマリーが扉を半開きにして、恐る恐る様子見をしていることに気づく。


「く、くれいん、さまー?」

「ああ、マリーか。どうして入ってこないんだ?」

「いえ、あの、荒れていらしたようなので」


 彼が独り言で声を荒らげていたのは、部屋の外に居た彼女にも聞こえていた。完全にブチ切れていた領主にモーニングコールをかけるのは、勇気が必要だったことだろう。


 状況の把握を終えたクレインは。気まずさで後頭部を掻きながら溜息を吐いた。


「ちょっとムカつく夢を見ただけさ。もう何の夢かも覚えてないから、安心してくれ」

「わ、分かりました。お水をお持ちしますね」


 さて、今日もクレインの朝は1杯の水から始まる。


 しかし水を飲み、食堂で朝食を済ませた彼は、食後に普段と違う行動を取った。

 部屋にしまってあった地図に何かを書き込むと、彼は領都の南側にある鉱山に向かった。





    ◇





「坊ちゃん? 珍しいですねぇ、こんなとこまで」

「俺はもう領主様だよ、バルガス。坊ちゃんはよせ」

「へへっ、あっしらにとっちゃ子か孫みたいなもんですがね」


 鉱山に着いたクレインは、茶髪を短く刈り上げたタンクトップの鉱夫に声を掛けた。彼はアースガルド領で鉱夫の親分をしているバルガスという男だ。


 鉱夫たちの元締めを務めており、時に労働者の権利を主張して、時に労働者とアースガルド家の仲を取り持つ役目を担っている。


 クレインの幼少期から屋敷に出入りしているため、仲のいい親戚のおじさんか、準家臣のような位置づけの人物でもあった。


「で、今日はどうしたんですかい?」

「大事な話があって来たんだ」

「大事な話?」


 普段は滅多に鉱山まで登ってこないクレインが、一体何の用かとバルガスは首を傾げた。

 そこでクレインは彼に手招きをすると、人払いをしてから、坑道前の事務所で地図を広げる。


「いいかバルガス。今から話すことは秘密だ。この秘密は、絶対に外へ漏れてはならない!」

「声が大きいですよ坊ちゃん。んで、秘密の話ってのは」

「まずは地図を見てくれ」


 広げた地図には大量の×印が付いており、それは鉱山から南東方面に点在している。


「こりゃあ……大森林の方ですね」


 アースガルド領の南東側には、険しい山と森に囲まれた未開拓エリアが広がっていた。そこは断崖絶壁などが多く、切り開いたとして農耕地には使えない場所だ。


 貴重な薬草や山菜なども生えておらず、価値あるものが見当たらない不毛の土地でもある。そしてわざわざそんな場所を開拓せずとも、平地の未開拓地ならたくさん残っているのだ。


 だからアースガルド家200年の歴史で一度も手を付けてこず、詳細な調査もされていなかった地域だ。この×印は一体何だろうと、首をかしげるバルガスの耳に顔を近づけてクレインは囁く。


「この辺りに、銀の鉱床があるらしい」

「……なんですと?」


 領内で銀が採れるとなれば、国内での発言力と重要度は一気に増す。何故なら奇しくも昨年末から、王家が所有する銀山の一つが完全に枯れたからだ。


「銀不足のご時世だからな。もし採掘できるようになれば、かなりの力を付けられるはずだ」


 資源を発見した者の特権として、鋳銭師ちゅうせんしを呼んで銀貨を作成する――貨幣製造権を申請できることになっている。

 貨幣を製造するなら一定以上の身分は必要になるが、子爵家ならばそこも問題ない。


「本当ならすげぇことですがね。アテになるんですかい?」

「昔の文献からアタリを付けたんだけど、試してみる価値はあると思う」


 どこまで信じていいのかはクレインにも分からなかったが、彼はそれなりに自信を持っていた。細かい採掘ポイントこそ違うが、献策大会に集まった数名の学者が、同じ主張をしていたからだ。


「何にせよ、一度調査してみてほしい。予算は出すからさ」


 派手な功績を残そうとした、目立ちたがりがいた可能性は否定できないとしても、銀があることを前提に、複数の学者が正確な位置・・・・・はどこか・・・・で激論を交わしていたのだ。


 だから全くの空振りではないだろうと、大きな期待をしているクレインに向けて、バルガスは言う。


「それで何も出なかった日には、その……」

「何も無かったという情報にも価値はあるだろ? 俺の子孫たちに、この場所は掘ったとして何も出ないから、調べるだけ無駄だと伝えられるじゃないか」


 例えば今アースガルド領で稼働している、スズや銅の鉱山が枯れたとして。新しい鉱床を探す時に、探さなくてもいい場所が分かっていれば多少楽になる。


 これは次に・・繋がることなんだと力説するクレインを前に、やがてバルガスも折れた。


「そこまで言うなら探してみますがね。ま、期待はせんでくださいよ?」

「分かってるよ、駄目で元々さ」


 溜息を吐いたバルガスだが、領主の命令――に近い頼みとあっては動かざるを得ない。

 彼は険しい崖や谷を踏み越えるために、決死隊に近い調査隊を募ることになった。





    ◇





 そして調査を依頼した、1週間後のことである。


「うぉら、どけどけ! 邪魔だ邪魔だぁあああ!!」

「な、なんだ!?」

「て、敵襲! 敵襲ーッ!?」


 敵城に一番槍を付けた兵が、そのまま城門を突破するような勢いだった。屋敷の扉を蹴破って破壊しつつ、バルガスはクレインの屋敷に乱入した。


 ここ3日夜通しで駆けてきた、彼の眼は血走っている。傍目には特攻としか映らないため、警備の衛兵たちは慌てて彼に駆け寄った。


「バルガスさん!? あの、止まってください!」

「坊ちゃん! てぇへんだ! 坊ちゃーーん!!」


 現在の時刻は午前5時前。こんな時間に領主の家に突撃すれば、殺されてもおかしくはない。

 しかし彼は足元にしがみ付いた衛兵を引きずって、ずんずんと進んだ。


「ん、んん……なんだ? この声、バルガスか?」


 物音に目を覚ましたクレインは、起き上がって様子を見に行った。

 そして彼は階段の前で、衛兵に取り押さえられたバルガスの姿を見つけてぼやく。


「どうしたんだよ、こんな朝っぱらから」

「あ、ありました! ありましたぜ! 銀が!」

「へぇ、銀河? そりゃあ……良かったね」


 何の話だろう。夜空に銀河があるのは当たり前だ。


 などと、寝ぼけて意味の分からないことを考えていたクレインも、数秒経ってから言葉の意味を理解した。


「――待て。銀があったのか!?」


 一発逆転の秘策。領地内で富国強兵政策を実施するための屋台骨。

 生命線にもなり得る銀鉱脈が、発見されたというのだ。


 一瞬で覚醒したクレインは、ドタバタと階段を駆け下りると、バルガスの両肩をがっしりと掴んだ。


「で、でかした! 調査隊の参加者には褒美を弾もう!」

「ありがたく! ささっ、坊ちゃんも現地に!」


 その後クレインも旅支度を整えて、銀が発見された場所に向かったところ、周辺一帯にかなりの埋蔵量が確認された。


 試掘してみると、どこを掘っても銀が出る有様だ。坑道を作るどころか、しばらくは露天掘ろてんぼりでもやっていけそうな規模だった。


「やったぞ、資金源だ! これで兵士も傭兵も雇い放題。領地の開発もできる!」

「やりましたね、坊ちゃん!」


 崖を2つ3つ越えた先に、こんなお宝があったのだ。本腰を入れて調査してみれば、歴代の当主もすぐに見つけられたのだろうが、開発する意義が見いだされず、放ったらかしにされていたことが幸いした。


 何はともあれクレインは、手付かずのままで残っていたことに感謝しつつ、快哉の声を上げる。


「坊ちゃん、これなら他のポイントにも埋まっているかもしれませんぜ!」

「ああ、調査の資金はいくらでも出すから、追加調査を頼む! ……あとさ、坊ちゃん呼びはよせって」


 久しく無かった、いいニュースが舞い込んできたのだ。

 アースガルド家のほぼ全財産を、鉱山開発に注ぎ込むと決めたクレインだが、今回は根回しも忘れなかった。


「これで領内が豊かになる! お前たち、減税が待っているぞ!」


 事前に予定を組んで演説をして回ったところ、今回の金の使い道に異論を唱える者はいなかった。

 むしろ誰もが大歓迎だ。鉱山開発への期待の声が、領内の至るところから叫ばれている。


 舞い上がったクレインは、銀鉱山の開発準備を進めると共に、銀貨作りの権利をもらうべく王宮に使者を送り出して――



 ――後日。屋敷に送られてきた凄腕の暗殺者の手により、クレインは謀殺された。




 王国暦500年4月28日。


 アースガルド領は領主の突然死・・・により、王家の直轄地として併合されることになった。


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