3回目 一人反省会



「うおぉぉおおお!?」


 クレインは目を覚ますなり、勢いよく上体を起こした。

 彼は寝汗がびっしょり――ということもなく。起きて数秒してから急に、心臓が騒ぎ始めた。


「はっ、はぁっ……夢!? 今度こそ夢か!?」


 最初に生き返ったは記憶がぼんやりしていたが、今度は明確に戦死した記憶がある。

 初回とは違い、自分が殺される直前の光景が目に焼き付いているため、クレインは取り乱していた。


「生きてるのか? 俺、生きてるよな!?」

「ど、どうしました!?」

「えっ? あ、ああ。マリーか」


 クレインは軽い錯乱状態にあったが、彼の叫び声を聞いたマリーが寝室に駆けつけたことで、何とか冷静さを取り戻した。

 兎にも角にも現状を確認するために、彼は命じる。


「頼む、水と新聞を持ってきてくれ」

「え? あ、はい」


 平静を失ったクレインを見て、何とも言えない顔をしたマリーを見送った数分後。

 やがて彼のもとに、前世・・で見たものと同じ内容の新聞が運ばれてきた。


 何度確認しても、新聞の日付は王国暦500年4月1日となっている。


 これ・・が現実なのだと認めざるを得ない一方で、前回の死に方を思い出したクレインは悶絶した。


「東伯が、自ら騎馬隊を率いて本陣に突入してきて」


 突っ込んでくる馬の顔が、視界いっぱいに広がり――人生を終えた。

 恐らくき殺されたのだろうと推測して、クレインは頭を抱える。


「こんな死に方で、納得できるか!」


 事の発端が、伯爵がこっそり狙っていた少女と婚約を成立させたから。

 という、何とも言えない恨みからだとすれば。


 ならば勢力拡大の野望を燃やすラグナ侯爵家から滅ぼされた方が、何倍も恰好がつく最期ではないだろうか。

 そう考えたクレインは、非常にやるせない気分を味わっていた。


「……いや、でも前向きに考えろよクレイン・フォン・アースガルド。情報アドバンテージは得たじゃないか」


 北には野望に燃える極道侯爵がいて、東には精強な騎兵隊を擁する、少女趣味の伯爵がいる。

 彼はそんな構図を思い浮かべてみた。


「絶対に勝てないことは身に染みて分かった。極力刺激しないようにしよう」


 戦いを考えることからして間違っている。

 そう結論付けて、クレインは次なる打開策を練り始めた。


「もっと慎重に動く必要があるな」


 ヨトゥン伯爵家との関係を強化し過ぎれば、どうしても婚約を迫られるのだ。

 その縁談を拒否すれば関係は崩壊するので、元より悪い状況になるだろう。


 かと言って婚約を受け入れれば、軍勢を率いたヴァナルガンド伯爵がやって来る。

 そうなればクレインは死に、領地は滅亡だ。


「南伯と親密になる作戦は、かなり修正しないと」


 そして二度目の人生ではまだ、クレインはこの生活が夢ではないかと疑っていた。しかし彼は既に、どちらも・・・・現実だと受け入れている。


「夢の中で見ている夢――の中で、更に夢を見るなんてことはあり得ない。これは……そうだな。前世の記憶を持って、同じ人生を繰り返していると考えよう」


 だからこそ彼は現実的に、採り得る善後策について考えを巡らせた。


「……あんな理由で開戦して、国にどう申し開きをするのかは気になるけど、今はそれどころじゃないな。まあこの際、過去に戻る原因とかも後回しでいいから、とにかく生き延びるための対策を考えよう」


 そう意気込んでも、大まかな方針は二度目の人生と変わらない。

 とにかく生き残ること。まずはそれだけを目指して、対策を練ることにした。


「北候、ラグナ侯爵家。東伯、ヴァナルガンド伯爵家。この二つは一旦置いておきだ」


 クレインは北と東の大勢力から一度目を逸らして、他の家のことを考えてみる。


 アースガルド領の南西には、ヨトゥン伯爵を始めとした親戚の家が点在しているものの、そちらに続く道以外は未開の大森林だ。


 南方面で頼れそうな勢力と言えばヨトゥン伯爵家くらいだが、確認した通り、婚姻関係を結べば騎馬隊が攻め込んでくる。


「婚約抜きで、畑だけ借りられないか打診してみよう。まあ商売だから、嫌だとは言わないはずだ」


 ヨトゥン伯爵家とは純粋にビジネスの関係を築く。これが大まかな方針だ。


 経済的な取引に絞れば、ヴァナルガンド伯爵の怒りを買うことはない。婚姻の話になった時にどう断るかは、その時になったら考えればいいだろう。


 そう方針を定めてから、次に領地のすぐ北のことを思い浮かべる。


「領地のすぐ北には小さな貴族家が密集しているけど、危なっかしくて手は組めないな」


 アースガルド領に隣接した地域は、小規模の領地が密集している。

 山を挟んだ向こう側に、最下級の貴族である騎士爵と準男爵の家が並んでいるが、そこは魔境だった。


 沼地を開拓する代わりに土地持ち貴族となった者たちの地域で、水利権やら通行権やらでいつでも争っている混沌とした土地だ。


「小貴族たちを下して勢力拡大を――いや、大義がないか」


 ラグナ侯爵家の影響を受けない範囲にいるので、飲み込めば対抗戦力も幾らか揃うだろう。

 しかし小領主たちを攻め滅ぼす理由など、どこにも見当たらなかった。


「争う理由もなしに、味方に対して戦争は吹っ掛けられない。それが普通なんだよ」


 国内最大の勢力であるラグナ侯爵家か、もしくはヴァナルガンド伯爵家くらいの力があれば、話は別だ。

 裏工作をするなり、王宮にワイロを送るなりして、国内の貴族との戦争が許されるかもしれない。


 だが、しがない子爵であるクレインにそんな手は使えない。

 そもそも、それ以前の問題もあった。


「徒党を組まれたら負けるから、戦争は無しだ。……かと言って商売の難易度も高いんだよな」


 クレインの手勢は、小貴族たちに連合を組まれたらあっさり負けるほどの数しかいない。

 だから現実的に考えて、勢力拡大は不可能だった。


 ではどうすればいいのか。


 利権でドロドロなので、経済的な輪を広げることも難しい。下手に手を突っ込むと火傷をする可能性が大だと考えれば。


「小貴族たちは、放っておくしかないか」


 領地のすぐ傍から目を離して、クレインは西方面も考えてみた。


 アースガルド領を東西に横断する道を、西に真っ直ぐに進めば王都がある。

 王都との間にはいくつかの領地があるものの、助けてくれそうな勢力などは存在しない。


「王都に近づくほど名門貴族が増えるけど、小さい領地ばかりだからな」


 王都の近辺では土地の価格や貴重性が上がるため、下賜される領地は基本的に小さい。つまり気位が高くて付き合いにくい上に、親交を結んでも大きな戦力には数えられない家ばかりが並んでいた。


「北と西は駄目か。かと言って、東もな……」


 東に少し進めば、これまた小さな貴族家はある。しかし最寄りでもそれなりの距離があり、味方に付けたところで大した戦力にもならない。


 そもそも中央部と東部は山脈で分断されているため、異文化の色が強いのだ。縁を結ぶ難易度からして高い上に、付近一帯のボスは――現状で最も関わりたくない――ヴァナルガンド伯爵だ。

 

「それなら結局、頼れそうなのは南伯しかいないわけだ」


 つまり今回の作戦は、「ヨトゥン伯爵家とビジネス関係を構築する」ことに決まった。

 これは彼の初期構想と比べると、なんとも頼りないものに落ち着いている。


「元々が疎遠な親戚だったし、これ以上は無理だな」


 婚姻関係を抜きにすれば、そこまで親しくはなれない。

 商売上にしろ防衛上にしろ、本格的な援助を受けられる可能性は更に低くなったということだ。


「これじゃあ秋に小金を稼いで終わりだぞ。……あのロリコン伯爵め」


 東伯が横槍を入れてこなければ、色々な手が打てたはずなのにと、思わぬところで計画が頓挫したクレインは唸っていた。

 しかしもちろん、この作戦だけで未来を変えられるはずがない。


「少し裕福になったくらいでは、領地を滅ぼされた時に略奪される金が増えるだけだ。もっと根本的に。そう、一発逆転の秘策を考えないと」


 彼は再び長考に入り、勢力図を基にして10分ほど悩んだ。

 その末に、一つの結論に至る。


「――やめだ、どうしようもない。俺の頭では限界がある」


 前世、前々世と合わせても、彼は年齢まだ20歳にも届いていないのだ。こんな小僧が一生懸命に策を練っても、いいアイデアが出てくるはずがない。


 クレインは筆を置いて机に突っ伏し、考えるのを止めたが――自嘲した瞬間に閃きが過った。


「いや、待てよ。もっと効率のいいやり方があるじゃないか!」


 降って湧いた天啓を形にするべく、飛び起きた彼は再び筆を執る。


 この思い付きが、アースガルド家を取り巻く状況を激変させることになるのだが、今のクレインはまだ、この作戦がどのような結果を生むかを気づいていなかった。


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