2回目 そうだ、結婚しよう



 クレインが真っ先に着手したのは、婚姻による周辺との関係強化だ。

 アースガルド家の一行は正装に着替えて、客人を出迎えるために屋敷の前で整列していた。


「ようこそおいでくださいました」

「歓迎に感謝します」


 そして誰が顔合わせに来たのかと言えば、クレインの領地であるアースガルド領から見て南西の方角にある、ヨトゥン伯爵家のご令嬢だ。


 家格が上の相手を出迎えるのだから、一大事である。普段はゆるい雰囲気のマリーですら、今日は緊張した面持ちで真面目な表情をしていた。


「この度は急な申し出に応じていただき、ありがとうございます」

「いえいえ。当家の先代も、アースガルド家のことは気にかけておりましたので」


 王国には東西南北に最低でも一つずつ、侯爵家と伯爵家が配置されている。


 南の伯爵は南伯、西の侯爵なら西侯などと呼ばれており、ヨトゥン伯爵家は俗に言う南伯だ。

 平野部に一大穀倉地帯を持つ大勢力であり、領土は広く生産力も高い。


 クレイン率いるアースガルド子爵家など、比べ物にならないほどの力を持っているが――しかし前の人生でも、ヨトゥン伯爵家からの縁談はきていた。


 彼は「南伯が乗っ取りを企てているのか」と警戒して、話を流してしまった過去・・がある。

 しかし今回は打診に応じるどころか、自らが話を持ちかけにいっていた。


 実際には彼らとクレインが遠縁であり、両親を失ったクレインのことを気にかけていた、先代ヨトゥン伯爵が気を利かせて縁談がきたという流れと聞いたからだ。


 しかし彼がそれを知ったのは、今から・・・2年後・・・くらいの話だ。その頃にはお嬢様の嫁ぎ先が決まっていたので、他に年が近い縁者も見つからずに話は終わっている。


 それを思い出したクレインが正式な縁談を持ちかけたところ、二つ返事で婚約の了承があり、最終決定前に顔合わせという運びになっていた。


「長旅でお疲れでしょうから、まずはお茶でもいかがですか?」

「ええ、是非」


 しかし婚約の打診を送ったのは2週間前であり、領地間の行き来には馬車で片道1週間ほどかかる。

 クレインから手紙が届いた翌日には、伯爵家の一行は出立準備を始めていたほどだ。


 先方には急ぐ理由もないと思うクレインだが――驚きの早さで見合いは実現した。


「伯爵家の邸宅と比べれば質素とは思いますが。滞在中にご不便はおかけしませんので、どうぞご安心ください」

「ご謙遜なさらないでください。由緒を感じる、いいお屋敷だと思います」


 前世では独身のまま一生を終えたクレインだが、彼は縁談にやって来た少女の姿を見て、生き残り戦略を立ててよかったと心の底から思っている。


 お見合いに来た少女は、かなりの美少女だったからだ。


「クレイン様?」


 髪は銀に近いプラチナブロンドだ。サラサラなロングヘアと、ぱっちりした瞳が印象的であり、顔のパーツも恐ろしいほどに整っている。

 クレインよりも4歳年下の11歳だが、将来性で言えば抜群という印象の少女だった。


「はは、見惚れていました。お話はかねがね伺っておりましたが、噂で聞いていたよりも、ずっとお美しいなと」

「まあ、お上手ですね」


 クレインは相手の容姿や性格に多少問題があろうと、南方の雄と縁を結べるなら我慢しようと思っていた。

 しかりお世辞の必要もないくらいの美少女が現れて、性格にも一見して問題があるようには見えない。


 というよりも彼女の姿を見たことがあったなら、前世でも多少の問題は気にせずに求婚していただろう。


「テラスの方に席を設けました。どうぞこちらへ」

「ご歓待ありがとうございます、クレイン様」


 有力者の一族から妻を迎えて関係を強化し、ヨトゥン伯爵家以外とも親戚付き合いを増やしながら、貿易を始めて領地の収入を増やす。


 そうして勢力を増強して兵力を増やし、金を稼ぎ装備も整えること。

 要は周囲とも力を合わせて、ラグナ侯爵家の侵攻を防ぐことがクレインの目標だ。


 しかし多少戦力を増強したところで勝てるわけもなし、何かあった時に親戚たちが本腰を入れて救援に来る可能性も高くはない。


 だが南伯がバックにつけば、侯爵家もおいそれと手は出せないだろうという打算もあった。


 もちろん伯爵家にも婚約に意図は含めているが、クレインは「南伯は善意で動いている」と見ていた。

 そうでなければ、一人娘はもっと政略結婚の意味がある、同格の伯爵家へ嫁に出していたはずだからだ。


 天涯孤独の自分に配慮してくれたのだろうと、クレインは申し訳ない気持ちを抱いたが、ともあれお見合いはつつがなく続いた。


「ご趣味は?」

「お茶と詩を少々」


 いかにもテンプレートな会話が行われ、相性は別段悪くもないことを確認してから、彼らはその後数日、何でもないような日々を共に過ごした。


 やがてヨトゥン領に引き上げたお嬢様御一行だが、向こうに帰ってからすぐに、縁談を進めたいという親書が送られてきた。

 しかし手紙を読み進めたクレインは、その結論に驚いて動きを止めた。


「え? 結婚?」

「クレイン様も、そのおつもりだったのではございませんか?」

「いや、今回は婚約のためのお見合いだったんだけど」


 段階を踏むつもりでいたので、まずは婚約を望んでいた。顔合わせの際にもそれは伝えてある。

 しかしヨトゥン伯爵家からの手紙には、年内には結婚式を挙げたいという要望が付いていた。


「……なあ、ノルベルト。婚約から結婚までは、こんなに短いものなのか?」

「いえ、お嬢様のお年がお年ですし、数年待ってもよろしいかと」

「そうだよな」


 何故こんなに慌ただしいのだろうかと、多少腑に落ちないところはあったクレインだが、彼としてもこの好機は逃したくなかった。


 単なる疎遠な親戚から、伯爵の一人娘の婚約者となり、そこを越えて娘婿になれるのだから、願ったり叶ったりの展開ではあるのだ。


「早くて困ることはないけど、どうしたものか」

「いかがしますか?」

「うん、まあ、ここは承諾しかないと思う」


 こんな何も無い領地が、格上との婚姻を結べる機会は恐らくこれっきりなのだ。

 多少不可解なところがあったとしても、返答は「了承」以外にあり得なかった。


「……何か嫌な予感はするけど、まあ、いいか」


 結局のところアースガルド家としても提案を了承して、年内の披露宴が決定された。


 領主の結婚が正式に発布され、領内は明るい雰囲気に包まれたのだが――クレインの不安が現実のものとなるまで、そう長い時間はかからなかった。


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