第5話 酒場


 俺にリーダーの資質はない。


 謙遜ではなく、客観的にそう思う。

 決断力もないし、指導力もない。

 強さも行動力もない。


 そして何より、カリスマがない。


 どこにでもいる凡百の治療師ヒーラーだ。

 一通りの魔法は使えるが、魔力は平均以下だし、新魔法の覚えも悪い。

 もちろん、特殊技能などなにもない。


 完全に“一般人モブ”だ。

 

 だから、自分がギルドを立ち上げる、なんて考えもしていなかった。

 今回も、どこかやりやすそうな集団を見つけて、そこに入れてもらうつもりだった。

 そのつもりだったが――


「良い人が見つかると良いですね」


 横を歩く、マキナがニコニコと笑いながら言った。


 どういう運命のいたずらか。

 この少女と出会って、俺はギルド主になる決意をしたのだから人生は分からない。


「最低でも、戦士ファイタータイプと魔法使いタイプは欲しいですよね。あとできれば、魔物に詳しい、体力自慢のタンクタイプの方。薬とかに明るい人もいると助かるなあ」


 マキナは顎に人差し指をあて、空を見ながらブツブツと呟いた。


「あんまり期待しない方がいいな」

 俺は肩を竦めた。

「街の紹介所なんて基本的には吹き溜まりだ。エリートになれない落ちこぼれた奴らが、しぶしぶ仕事にありつくためにやってくる場所だ。クビを切られたやつか、仲間に逃げられた奴、あとはお金に汚い奴しかいない。いずれ一癖も二癖もある」

「そうですか……そうですよね」


 マキナは少し声を落とした。

 

「でも、でもでも、人って癖がある方が良いですよね! 味があって!」


 だがすぐに立ち直り、胸の前でグーを作って大きく頷く。

 マキナらしい空元気。

 この娘も、人集めの難しさは知ってるだろうに。


「ま、前向きなのは良いことだよな」


 俺は苦笑した。

 マキナははい、と大きく頷いて、俺の横について歩いた。


 ○


「お前らの仲間に? 俺が?」


 男は顎を突き出し、首を傾げた。

 それから俺とマキナをゆっくりと眺めたあと、上半身を仰け反らし、あはは、と大笑いした。


「バカ言うなよ。お前みたいなパッとしない奴の下になんて誰がつくか。俺は勲章持ちのマスターだぞ」


 男はそういうと席を立ち、さっさとバーカウンターの方へと歩いていった。


 俺ははあ、と深い息を吐いた。

 これでもう6人連続で断られた。

 条件面の話にすら辿り着けない。

 ちら、とマキナを見る。

 彼女はなんだか困ったような顔つきで、微笑んでいた。

 大丈夫ですよ、と声に出さずに口を動かす。


 うう。

 この優しさが痛い。

 はあ。

 またため息。

 正直言うと、フラれること自体は別にそれほどショックではない。

 予想通りだし経験済みだ。

 しかし何より精神的にきついのは。

 フラれることだ。


 俺って、ほんと格好がつかない。

 この時点でリーダーの資質ゼロだ。


 ビールを呷り、肘をついて拗ねたように閑散とした店内を見回す。

 もうめぼしい人材には全て声をかけた。

 残っているのは奥の机で飲んだくれて潰れているオヤジと、それから今まさに店主と大喧嘩をしている、全身刺青男。

 

 ……どちらも声をかけたくない。


「今日はもう帰りましょうか」


 俺の心を読んだように、マキナが言った。

 本当にこの子は空気が読める。


「……そうだな。そうするか」


 そうして立とうとしたとき。

 背後から「ちょっといいですか」と声をかけられた。


 振り返ると、子供がいた。

 背は俺の胸くらいで、この場に合わぬ司祭の服を着ている。

 銀髪で長髪、目鼻立ちのハッキリした可愛らしい女の子。


「どうした、こんなところで」


 俺はキョロキョロとホール内を見渡した。

 親御さんらしき人は見られない。


「よかったら、占いはどうですか」


 女の子が言った。

 袖の中から、筆とノートを取り出す。


「占い?」

「はい。私の占いは100%当たります」


 女の子は神妙な顔つきになり、俺たちを見た。

 どことなく神秘的な顔立ち。

 まんざらでもない表情。


 俺は肩をすくめて、


「悪いが、結構だ。時間もないんでね」


 女の子を無視して立ち上がった。

 たしかに雰囲気はある。

 


 だが、こういうのは大概がただの小銭稼ぎである。

 時々、酒場にはこういう子供がやってくるのだ。

 手を変え品を変えなんやかやと言ってくるが、結局は小遣い稼ぎだ。

 

 生憎、今の俺には金の余裕がない。

 

「ルポルさん」

 と、マキナが言った。

「ちょっとやっていきませんか。私、占いとか結構好きなんです」


「いい、いい。こういうの相手にし出したらキリないんだから」

「でも、100%当たるって」

「そんなの嘘に決まってるだろ。本当にそんな能力(ちから)があったら、は、こんな場末の酒場でこんな商売してないよ」


 マキナはハッとした顔つきになった。

 どうやら本気で信じていたらしい。

 まったく、思ったより相当天然だ。


「あなた今、お金に困ってますね」


 つと、女の子が口を挟んだ。


「……え?」

「私に占いをされてもお金を払う余裕がない」

「ま、まあ、その通りだけど」

「そしてそれを、この女性の前で知られたくない。だから、ボロが出ない内にこの場を早く離れたいと思ってる」

「い、いや、それは」

「互いにギルドを追放されたもの同士、まだ相手のことをよく知らないから。だから、自分が貧乏でケチなことを知られたくない。そうでしょう」


 俺は「う」と怯んだ。


 な、なんだ、この子。

 どうしてそんなことまで。


「あなたはこのバルには仲間を探しに来た。出来ればアタッカーやタンク辺りを仲間に出来ればいいなと考えている」


 どうですか、と女の子は続けた。

 すらすらと、ずいぶんと慣れた口調で話す。


「す、すごい!」

 マキナはパチン、と胸の前で手を叩いた。

「ルポルさん! この子、本物ですよ! 私たちの目的や関係性を見抜いたんだもん!」


 俺は眉を寄せ、女の子を見た。

 いや、まさか。

 そんな能力者が、こんなところにいるはずが――


「どうですか。信じる気になりましたか」


 ふふん、と女の子がドヤ顔で聞いてくる。


「いや」

 俺は首を横に振った。

「逆に信じる気が失せたね」


「な」


 女の子は大きな目をさらに大きくさせた。


「な、なんで」

「キミのやり口は典型的な詐欺師のそれだ」

「さ、詐欺師?」

「そうだ。キミは、状況から予測して、さも俺たちの境遇を言い当てたかのように話しているだけ」

「予測って――?」


 マキナが口を挟む。

 俺は彼女の方に向き直り、いいか、と人差し指を立てた。


「こんな安酒場に仲間を探しに来る連中ってのは十中八九、金に困ってる。それから、俺とマキナの身なりからして、パーティーに足りないのはアタッカーとタンク。占いなんかしなくても、誰にでも分かることを言ってるだけだよ」

「で、でも、私たちがお互いにパーティーを追放されたことは」

「どうせ近くにいて、俺たちの会話を盗み聞きしてたんだろ」


 なあ? と女の子を見る。

 すると、彼女は怯んだように「うう」と唸った。


「う、うるさい! 見破るなよ、オッサン! せっかくうちが頑張って嘘ついたのに!」


 いきなり口調が変わり、声を荒げる。


 どうやら図星だったようだ。

 しかし詐欺師にしては身代わりが速い。

 あっさり認めた。


「オッサンはねーだろ。俺はまだ十代だ」

「そんなデケー図体してたら十分オッサンだよ、オッサン! つか、ウチは偽者じゃねーぞ! 詐欺師でもねえ! 本物の預言者だぞ!」

「ハイハイ」


 俺は手のひらをヒラヒラさせた。

 

「インチキ占い師はみんなそう言うんだ。本当は出来る、本当はすごい。今はちょっとスランプなだけ。全部、ニセモンがバレたときの常套句だ」

「テメー、言うじゃねえか! ウチを他のニセモンと一緒にすんじゃねー! ウチは本物中の本物、正真正銘本物のスキル『自動書記(プロフェットヴォイス)』の使い手だ!」


 ムキー、と女の子はその場で地団太を踏んだ。


「自動書記?」


 俺は眉根を寄せた。


「おう! そうだよ! すげー技術なんだぞ! なんなら見せてやろうじゃねえか!」

「み、見せる? そのなんちゃらって技を?」

「そうだ! 今ここで、うちの技能(スキル)を見せてやる! びびんぞ! まじびびんぞ! その代わり、“それ”が成功したら、それなりの“対価”をテメーに支払ってもらうぜ!」


 女の子はそう言うと、静かに目をつむった。


 すると、彼女の右手が、鈍く発光した。

 明らかに先ほどまでとは雰囲気が変わった。


 俺とマキナは一瞬目を合わせた。

 まさか――本物の預言や占いが出来るのか。

 目顔でそのように会話した。


 すぐに少女に目を戻し、ごくり、と喉を鳴らして動向を注視する。

 たしかに――なにやらただ事ではない雰囲気を発している。


 女の子の身体はまるで白いオーラを纏っているように輝いていた。

 それから彼女は、小さく何事か呟くと――


 カッと目を見開いた。


 彼女の瞳は先ほどとは様変わりしていた。

 瞳孔が狭まり、まるで猫の瞳のように黄金に輝いている。

 そして――


 少女の腕は、ものすごいスピードで持っていた紙片に文字を書き綴り始めた。


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