14 メルフィアさんは婚活中
「あーたーらしーい、あーさがきた。きーぼーーおのあーさーだ」
今日は実に良い天気。ついついご機嫌なメロディも口から飛び出すというものである。
耳をすませば小鳥の囀りが俺のメロディのコーラスとなり……
「はあっ! せいっ! やあっ!」
風の囁きが伴奏のように寄り添って……
ブォンッ! ズザッ! ザンッ! シュパパパパパパパパッッ!
武器のぶつかり合いが悲鳴のように響き渡るんだよな?
ギンッ! ガッ! キンッ! キンッ! ギィィィンッッ!!
「……まったく。朝から元気なものだ」
声と音が響いてくるのは一階の端にある訓練部屋だった。
屋敷の中なので大人数で使用できるほど広くはないが、数人程度なら槍を振り回す余裕があるほどには広い。
この国の女性は美、勉学、習い事、武術、などなど自分磨きに余念がない。
なので、屋敷に余裕のある貴族などは、ほとんどがこういったトレーニングルームを備えているのである。
昨日の夜に使用許可を求められたので、使っているのはディアフローテ達だろう。
彼女たちがどういう戦い方をするのか知っておいて損はない。そう思って俺は訓練を覗きに行くことにした。
訓練室をこっそり覗くと、今はディアフローテとメルフィアが手合わせをしているところだった。
ディアフローテは槍を使い、メルフィアは……あれはなんだろう?
盾のように見えるが、横幅が狭くてメルフィアの体の半分も隠せていない。
縦の長さはディアフローテの槍くらい長くて、背の高いメルフィアのつま先から頭を超えるくらいある。
別の物で言い表すなら、スキー板を少し太くしたような形と言えばわかりやすいかもしれない。
メルフィアはその奇妙な武器を使って、ディアフローテの高速連続突きを受け止めている。
やはり盾なのかと思った瞬間、メルフィアは盾もどきをディアフローテに叩きつけるように振り回した。
ブォンッと強烈な風の唸りを響かせ、ディアフローテが一瞬前まで立っていた場所を薙ぎ払うように通り過ぎた。
あんなので殴られたら俺なんて場外ホームランだな。シールド魔法で受け止めても、一発でゲームセットである。
ディアフローテの槍さばきも恐ろしいほど速い。高速突きを散らされたら、シールド魔法では対処できない可能性も考えられる。
まぁメルフィアは女王候補じゃないので戦うつもりはないが、ディアフローテはいずれ相対する可能性がある。そうなった時はどうやって油断させるかが肝要となるだろう。
ディアフローテとメルフィアの模擬戦は、最後にディアフローテが分身して見えるほどの速度で全方位から突きを放ち、対処できなかったメルフィアの負けで終了した。
(……というかディアフローテは黄色かよ)
ディアフローテが最後の技を使った時、黄色の気が見えたのだ。
黄色は雷気だ。青だったらヘレンアティスの時のように雷魔法で動きを止められたかもしれないが、黄色では当然効きにくいだろう。
雷にはアース、つまり地属性が効果的だろうが、ゲームのように地震を起こせてもダメージになるわけじゃないのである。
「クリスティアーノ様? 覗き見なんてはしたないですわよ?」
「わっ!」
訓練室の中央にいたはずのディアフローテが、気づけば真正面にいた。
激しい動きをした後のせいか、彼女はなんとなくフェロモンみたいなものを放っている感じがする。
良い匂いもするし、アーリア姉妹の従姉妹だけあって、色気が溢れている。
接点が少ないので彼女についてあまり情報がないのだが、アーリア姉妹のこともあって、少し警戒してしまった。
「いや、邪魔するのも悪いかと思ってね」
「そんなこと気にする必要はありませんわ。どうぞ近くで見学なさってくださいな。もしくは一緒に参加なさりますか?」
「変わったことを言うんだな? 男を戦闘訓練に参加させようだなんて」
この国では男は弱い者という認識があるので、男は鍛えて強くなろうなんて考えることもなく、女は男を鍛えて強くしようなんて考えもしない。
男性を戦闘訓練に関わらせるなんて、女性にとっては時間のムダ以外の何物でもないのである。
「ディーアモーネ様と闘って勝利していたではありませんか、子供の頃に」
「……いつの話をしてるんだよ」
一瞬ドキリとしたじゃないか! こわー。
子供の頃だと気の量は男女ほとんど差がなく、だいたい八歳九歳くらいから女子の気力が急上昇して手も足も出ないようになるのだ。
それまでは純粋な戦闘技術の差が勝敗を決めることになり、この国の常識を知らなかった俺は、わりと普通に女子に勝つことができていたのだった。
まぁ、そのことが女性陣から目を付けられる理由の一端になっているのは間違いない。
やり直せるならやり直したい、幼児時代のヤラカシの一つである。
そんな頃の話を持ち出されても、困る以外の反応ができないわ。
「男性でも少しくらい体を動かした方がよろしいと思いますわ」
「私も最低限はしてるから」
女性上位の国なせいか、この国の美に対する意識はかなり高めだと言える。
とくに肥満に対するマイナス意識が少々厳しく、女性に比べて体形が変化しやすい男性、とくに王族貴族の男性はけっこうがんばって体形維持をしていたりする。
なるべく上位の女性から結婚相手に指名してもらいたい男性諸君としては、指名を逃す理由など抱えていたくないのである。
……というか、彼女はなぜ俺を睨んでいるんだろう?
訓練室に引っ張ってこられると、当然他の三人が俺のことを見てくる。
そのうちの一人が怒ったような顔で俺を睨んでいたのである。
エリザベリィ・レイクサイド。クラウディアの妹で
クラウディアと同じ理由で俺を嫌っているとすれば、睨むのもおかしくはないか。
クラウディアに似た顔で睨まれたら恐怖を感じそうなものだが、やはり彼女のことはあまり怖いとは感じない。
クラウディアを怖いと思うのは、会うと確実に攻撃してくる狂気なのだ。
クラウディアがツララなら、エリザベリィは雪だるまだった。襲ってきたらどっちも怖いな。
「エリザベリィ、ファリスヒルテ。始めて」
ディアフローテが言うと、エリザベリィとファリスヒルテは手合わせを始めた。
エリザベリィは大鎌で、ファリスヒルテは扇か。こっちもこっちで変わった武器を使うものである。
リーチはあるが刃を当てづらそうな大鎌と、リーチが圧倒的に短い扇。
やはりエリザベリィ優勢で戦いは進むが、リーチが短くて小回りが利く分ファリスヒルテの防御も堅い。涼しい顔でギロチンみたいに迫る刃を弾いている。
しかし、これではファリスヒルテに攻撃手段がないのでは、と思ったが、一瞬のタイミングを狙ってファリスヒルテが前に出た。
思い切り内側に飛び込まれると弱いのが、槍や大鎌のような先端にしか刃のないタイプの武器である。
扇の突きをエリザベリィは柄で受け止め、後ろに距離を取ろうとするが、ファリスヒルテは逃さないとばかりに前に出て扇を振る。
攻守がすっかり逆転して、今度はエリザベリィの方が防戦一方になっていた。
「クリスティアーノ様クリスティアーノ様」
なかなか見応えのある模擬戦に見入っていると、耳元で囁くように名を呼ばれた。
顔を向けると、目の前にメルフィアの愛嬌のある顔があった。
メルフィアは背を含めて色々大きくて迫力のある女性だが、顔立ちと雰囲気がやわらかで、子供っぽい印象もあるせいか、年上なのにかわいいという感じの人だった。
サフィアローザのことがあるので、印象だけで判断できないのがせつないところだ。
「えっと、フィルドネイト卿。どうした?」
「むぅ、なんだか距離がありますね」
そりゃほぼ初対面だからな。俺は数回挨拶を交わしただけの間柄で、馴れ馴れしくできる性格ではないし、この国の男女の常識はまだよくわかっていない。
男に名前を呼び捨てにされただけで怒る女性もいるかもしれないと考えると、慎重にならざるを得ないのだ。
今のところ怒ったりする女性はいないのだが、俺が名前を呼んでいるのは昔から関わりのある女性ばかりなので、よく知らない女性が相手の時は常識の範囲内で距離を置いて接するのが正しいだろう。
……と、思ってのことだったが、メルフィア相手には正しくなかったらしい。
「どうぞメルフィア、とお呼びください。クリスティアーノ様」
年上で大きいのに、ホントにかわいいな、この人。
「わかった、メルフィア。それで何の用なんだ?」
「クリスティアーノ様は私のことどう思いますか?」
「……? どう、とは?」
「結婚相手としてどうですか?」
ぶはっ、ナンパかよ!? いきなりすぎて頭がフリーズしたわ。
「メルフィアとは付き合いがないから考えたこともないが……メルフィアなら選べる相手はたくさんいるんじゃないか?」
領主……領地持ちの貴族の女性なので、女王候補の次くらいに男性から喜ばれる相手である。
王族相手でもなければ、指名・婚約・婚姻まで障害なしのゴール一直線だろう。
「フィルドネイト領は自然と畑ばかりの領地ですので、男性にはあまり人気がないんですよね。ですので、これと思った方とはしっかりお話するようにしているんですよ」
「領地の人気とか、結婚と何か関係があるのか?」
「これまでにも領地に適応できない男性が何人もいたそうなんですよね。結婚して喜んで領地に来たものの、元気なのは最初だけで、だんだん弱っていってしまうんだとか」
そういうことか。
田舎暮らしをスローライフだとか言って舐めてる奴が、時間をうまく消費できなかったり、不便さを楽しさに変えられなかったりして、ストレスを溜めていくのだ。
都会に逃げられれば回復するが、上位の女性と結婚した男性貴族は逃げることができないので、適応できなければいずれストレスにやられてしまうのである。
これではたしかに、気に入った男性を適当に選んで結婚、とはいかないだろう。
「フィルドネイト領の男性はどうなんだ? 地元の男なら適応できないってことはないだろう?」
「うちは出せるものが農作物ばかりですので、外と繋がりを作らないとダメなんです。大きな町の流通に関わっている方のご兄弟などが良いんですけど」
「事情は分かるが、そんな一から十まで家の都合の結婚で良いのか?」
「良くはないですけど、結婚できない方が困りますので。理想を言えば私が気に入った男性が、領地の求めるものをすべて満たしてくれれば最高なんですけど。その辺りも踏まえて、男性とはしっかりお話するようにしているんです」
「なるほどな。理由はわかったが、なぜ私に声をかける?」
さっきも言ったが、ほぼ初対面みたいなものなのだ。
話の流れから推測すると気に入られたってことになるのだろうが、今ここで話をするまでそんな要素はどこにもなかったように思えるので、当然の疑問だった。
「クリスティアーノ様、かわいくて私の好みなんです」
「ふむ」
嬉しくねー。
俺は男なのだ。
いや、おいどんは
かわいいと言われても一ミリも喜びがない。
「……話すまではそう思っていただけなのですが、話してみたら本気で結婚したくなりました。どうですか?」
「いやいや、流れが良くわからない。なぜそうなる?」
「ちゃんと私の話を聞いて、ちゃんと意見を言ってくれたからです。ああしてちゃんとお話してくれる男性って、あまりいないんですよ」
まぁ、男は上の女性から選ばれたくてしかたがないからな。
ガツガツしすぎて、ハイハイ言うだけのイエスマンになりやすい、という傾向があった。
「理由はわかったが、私には相手を選ぶ権利がないのでな。答えようがない」
もちろん、今のところは、だがな。
最終的には自分で選ぶつもりだが、計画のことで手一杯で今は結婚のことまで考える余裕などないのである。
たぶん計画の達成が見えるまでは結婚に関して考えることはないだろう。
「そうですか。残念です」
「そう嘆くことはないだろう。きっと条件に合う相手くらいすぐに見つかるさ。私も条件が合いそうな男性を見つけたら教えるから」
「本当ですか? 口だけだったりしたら責任取ってもらいますからね?」
「わかったわかった」
グイっと迫られて安請け合いしてしまったが、まぁ問題はないだろう。
この国にいる男は俺一人というわけではないのだ。本当にないから!
たくさんいる男の中に、条件に合う男が一人もいないなんてことが、あるはずないのである。
俺はそんな男を見つけたら、お見合いおばさんのごとく男の情報を彼女に送るだけの、簡単なお約束だった。
男に恩を売ると同時に、彼女にも恩を売れれば最高だな。ぐへへ。
「……クリスティアーノ様、お話はもうよろしいかしら?」
「「あ」」
いつのまにかエリザベリィとファリスヒルテの模擬戦は終わっており、笑顔なのに恐怖を感じさせるディアフローテがそこにいた。
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