3回目 欲に塗れた賢者たち



 そして4ヵ月が経ち、時期は8月の半ばとなった。

 この間にクレインが何をしていたのかと言えば――特別なことは何もしていない。


 精々が最初の人生よりも、少し頑張って内政に励んだくらいだろうか。


「あ、あの、クレイン様。このような財産の使い方は!」

「父上は、いざとなったらこの金を使えと言っていただろう」


 何もしていないというか、彼は単に時期を待っていた。入念に準備を重ねて、待ちわびた日が今日だ。


「領地は発展させたいが、正直なところ俺の頭では限界があるからな」


 クレインは今日という日のために、各地の街へ、とある広告をバラ撒いていた。


「献策大会の受付はこちらでーす。出場部門ごとに別れてお進みくださーい」


 執事がクレインに「本当にこれでいいのか」と抗議していると、ちょうどメイドのマリーがプラカードを掲げて、集まった大勢の人間を誘導しながら通り過ぎていった。


 今回アースガルド領に集まったのは、学者、兵法者、傭兵崩れ、商人、その他の各界有識者などだ。

 統一性のない無数の人々が、屋敷の前にわいわいがやがやと詰めかけている。


「その、クレイン様。やはり賞金に、大盤振る舞いをし過ぎではないかと……」

「大丈夫だって。有望な人材が集まってくれば領地は安泰だ」


 そう、クレインの腕では無難な内政以外はできない。それなら人に聞けばいいのだ。


 だからこそ彼はアースガルド家の貯蓄の8割・・を賞金にして、専門家たちを集めた経済政策の提言大会を開くことにした。


 領内を発展させるアイデアを出した者には高額賞金が出るとあって、かなり遠方からも人が来ているし、目に留まった者は片っ端からスカウトする算段もある。


「父上も贅沢品に金をかけるくらいなら、人に使えと言っていたじゃないか」

「それはそうですが、これは何かが違うような……」


 無駄遣いをせずに200年。アースガルド家が8代かけて築いた財産は色々とある。蔵に貯めた金貨や銀貨はもちろんだが、土地や牛、馬、屋敷や関所などの建物なども資産の一つだ。


 その中で、今回手放すのは現金のみ。ただしその大半を今回の大会で放出する。


 土地や利権などを急に現金化するのは難しいので、飢饉ききんでも起これば一発でアウトな状態になっているのだ。

 執事の慌てぶりも無理はなかったが、クレインは余裕綽々しゃくしゃくだった。


「冷害に備えて、北方品種を買い付ける策は当たっただろ? 大丈夫だから、もっと俺のことを信用してくれよ」

「ううむ……そこまで仰るなら、何も申しませんが」


 7月の後半辺りになると、冷夏の影響が目に見えて出始めていた。近隣の領地で不作の影響を受けていないのは、アースガルド領くらいのものだ。


 ――そこまで時流を読めるなら、外部の意見などいらないのでは?


 という意見は飲み込みつつ、主人の政治手腕や先見の明は確かなようなので、これも必要なことかと、ノルベルトも素直に引いた。


「もう当日なんだし、今さら言っても始まらないよ」

「それは、そうなのですが……」

「まあまあ、何はともあれ順番に見ていこう」


 さて、本日開かれた大会には3部門が設けられている。


 まず開発政策部門だ。農業、工業、こう業、こう業、こう業。と、まあ産業にも色々あるが、アースガルド領は突出した分野がない、ごく普通の領地だ。


 今ある資金をどこに投入すれば、効率よく発展できるか。要するに経済で言うところの、「選択と集中」の提言をさせる部門がこれに当たる。


 要は儲けるための方策を、何でもいいから教えてくれという狙いで開催していた。


「私の調べによれば、南東の大森林にはまだまだ鉱石が埋まっています!」

「そうですね、当家・・の歴史書にも、それらしき記載がありました」


 会場では6人1組でグループを組み、激論を交わしていた。

 しかし参加者は誰もが皆、目に$マークが見えるような勢いだ。


「情報を組み合わせよう。最優秀賞を獲るのは我々だ!」

「おお!」


 儲けが出せそうな提案をした、全員に賞金が出る予定になっている。

 そのため足の引っ張り合いは起きず、どこも平和に力を合わせて、賞金獲得を目指していた。


 クレインも聞き耳を立てて回ってみるが、参加資格は設けていないため、何の役に立つか分からない献策が話し合われている場所もある。

 しかしテーブルによっては、非常に有用そうな話し合いをしているところもあった。


「大森林には銀鉱脈があるそうだが……」

「ポイントを絞れないか?」


 近場に銀の鉱脈。文字通りに宝の山があるという話まで出てきているのだ。


 どこまで信頼できるかは怪しいとしても、仮に大鉱床が見つかった時には、それこそ一発逆転が可能になるかもしれない。


「願わくばいいアイデアがでてきますように……っと」


 冷やかしがてらに各テーブルを回ってみるが、どこも大盛況だ。

 有望な献策に期待しつつ、彼らは歩いて行く。


 そして次にクレインたちが様子を見に来たのは、軍事政策部門だ。どことは・・・・言わないが・・・・・、外敵が攻めてきた場合の撃退方法を論じる部門となる。


 この部門に出された、今日のお題は3つ。


 3000人の敵が攻めてきた場合。2万人の敵で、騎兵が多めの集団が攻めてきた場合。3万人の敵が攻めてきた場合。

 以上のそれぞれで、領地をどう守ればいいかという論題になっていた。


 課題の中でも一番現実的な、自分たちと同程度の相手はもちろんダミーの想定だ。期待しているのは伯爵家と侯爵家の軍勢を相手に粘る方法である。


 これは別に、勝てなくともいい。生き残れそうな方針を示した者たちに賞金が出ることになっていた。


「北西の丘を利用して、遅滞戦術をするしかなかろう!」

「援軍のアテも無いのに、侵攻を遅らせてどうするってんだ!」

「やあやあ、そこは拙者に案がござる」


 地政学などに優れた人間が集まっているが、軍事知識がある民間人は稀だ。


 クレインたちがよく見れば他家の武官も紛れていたが、お小遣い稼ぎなのかスパイなのか、クレインには見分けがつかないし追い返すメリットもない。


 だからこれは放置してあるが、そこら中にどこか・・・で見た・・・ような顔が並んでいるのだから、ノルベルトは苦笑していた。


「……堂々と出席する他家の家臣を見るのは、どうにも違和感がありますな」

「どこも苦しい状況か」


 年の初めに王族の毒殺事件が発生したが、その後は本来の歴史通りに事が進み、どの勢力も生き残りをかけて必死だった。


 より強い家にすり寄るために接待で金を使い果たしたり、財宝を献上して守ってもらおうとしたりと、とにかく貧乏になる中小貴族が続出したのだ。


「政情不安に加えて、不作まで起きたからさ」

「当家はまだ余裕がございますが。全国的には、かなり深刻なようですね」


 収穫が減れば税収も減るため、各家は戦々恐々としていた。

 既に倉庫はすっからかんなのに、夏野菜の収穫高はかなり低い。秋の収穫も似たようなものだろう。


 極貧生活を強いられた領地があれば、給料未払いで暴動が起きる領地も出てきている。


 こんなご時世に、自分の能力を活かして出稼ぎに行こうとする家臣たちを誰が責められようか。

 というわけで、巨額の賞金に釣られた賢者たちが、文武を問わず大挙して押し寄せていた。


「ふむ。それにしても、あちらは盛況のようです」

「そうだな。やっぱり格闘技は盛り上がるみたいだ」


 そして最後に開催されたものが、武闘部門だ。各地から集結した荒くれ者どもが本気で戦い、仕官を目指してトーナメントの優勝を目指す部門となる。


 ここも仕官の権利は副賞であり、大半の人間が賞金目当てで戦っているのはご愛敬だろう。


「見どころがある武人はいるかな」


 クレインはこの間・・・、ヴァナルガンド伯爵家の軍勢と戦って分かったことがある。

 自分に軍隊を指揮する才能は無く、かき集めた兵士たちは弱兵ということだ。


 一から鍛え直してくれるような猛将はいないかと、前2つの部門のオマケ程度に開催していたが、領都の民たちは舞台の横で思い思いに歓声を上げていた。


「おっ、あの槍使いは強そうだな。詳細は?」

「ふむ、剛槍のランドルフという名前でエントリーしているようです。無所属の浪人ですな」

「それはいい。後でスカウトに行こう」


 選手たちの活躍を観戦しながら、クレインは見どころがある参加者たちの名前と所属。それから住所・・を暗記していく。


 そうして各種の大会が無事に終わった頃には、有益な情報を一通り収集できたと言えるところまできた。


「俺が政策を考えた時よりも、遥かに具体的な案が並んでいるな。数も段違いだ」


 有力な在野の将もチェックし終えたので、もしも次が・・あるなら大会を開かずとも仕官の打診ができる。

 しかし欲を言えば、彼はこれらの催しを、もう少し後ろ倒しにしたいと思っていた。


「むしろ今年の冬くらいにスカウトした方が、安上がりだったんだけどな……」


 時が経つ毎に、台所事情の苦しい者が増える。時間を置けば切羽詰まった有力な人材を、少ない投資で集めることはできたのだ。


 しかし残された期間は3年しかないのだから、領地の改革には早めに手を付けねばならない。そのため賞金額を跳ね上げることで、各地から強引に人を集めて見せて、そして結果は上々だ。


 各家の機密に触れるか触れないか。ギリギリの情報を叩きつけ合った献策大会は、大盛況で幕を閉じたことになる。


「ははは、金に目が眩んだ賢者たちから色々な情報が手に入ったぞ。これで領地を発展させていこう」


 これはあくまでも先行投資だ。仕官者希望者もそれなりに出たので、彼は大会の賞金をアースガルド領で消費してもらうつもりでいた。


 蔵で眠っていた金が市場に出るのだから、領内の経済活動は活発になるはずだ。経済対策としての目論見も加味で、今回の作戦は大当たりだったとクレインは締めくくる。


「完璧だな。特に武官は大勢募集できたし、改革のアイデアも豊作じゃないか。……よーし、やるぞ!」


 狙い通りに思うさまアイデアを集めたクレインは、ここから一気に内政を進める決意をしつつ、民衆の前で各部門の受賞者に、賞金を配っていった――のだが。





    ◇




「準備はできたか?」

「ああ、抜かりはない」

「では、やるぞ」


 後日。この不景気に、盛大な無駄遣いをするボンクラ領主を嘆く声が続出した。

 その声は領地の北部から噴出して、僅か数日で火が燃え広がる。


「領主様は何を考えてんだ!」

「そんな金があるなら税を下げろ!」


 社会不安から暴動が起きることも、珍しくはないご時世だ。しかし終いにはクレインの屋敷前ですら、領主に抗議するデモ活動が行われる始末となった。


「み、皆! 落ち着いて俺の話を聞いてくれ!」

「引っ込めー!」

「いったぁ!?」


 領地の北部でいよいよ反乱が起きそうになったと聞き、慌てて説明に出てきたクレインに対して、群衆は怒りを鎮めるどころか盛大なヤジを飛ばした。


 そんな中で、集まった民衆の誰かが放った石がクレインの頭にクリーンヒットした。


「貴っ様ぁ! クレイン様に何をするかぁッ!!」

「うるせぇ! 領主の腰巾着が!」


 衛兵隊長のハンスは槍を片手に、暴徒と化した市民を取り押さえようとしたのだが、これが最後の引き金となった。


「構うことはねぇ、やっちまえ!!」

「ぬ、ぬおぉぉおお!?」


 衛兵隊と一部の領民が乱闘騒ぎを起こして、街中は騒然とし――


 ――頭にぶつかった石の当たり所が悪く、クレインは死んだ。





 王国暦500年8月23日。


 この日、アースガルド領で反乱が起きた。

 乱戦の最中に領主が死亡し、アースガルド家の歴史は終わりを告げる。


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