12 4人の領主
俺の平穏を脅かす嵐がやってきたのは、俺がゴールドフィールに帰ってきてから、四日目のことだった。
その日の夕方前頃、メイドな騎士に呼ばれて玄関まで引っ張って来られたかと思ったら、そこに四人の女性が待ち構えていた。
四人……と聞けば、だいたい想像がつくだろう。
そう。そこにいたのはゴールドフィール領を囲む四つの領地の領主たちだった。
右から、東方の自然豊かな広大な領地、フィルドネイトの領主、メルフィア・フィルドネイト。
メルフィアはサフィアローザよりも高い身長と豊満なお胸を持つ、優し気な顔立ちをした女性だ。
西方の芸術の街アルトファザンを領都とする領地、アルトファザンの領主、ファリスヒルテ・アルトファザン。
ファリスヒルテは芸術の街の領主というだけあって、洗練されたモデルのようなスタイリッシュな女性である。
北方の大きな港町を擁する領地、インバーテラの領主、ディアフローテ・ナイトレイク。
ディアフローテは第2位女王の妹の娘であり、第16位女王候補である。
アーリア姉妹の従姉妹とあって、女性らしいスタイルの持ち主で、勝気な雰囲気の顔立ちの女性だった。
最後の一人が、南方の領地ノースペアーの領主代理、エリザベリィ・レイクサイド。
エリザベリィはクラウディアの妹で、第26位女王候補である。
彼女はクラウディアをそのまま若くした感じなのだが、ありがたいことにクラウディアの鋭さ・怖さがなかった。
攻撃的になられたらどうなるかわからないが、今のところは問題なさそうなので、とりあえず一安心である。
というか、クラウディアが来なくてホント良かった。
彼女が来ていたら、反射で逃げだして、部屋に立てこもることになっただろう。
その時点で何もできずに終わっていた可能性もあった。
四人の格を考えると、このメンバーの中心はおそらくディアフローテだろう。
次点はエリザベリィだろうか? 女王候補なので格としては二番手だが、この中で一番若いので立ち位置がわかりずらい。
見た目通りおっとりしたメルフィアがおそらく最後尾に立っていた。
ここで俺ができることはただ一つ……逃げの一手だ!
「話があるなら領主館の方へ行ってくれないか? この屋敷はほとんど使っていなくて今は人手もなく、あなた方をもてなすことができないのだ」
もてなせなくて残念だ~情けない私を許してくれ~という雰囲気を出しながら訴えることで、四人の気分を害すことなく譲歩を引き出す算段である。
彼女たちは俺の情けない姿を見て女のプライドを満足させ、上位者の雰囲気を出しつつも、下々の物に施しを与えるように俺の提案を受け入れる……はずだった。
だが、俺の言葉を聞いたディアフローテは俺の想定していた反応とは違って、ただ嬉しそうに微笑んだのだった。
「まぁ、それは好都合ですわ。それでしたらこちらに滞在している間、お屋敷の一角をお借りできますわね。よろしいでしょう?」
「え? いや、だから、この屋敷には人手がないと……」
「人手でしたらこちらで用意させていただきますわ」
「それはダメだ、それは断る! たくさん人を入れられるのは困る」
女王候補の従者はほとんどが貴族の女性である。
たくさんの貴族女性が、俺の安息地帯を我が物顔で歩いているなんて、たまったもんじゃない。
それじゃ城にいる時と同じ環境になってしまうじゃないか。
「何人ならよろしいのかしら?」
「二人ずつ……いや、一人ずつなら……」
二人ずつだと最大八人になってしまい、多すぎかと思って一人と言い直しかけたが、ハッとして言葉を止めた。
いつのまにか受け入れる前提の話になっていると気づいたのだ。
けれど、口から出てしまった言葉をどんなに急いで飲み込んでも、なかったことにはできなかった。
「わかりましたわ。不便ですが、屋敷の主の意向を無視するわけにはまいりませんものね。短い間だと思いますけど、よろしくお願いしますわね」
ディアフローテはもう決まったとばかりに話を進めてしまい、なし崩し的に四人プラスαの女性たちと同棲することになってしまった。わーい。
さっさとオリビアに押し付けてしまうつもりだったのに、どうしてこうなったのだろう?
■□
□■
今日は休むというディアフローテたちを屋敷に残して、俺は領主館に逃げ込んだ。
四人の領主ではなく、俺の方が領主館へ行くはめになるという、悲しき現実がそこにはあった。
そして、そんな俺を迎えてくれたのは、オリビアお姉さんのおっきなため息一つでした。ぴえん。からの~、ナイアガラの滝~。号泣だわ。
「それで、領主さま方とは何か話をしたの?」
「いや。休むって言って部屋を決めて閉じこもったから、すぐに私は逃げて……いや、情報の共有をするためにこちらへ来たのだ」
「いちいち言い直さないで、逃げてきたで良いでしょ。男のくせに変な見栄を張らないで」
「お、男だって見栄くらい張っても良いだろっ」
「良くないわ。男性は素直が一番よ?」
「………」
男が素直なんてのは俺の中じゃ反抗期までだい!
女社会への反抗期真っ盛りの俺の辞書に、素直なんて言葉はないのだ!
「それにしてもあっさり中に入り込まれてしまうなんてね。滞在を許可してしまっては、勝手に領内を動き回って調べられても止められないじゃない」
「いや、別に許可したつもりは……」
「屋敷に滞在を認めた時点で認めたようなものなの!」
「ごめんなさい」
ああ素直。ちゃんと載っていたね。
「してしまったものはしかたがないわ。こうなったら早めにアリシアさんに事実確認をするべきかしらね。セイラーズ商会が無事ならば領民だけは守られるわ」
自分のことは二の次か。
オリビア・ミスティリアは王族の血こそ持ってはいないが、心身ともに気高き美しさを持った魅力的な女性だった。
これはそろそろ俺も覚悟を決めなければいけないかもしれない。
ここまで考えてくれているオリビアに苦しい思いをさせるのは、あまりにも情けなく、みっともない話である。
女性との平等を目指すということは、彼女と同じ強さを持たなければいけないということなのだ。
俺は決意を全身に張り巡らせ、高揚する心に身を任せるまま、目をカッと見開いた。
「クリスくんはどうしようもないとして、ヴィクトーリア様はどうなるかしら?」
「………」
クリスくんはどうしようもない? やっぱりそうなの?
「そうなった時の領地の混乱はどの程度? セイラーズ商会の功績を考えるとゴールドフィール領をあっさり見捨てたりはしないと思うけど……私は実家に戻されて一生軟禁かしら?」
「………」
口にして自問を繰り返すオリビアの前で、俺は頭の中で自問を繰り返した。
高揚した心なんて、言葉の刃でスパッと斬首されてあっさり死んでしまいましたわ。
「クリスくんはとにかく余計なことを領主さま方に言わないように。とくにセイラーズ商会に目を向けられるようなことをしたら……」
ビッシィィィィィッッ
「千本ムッチよ」
なにそれ、すごい守備が上手になりそう。
もちろん実際に上手になるのは、悲鳴の上げ方だけだろうけどね☆
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