エピローグ 幸か不幸か 人間椅子編



 大演習の翌日の午前十時頃。城の中にある庭園のそばを通りかかった者は誰もが一度は足を止めて、その目を疑った。


 ディーアモーネ。

 マリーアネット。

 サフィアローザ。


 三人の上位女王候補が一つのテーブルでお茶会をしていたからだ。

 アクアレイク王国の女王候補は目が合っただけでケンカするほど仲が悪くないが、基本的に不干渉なのである。将来候補たちで女王の座を争うことが決まっているからだ。


 もちろん会話くらいするし、会話が長くなればカップを手にしながらすることもあるだろう。

 それでもやはり目にしたら一度は目を疑うくらいには珍しいことなのだった。


「一つ確認したいのだけど……」


 その茶会での会話はディーアモーネの一言から始まった。


「クリスの使った禁呪魔法というのはどこまで効果があるの?」

「さぁ、どうなのかしら?」


 サフィアローザが首を傾げ、視線をマリーアネットに向ける。ディーアモーネの視線がつられるように向けられると、マリーアネットはぷいっと顔を背けた。


「知らないわ。自分の体に聞きなさいよ」


 マリーアネットの言葉でディーアモーネは自分の体を見下ろす。

 表面的な見た目に変化はない。意識も昨日までと何か変わったことがあるのかわからなかった。

 サフィアローザに確認するような視線を向けると、答えはないというように肩を竦めただけだった。

 ディーアモーネは視線をマリーアネットに戻した。


「マリーアネットは八年前にかけられたのよね? クリスに逆らえないという効果を感じたことはないの?」

「逆らうって状況がなかったわ。命令されたり、何かを強制させられたりしたことないから」

「八年間一度も?」

「ないわ」


 そこでサフィアローザが口を挟んだ。


「マリーアネット、昔からクリスに一番意地悪してたの貴女よね? それをやめろとか言われなかったの?」

「……昨日クリスも言ったけど、反対にやめるなって言われたわよ」

「それじゃ反対にクリスに意地悪してることに抵抗を感じたりしてない?」

「……してないわね」

「ひどい女ね」

「うるさいわね、腹黒」


 二人は睨み合い、一瞬で雰囲気が悪くなった。


「やめなさい。みっともないわ」

「そうね。でもディーアモーネ。そんなにそのことが気になるの?」

「体の自由を奪い、意識を意のままに操る魔法などと言われれば気になるのが当然でしょう? サフィアローザは気にならないの?」

「私はそれほど、ね。意識が変わったって感じはないし、クリスがひどいことをしないって信じてるし……」


 サフィアローザはそこまで言ってから、いたずらっぽく笑った。


「クリスが欲望のままに私を自由にしたらどうなるかって、少し興味あるわ」

「……なんですって? 貴女正気?」

「正気よ。クリスはずっと気になる男の子だったし……というか、みんなそうよね?」

「………」

「昔、天才と言われてなんでもできた男の子。私たちはその男の子のことを誰もが無視できなかった」


 その結果、ディーアモーネは独占するように連れ回し、マリーアネットは義明世界の小学生男子のように意地悪し、サフィアローザは本心を隠して近づいた。

 そのどれもが悪意ではなく好意からというのが、クリスにとっての悲劇であり喜劇であろう。


「私はクリスが突然何でもない男の子になってずっと気になってたわ。何か隠してるってずっと疑っていた。……けど、昨日クリスが天才って言われた頃と変わっていなくて、目的も知れて、それで満たされてしまったみたい。

 きっと私は禁呪の効果があってもなくてもクリスを手伝ったわ。マリーアネットもそんな感じではないの?」

「……そうかもね」

「クリスは幸せ者ね。たくさんの人に好かれて」


 サフィアローザは楽しそうに言い、クッションをぽんぽんと叩いた。


 クッションじゃねーし!

 突然告白大会みたいになってちょっとドキドキしたが、ちょう複雑。

 クッションみたいに尻に敷かれながら「私ずっと気になってたの」とか言われて素直に喜べるやつがいたら俺はそいつを本気で尊敬するな!

 実際いたらドン引きだが!


「でも初めてだけど良いわね、クリスクッション。部屋にも何個かほしいわ」


 サフィアローザは言いながら、お尻の座りを直すように動かす。他の二人より大きめでやわらかい感触が心地良い、とか思ったりしない。しないったらしない!


「そうでしょ? でもだめよ。あげないわ」

「お前たちはひどいやつらだ!」


 気になってる相手を尻に敷いて喜ぶなんてどんな性癖だ。そんな女、俺ははお断りだ。

 憤っていると、ディーアモーネの小ぶりなお尻……じゃなくて、ディーアモーネの手が俺の頭を撫でた。


「けど、クリスが疑われないようにいつもどおりしろと言ったんじゃない?」

「言ったが、そもそもここに私を呼ぶ必要はなかっただろう? 三人でお茶でも相談でもすればいい」

「それはないわね」

「ええ、ないわ」

「うーん、ないかな」

「なんでだよ!」


 唐突に息ピッタリになる三人。

 顔を見合わせた後、それぞれに魅力的な笑顔を浮かべながら言うのだった。


「だって私たちはクリスに会いに来てるんだもの」



 性格はちょっとあれなところがあるが、容姿は素晴らしく魅力的な女の子たち。

 そんな女の子たちに比喩ではなく尻に敷かれる日々。

 義明=クリスティアーノの第二の人生は幸か不幸か。

 今はまだその答えは出ていない。


「いや! 今だけ切り取ったらどう考えても不幸一択だろ!?」


              おわり


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