第4話 俺の目指す未来
部屋に戻った俺は、扉を閉めるとそのまま背を預けて大きく息を吐いた。
少し落ち着いてみると、なんでこんなに慌ててたんだろうかと疑問に思う。同時にそんな自分にあきれたりもしてしまった。頭の中で考えたことなんてわかるわけないのだから。
「……ん?」
俺はそこで部屋にいるのが自分一人でないことに気づいた。
広い室内。正面奥のテラスへと出られるガラス扉の脇にある高足のテーブルセット。その一脚に姿勢よく座り、優雅にお茶をしながら観劇でもするみたいな表情でこっちを見ている女性がいたのだ。
「クリスちゃん、またいじめられて逃げてきたの?」
女性は楽しげに話しかけてきてから、くすくすと笑った。
女性はサフィアローザと容姿と雰囲気が似ていた。笑い方や俺をからかう様子も似ている。
だが、二十年という年月の差がサフィアローザにはない落ち着きと艶っぽさを身に纏わせていた。
はっきり言ってこんな美人が自分の部屋にいたら、御門義明の頃なら変な汗をかいていただろう。
けれど、クリスティアーノである俺はとくに気にしない。なぜならこの女性が俺の母親だからである。
「母様、私の部屋で何をしているのですか?」
俺は母のからかいに触れず、嫌味っぽく質問を返した。
「お茶を飲んでるのよ? 見ればわかるでしょう?」
なんで勝手に人の部屋入って寛いでるんだよ、という含みをたっぷり詰め込んでおいたのだが、母は気づいていながらあっさり流して、とぼけた答えを返してきた。
「ふふ、さすが朝摘みの茶葉は香りも味も豊かだわ♪」
この母はなぜかこうしてよく人の部屋でお茶を飲んでいる。王族の女なのだから暇なはずはないんだが……
親ということで無視できず、正直言って面倒な人だが、邪険にはできない相手だ。
理由は俺が男だからだった。
母が女で強くて怖いから、なんて理由ではない。俺を、男を産んだことで、母は政治力のほとんどを失くすことになってしまったのである。
当然俺が悪いわけじゃないし、当の本人はそれほど気にしてる様子はないのだが、子供心に御免なさいと思ったまま今に至っているというわけだった。
(まぁ、だからって何ができるわけでもないんだけどな……)
心の中で言い訳するように呟きつつ、俺は母の正面の席に腰を下ろした。
いつもは部屋にいられると気が休まらない相手だが、今日はちょうどいい。母に話しておかなければいけないことがあったからだ。
俺がこれからしようとしていることで、この母に迷惑がかかる可能性もある。
俺がそれをしようとしてることは知ってるので反対したりはしないだろうが、始めるなら始めると話を通しておかなければ困ることもあるかもしれないというわけだった。
俺は居住まいを正すと、母をまっすぐ見た。
「母様、聞いてください」
「ん、な~に?」
「明日……始めようと思います。前に話した計画を」
俺のセリフに、母は感情の動きを見せなかった。ただ紅茶の香りを楽しむように目を閉じ、納得したと言うように小さく頷くだけ。
目を開いてこちらをまっすぐ見たたとき、母は王族の女の顔をしていた。
「そう、とうとう始めるのね……『従姉妹たちを縛って奪って言うこと聞かせる鬼畜計画』を」
「長いうえに人聞きが悪いな! 真面目な顔して言うことそれか!」
「だってクリスちゃんが言ったんじゃない?」
「言ってない! 私は今の女尊男卑の境遇を改善するために継承権持ちの女王候補に決闘を挑んで力づくで認めさせるって言ったんだ!」
この世界の在り様を知ったとき、俺の未来には三つの選択肢があった。
一つはこの世界の男として順応し、この世界の男として生きていくという道だ。
女に頭を押さえられたような生活は御門義明な俺にとって不愉快なこともあるが、どんな世界だって生きてれば良いことも悪いこともあるのが人生ってやつだ。
その不愉快一つを俺が許容できるなら、その道をより良くなるように、より幸福を得られるように整備すれば良い。
二つ目の道は男の地位向上を目指すというもの。御門義明の世界で女が男女平等を成立させたように、この世界でもそれを成せばいい。
ただ、これは考えただけで本気で目指そうとは思わなかった。それは御門義明の記憶があるためだ。
俺――御門義明の世界はもともと男尊女卑の社会だった。だが、あるとき女性の知識人が男女平等を訴え、その思想が社会に浸透したのち、社会は半壊した。
雇用減少。家庭崩壊。少子化。モラル低下。
女性の犠牲という土台を失って社会という名の家は小さな揺れでも倒壊してしまうほどもろくなってしまったのだった。
今の俺ならわかるが、生き方をがんじがらめに縛られたこの状況を女性に我慢しろというのはきつい話だ。だから男女平等を目指した女性を悪だったと言うつもりはない。
けど、俺が男代表として男女平等を訴え、その環境をがんばって勝ち取ろうという気はやはり起きなかった。
そして最後の道。それはこの世界の男として生きながら、御門義明の心も満たすという道。
男女平等じゃなく、『俺女平等』の未来だった。
それを目指すべく俺が立てたのが、この国で力を持つ女王候補に俺の力を認めさせ、対等な存在としての評価を得るという計画なのである。
決して、縛って奪ってとかいう淫らっぽい計画ではない!
「けど認めさせるってあれでムリヤリやっちゃうんでしょう?」
「う……そ、それは俺だって使いたくないけど他に方法もないし……」
俺の力を認めさせ、対等な存在としての評価を得る計画、なんて簡単に言ったが、もちろん簡単なはずがない。なんせこの世界は女が圧倒的に強いのである。
では「男が女に勝つのはムリなのか?」というと、たぶんそんなことはない、というのが俺の考えだ。
御門義明の世界でも刃物があれば女が男に勝つことができる。銃を手にできれば圧倒することも可能だ。
つまり武器や技術をもって力を制するという方法が人間には可能なのだ。
さらにこの世界には『魔法』という力が存在している。
この魔法というのは銃ほど必殺ではないが、圧倒的な力の差をひっくり返せる可能性を秘めているのだ。
ただ、残念なことに「力の劣る男の方が魔法力が強い」、といった天秤の法則みたいなものはなく、男女差をひっくり返す決定打となるものでもなかった。
だが、そこで生きてくるのが御門義明のアドバンテージだ。魔法ならば力の強さは関係なく、慣れとバリエーションの数がものをいう。早めに効率よく学び始めることができれば、男女の力の差だって覆すことが可能になるに違いないと考え、俺は子供の頃から魔法の習得を始めた。
その過程で得てしまった禁呪と呼ぶにふさわしい鬼畜な魔法。俺はそれを使って女王候補たちに俺を認めさせようとしてるわけだった。
「それで明日の獲物はだ~れ?」
獲物いうな!
めんどくさくなるので心の中だけでつっこんでから、俺は答えた。
「……もちろんディーアモーネです」
強さと政治力を兼ね備えた第1位の女王候補一番手。様々な条件を考えればそれが最善だった。
「あの子は強いわよ?」
「知ってます。だからこそです」
身構えられ、万全な状態で本気で相手をされたら、俺に勝ち目はないだろう。
だが、今なら絶対的な自信を持つディーアモーネは油断をする。俺がそんなことするわけないと、そんなことをしても俺に負けるはずがないと。油断して俺にわずかでも隙を与えてくれる。
俺はその隙をついて、ディーアモーネを縛って奪って……じゃない!
ディーアモーネに力を認めさせ、対等の評価を手に入れる。
第1位女王候補のディーアモーネに俺を認めさせられれば、きっと……
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