13 領主たちのターゲット



『クリスティアーノの屋敷・一室/ディアフローテ』



 クリスティアーノ様に借りた屋敷の一室に私たち四人は集まっていた。

 円卓を囲み、領地と同じ位置取りで席に着いている。

 私、ディアフローテの正面にエリザベリィが座り、左隣はメルフィアが座っている。

 右隣に座るはずのファリスヒルテは部屋に飾られていた絵画に夢中になっていた。


「ファリスヒルテ、そろそろ良いかしら?」

「ええ、失礼いたしました。どうぞお進めください、ディアフローテ様」

「クリスティアーノ様はお出かけになられたのよね?」

「ええ、わたくし達が部屋に入ってすぐに。警戒心の薄いお方ですわね」

「かわいらしい方ですよね」

「「………」」


 メルフィアの発言に、私もファリスヒルテもすぐには何も言えず、ジッと見てしまった。

 その後すぐにファリスヒルテが言葉を返した。


「メルフィアさんはクリスティアーノ様のような男性がお好きなのかしら?」

「いえ、そういうわけでは。クリスティアーノ様のことはあまり知りませんので。ただ、さっき見た時にそう思ったんです」

「そうだったかしら? ……そう言われるとディアフローテ様に手玉に取られている様子は、かわいらしかったと表現できなくはないかもしれませんわね」


 言いながら小さく笑うファリスヒルテを、私はすぐにたしなめた。


「ファリスヒルテ。メルフィアも。クリスティアーノ様を侮るような物言いはおよしなさい。彼を普通の男性と同じ様に思っていると怪我をしますわ」

「……ディアフローテ様がそこまで言う御方ですか? わたくしもほとんど接点がないので知りませんけど、噂ではずいぶん従順な方のようですけど……?」

「そのようですわね。私もめったに王都には行かないので、ずっと王都にいる彼のことはあまり知りません。けど……」


 けれど、私の頭には子供の頃の、彼の記憶がある。

 それは目を閉じれば鮮明に浮かび上がるほど鮮烈な記憶だ。

 それを思い出すと、私にはとても彼を侮るなんて気持ちは浮かばなかった。


 所詮は子供の頃の記憶に過ぎず、噂通りの従順な子なら良い。そうであれば何の問題もないのだから。

 けれど、そうじゃなかった場合は……


「……ディアフローテ様? けど、なんですの?」

「いえ、クリスティアーノ様のことは良いでしょう。今は何より、彼女にどう認めさせるかを考えなければ」

「え、それはもう決めたではありませんか? 誘拐の件を出せば、彼女も頷かざるを得ないでしょう、と」

「ええ。そう、思っていました、今回この街へ来るまでは」

「来るまでは? 街で何か気になることでもありましたか?」

「貴女たちは何も気にならなかったかしら? 前にこの街へ来た時と比べてみて」

「前に来た時と比べて……」

「そう言われると、前に来た時と比べて活気があるというか、騒がしいというか。とにかく賑やかな感じがした気がしましたね」

「そう。私が感じたのはまさにそれですわ、メルフィア」

「賑やか、ですの? それが、考えが変わったことと何の関係があるのです?」

「前回と今回の違い、わかりますでしょう? 今回はこの街に彼女がいるのですわ」

「それは……何か関係が……?」

「街の喧騒に少し耳を傾ければ気づいたはずよ? この街の領民のほとんどが彼女の名と話題で盛り上がり、活力を得ていたの。いるだけで街を変えてしまうほどの求心力。軽く考えればこちらは怪我では済まないでしょうね」

「「………」」

「今はとにかく案を深めましょう。同時に誘拐の捜査を。あまり長く領地を離れているわけにはいかないからそれほど時間は取れませんけど、妥協は許されませんわ」

「ええ」「はい」


 私はファリスヒルテとメルフィアが頷くのを見てから、先ほどから一言も発していなかったエリザベリィに目を向けた。


「エリザベリィ、貴女は何か意見はある?」


 彼女は女王候補の一人とはいえ、まだ成人したばかりだから、あまり多くを求めるつもりはなかった。

 けれど、完全に蚊帳の外というわけにもできない。

 若いとはいえ、女王候補であり領主代理でもあるのだ。

 したばかりとはいえ成人している以上、幼子扱いするつもりはなかった。


 エリザベリィは私の質問にしばらく何の反応も見せず俯いていた。

 聞こえていなかったはずはないが、もう一度私が声をかけようと口を開きかけたのと同時に、彼女はぽつりと呟いた。


「……私、許せませんわ」

「「「………」」」


 唐突に発せられた怨嗟の呟きに、私たちは反応できなかった。

 その沈黙に背中を押されるようにエリザベリィは勢い良く顔を上げ、大きく口を開いた。


「あの男の領地がどうしてこんなにっ」

「エリザベリィ!」


 今度は、すぐに私は反応できた。エリザベリィの頬を張り飛ばして口を閉じさせるくらいのつもりで、私は鋭く彼女の名前を呼んだ。


 私の想定通り口を止めて固まった彼女を、私は立ち上がって見下ろし、静かに、だけど強く、告げるのだった。


「同じ女王候補として、一つの領地を預かる者として、それ以上の発言は許しませんわ。恨み言を言葉にする前に、自分の未熟を嘆きなさい」

「っ……申し訳ありません」

「わかったのならよろしいですわ」


 まったく。自分の妹でもないのに、こんな指導のようなことを言わされるなんて。

 クラウディアがもう少し領地と妹に目を向けてくれると良いのですけど。


 ふふっ。私も仮定をねだる前に、最善を尽くしましょうか。


「三日以内です」


 これは公約。

 これを違えることを領主として私は私を許さない。


「三日以内に攻め落とします。アリシア・クールウェアーとセイラーズ商会を」





 ああ…………………………クリスの運命は如何に。






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