第7話 最後の罠
衣服を乱して倒れる女の子と、そのそばに立つ勝利の余韻と未来の展望を思い浮かべてご満悦の俺。
……言い訳のしようもねぇ。
俺は石化魔法でもくらったように固まり、顔を背けて冷や汗を滝のように流す他にできることがなかった。
ディーアモーネに決闘を挑んで俺が勝った。簡単に言ってしまえばそれで済むが、いくつかの理由でそんな説明はできやしない。
そもそも同じ女王候補のサフィアローザに決闘のことなど話せるはずがない。警戒させてしまうし、それ以前に彼女に嫌われるのが耐えられない。
けれど、この状況どうしたらいいのだ?
もはや詰んでるようにも思えるが、それで諦められるはずもない。
こうなったらいっそサフィアローザもディーアモーネと同じように……ぐへへ。
って、できるか! クズまっしぐらだ!
「クリス、答えられないの?」
俺の葛藤に気づくはずもなく、サフィアローザは俺を追いつめてくる。
逃げられない。ごまかせない。
……ならばもう覚悟を決めるしかないのかもしれない。このままサフィアローザとの縁を失い、他の女王候補に警戒される危険性を残すくらいなら、サフィアローザもここで……
「クリス、もういいわ。そんな怖い顔しないで」
え?
俺は驚いてサフィアローザに顔を向けようとした――が、できなかった。
「準備できたからもういいの。説明も何もいらないわ」
なん、だ……? 体が動かない……?
「本当はね、最初から知っていたのよ。だって見ていたんだもの。まさかクリスがディーアモーネに勝ってしまうなんてね。クリス、本当にすごいわ」
見られてた!? それじゃなんで驚いたふりなんてしたんだ?
俺は唯一動かせた目をなんとかサフィアローザに向けて見た。
そこにいたのは俺の知るいつものサフィアローザと何も変わらなかったが、唯一違うのは五本の指すべてに指輪をしていたことだった。
サフィアローザは俺の視線に気づくと、指輪をはめた手を見せるように持ち上げた。
「これ? これは私のOSよ。細くて強い糸を自在に出し入れして操れるの。動けないでしょう?」
サフィアローザが自慢するように言う。俺の知っている笑顔で。
その笑顔は血が吐けそうなくらい俺の心を締め付けた。
「……いつからだ?」
「ん? なんのこと?」
「いつから私を騙してたのかって聞いてるんだ!?」
俺の激しく声を荒げると、サフィアローザは軽く驚いた顔を浮かべたが、すぐに戻った。
「人聞きが悪いわね。第一騙してたというのならクリスも一緒でしょう? 今まで無害な振りをしてきて、今日こうしてディーアモーネから勝利を奪ったんだから」
「それは……そうかもしれないが……」
「それにもともとは貴方が悪いのよ?」
「私が、悪い?」
「そうよ。私がこうしたのは貴方が昔から優秀すぎたせいなのだから」
「!」
それは俺も自覚している、俺の最大の失敗を指摘するものだった。
俺は昔、御門義明の記憶による成熟した精神のアドバンテージを最大限利用して幸福な未来に必要になりそうな知識や教養をどんどん吸収していった。御門義明の世界なら神童とでも称されて持てはやされるほどに、だ。
けれど、この女が強い世界では、その優秀さが同年代の女のプライドに障ってしまった。
すぐに生意気だと嫌がらせを受けたりするようになり、結果、出る杭は打たれた。
(まぁ、自分から土の中に潜ったんだが……)
できることを隠し、目立つことを避け、女に反抗的な態度を見せないようにしてきた。
それでディーアモーネが油断して勝利を得た、というなら事実その通りだろう。
けれど、だからといってサフィアローザの嘘を納得しろというのはムリな話だった。
自分は良いけど他人はダメ。だってにんげんだもの。
「……信じていたんだ。この国で唯一、本当に優しい女の子だって信じてたのに……」
「………」
俺の血を吐くような恨み節に、サフィアローザは少々ばつの悪そうな雰囲気を見せた。
すぐに首を小さく振ってその雰囲気を振り払うと、いつもの笑顔に戻って言った。
「クリス、ごめんね。でも、もう何も気にしなくていいから。これからは貴方のことは私が守ってあげるわ」
「断る! 私の自由は私が自分で手に入れる!」
「この状況でまだそんなことが言えるのね? けどだめよ。もうおしまい。ディーアモーネも動かないようにね?」
唐突な指摘でディーアモーネが気を取り戻していたことに俺は初めて気づいた。
ディーアモーネがゆっくりと体を起こす。目が合ったが、彼女の内心は読み取れなかった。気性を考えれば烈火のごとく怒り狂っていてもおかしくはないと思うが……
「それ以上動かないで。クリスが痛くなってしまうわ」
サフィアローザが言うと、ディーアモーネは言葉通り動くのを止めた。
今の脅しが効いたってことは禁呪が効いてるのか? それなら……
「良い、やれ」
「クリス、やめて。ムダなことはしないで」
サフィアローザが指輪をはめた手を見せつけるように動かす。
どうするのかわからないが、指の動きひとつで俺を痛めつけることができるのだろう。
だが、それでも俺は強行を再度指示した。
「良いからやれ! ――マリーアネット!」
俺のセリフで訓練場の空気が魔法のように固まった。
次の瞬間訓練場に飛び込んできた第四の人物が空気と一緒にサフィアローザの糸を切り裂いた。
第四の人物――マリーアネットの爪剣の一撃をなんとかかわしたサフィアローザだったが、すぐに突きつけられたディーアモーネの剣によって身動きを封じられたのだった。
「まさかマリーアネットが……いつからなの?」
「8歳からだな」
「そんな前から? でも、だって、昨日も貴方を椅子にしてたじゃない?」
「急に態度を変えたらおかしく思われるから変えないようにさせてたんだ。人を椅子にするってどうなんだと思わなくもなかったけど、やりすぎで逆に気づかれないだろ?」
「当たり前じゃない。椅子にするような人と組んでるなんて考えるはずないわ」
「腹黒の貴女に言われたくないわ」
マリーアネットが不満げに言い返すが、俺から言わせればどっちもどっちだった。
俺は呆れたようにため息をついてから、サフィアローザをあらためて見た。
「それでサフィアローザ、どうするんだ?」
「……はぁ、もちろん負けを認めるわ。この状況をひっくり返す方法なんて思いつかないもの」
「ディーアモーネは……」
「私は負けたのだから、見苦しいまねをしたりはしないわ」
ものすごく不満げに言われたが、ディーアモーネの性格を考えると実際つまらない騙りをしたりしないだろう。
これはつまり……俺の完勝?
ディーアモーネに勝ち、サフィアローザの奸計を退けた。想定していたよりもずっと良い結果になった、ということだった。
「それじゃどうぞ」
サフィアローザが言って無防備に目を閉じて胸を突き出した。
前提のない言動に俺は戸惑ってしまった。
「な、なんだ?」
「好き放題胸に触ってムリやり唇を奪うのでしょう?」
「魔法の必要動作だから! 鬼畜な言い方はやめてもらおう!」
けど、えっ? これってつまり禁呪をサフィアローザに使えってことだよな?
そりゃそうできたら俺としては安心だが、良いんだろうか?
俺は意味もなく誰かに許可をもらおうと左右を見まわし――結果は二人の冷たい視線だった。
逃げるようにサフィアローザに視線を戻す。
あんな目にあわされたっていうのに、綺麗な顔も大きな胸もやっぱり魅力的だ。
このまましちゃったらなんか負けな気がする。だが、残念ながらこの戦いは最初から俺に勝ち目がなさそうだった。
最後の最後で締まらないな……
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