第4話 味
「美味しかったよ、こんな美味いハンバーグは、はじめてだよ」
さっきまで不機嫌そうであった中年男は、感嘆の声をあげた。
「本当に美味しいハンバーグですね」
青年の言葉を余所に、中年男は煙草に火を着ける。
「うちの会社の奴らにも、宣伝しておくよ」
男は申し訳なさそうに中年男を見る。
「お気持ちは嬉しいのですが、今日でこの店を閉める事にしたんです。先ほどお出ししたハンバーグが、私がお客様にお作りする最後の料理です」
中年男は、煙草を吸い終えると、また新しい煙草に火を着けた。
「辞めてどうする?」
中年男の言葉に、男はなにか答えたが、激しい雨の音が男の声を掻き消していった。
「全く参ったよ。こんな日に限って運転手と連絡さえつかない」
中年男は、携帯電話を鞄から取り出し、テーブルの上に置くと苛々した様子で煙草を揉み消す。
「ところで・・・」
中年男は、床に置いた青年の汚い濡れた、大きな鞄を忌々しそうに見つめていた。
「君は何をやっているひとかね?」
「僕ですか。僕は、絵を描いて暮らしてます」
中年男は冷ややかに笑いながら、更に尋ねる。
「売れているのかね?」
「いいえ・・・」
「絵を描いてるなんて言うと、聞こえはいいがね、売れなきゃ只のゴミだよ。そうは思わんかね?申し訳ないが、良い暮らしをしているようには見えない。絵なんて辞めて、働いたらどうかね?なんならうちの会社に雇ってやらん事もない。ただし、君に出来る事が有ればの話だがね」
青年は自分を嘲笑している中年男の様が、何故だかとても哀れに思えた。
「僕は売れない絵描きですが、毎日自由に好きな絵を描いて、暮らしています。何にも縛られない気ままな生活と言うのも、悪くはありませんよ」
「ものは言いようだな」
気まずい二人の会話とは、全く別の場所に男の心はあった。
彼女の事を考えていた。
ほんの数時間前まで、いつも通りだったじゃないか。うまくいってたじゃないか。と。
「よろしければ、貴方のお話を聞きたいです」
青年の申し出に、男はいささか困惑した。
何から話せばいいのか。こんな突拍子もない話を信じてくれるだろうか。
其れより、此れは現実なのか?と男は考えていた。
「まだ外も土砂降りですし、私の話でよければ・・・」
男は空っぽの皿を眺めながらそう言った。
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