第3話 保健体育/男と女のカラダの仕組み
(ひどいめにあった……今日もまた)
二人の公務の時間が来たということで解放された俺は安寧を求めて自室へ向かっていた。
いっそ自室に引きこもっていられれば平和なのだが、王子という立場がそれを許さない。
王子――つまり男の俺にそれほど重要な務めなどほとんどないが、皆無というわけではないのだ。
そして、部屋の外に出れば高確率でマリーアネットに見つかり、ディーアモーネが来てあんな感じになる。
そんな毎日といずれ婿に行かされる未来。勝ち組などと調子に乗る余地は、もはやこれっぽっちもなかった。
(とりあえず今日はもう暇だ。部屋に引きこもって過ごそう)
俺は頭の中でこれからの予定をそう決めると、足を速めようとした。そこで背後から捕獲された。
「ク・リ・ス」
「っ! ……あ、な、なんだ、サフィアローザか。驚かせないでくれ……」
一瞬、びくりとしてしまったが、すぐに力を抜いて素直に捕獲される。そうすると背中に伝わるふよんとしたやわらかい感触に気づき、幸せな気分になってしまった。
幸せはすぐに俺から離れてしまうと、俺の正面へと回ってきた。
優しそうな面立ち。女性にしては高めな身長に、男なら目を取られずにはいかない大きな胸部。マリーアネットのようなドレスを着ていたら見事な谷間を披露してくれたに違いないが、彼女のドレスはほとんど肌を晒さない仕立てのものだった。
残念に思うが、その貞淑な装いこそ彼女らしい。彼女はいずれ愛する相手にだけ、その豊満な肉体を見せるのだ。燃える!
……とかいって、その相手が俺になることは天地でもひっくり返さなければありえないのだが。
彼女はサフィアローザ・アクアレイク。第8位女王候補の、俺にとっては摘もうと思っただけで死んでしまうかもしれないくらい高嶺の花なのである。
もうわかってると思うが、彼女は俺に憂鬱を持ってこない唯一のお姫様だ。彼女がいなかったら、女嫌いとかって義明世界でいう女子高育ちの気弱っ娘設定の逆みたいになっていた可能性もあった。
「あいかわらずおどおどして。クリスってほんとうにかわいいんだから、ふふふ」
「か、からかわないでくれ」
「体は大丈夫? いつかクリスが二つになってしまわないか心配だわ」
「それ死んでる……って、なんで知ってるんだ!?」
「もちろん見てたからよ」
当たり前のように返されて、俺は一瞬言葉に詰まってしまった。
「……見てたなら助けてくれよ」
「あら、私が割って入ったらクリスは三つになってしまうわ」
「………」
ころころ笑いながら言われたが、こっちは笑えなかった。三人に引っ張られるところを想像しただけで痛みを感じそうだ。
こんなにふわふわな女の子っぽい女の子のサフィアローザだって俺より全然力が強いのである。
この世界では女の方が力が強い。
それはつまり「女の方が筋肉質で体格が良いのか?」ってことになるが、実際はそんなことはなかった。
男も女も見た目は御門義明の世界と変わらないし、俺が知る限り男の方が体格が良くて肉質も硬めだ。
ならどうして女の方が強いのかといえば、御門義明の感覚からいうともう人体の神秘という他なかった。
目に見えないのであやふやになってしまうがいちおう説明すると、どうやらこの世界の人間には御門義明の世界でいうところの『気』のような力場が全身を巡っているらしいのだ。
その『気』のようなものは筋肉のように体を鍛えれば強くなり、逆に何もせずにだらだらと過ごせば弱くなるという。
そして説明するまでもないだろうが、女の方が強く硬く鍛えやすい。御門義明の世界で男の筋肉の方がそうであるようにだ。
その差が男と女ではけっこう大きく、いくら鍛えても男が女に力で勝つのはほぼ不可能だと断言できてしまえるほどだった。
「クリス、どこ見てるの?」
声をかけられて気づいた。硬いやわらかいなんて考え事をしていたからか、視線がサフィアローザの胸に向かっていた。
もちろん誤解だ。そんな度胸(?)ないしな!
「ち、ちがっ! そんなつもりじゃっ!」
「クリスはエッチね?」
サフィアローザは言いながら腕で胸を隠そうとして、逆に大きさを見せつけるようになってしまってる。
天然、ではなく、わざとだ。サフィアローザもまた意地悪なところがあるのだ。
こんな意地悪ならむしろウェルカムだけどな!
俺は引き寄せられそうになる視線を無理やり上げ、思い切り首を左右に振って無実を主張した。
「ほんとに違うって! ちょっと考え事してただけで!」
「考え事? いったい何を考えていたのかしら? 気になるわぁ」
サフィアローザはずいっと間を詰めて、下から見上げてくる。
俺の瞳を捉える、いたずらっぽい眼がちょっと怖い。すべてを見透かされそうな気がして。
俺がこれからしようとしてることを知られたら、サフィアローザはどう思うだろうか。この世界唯一の救いに拒絶されたらかなりきついが……
「……クリス?」
「あ! ほ、ほら、サフィアローザはそろそろ行かないといけないだろっ? 私ももう戻るからっ!」
俺はごまかすように慌てて言い立てると、別れの挨拶もおざなりにサフィアローザの前から離れた。
サフィアローザは少し驚いた顔をしていたけれど、すぐにふわふわ笑顔に戻って手を振ってくれた。
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