第4話 勧誘
店を出ると、俺たちは並んでなんとはなしに街を歩いた。
話すことはあまりなかった。
俺たちは仲間から捨てられたもの同士。
長年苦楽を共にした人間に裏切られたのだ
強がってはいても、やはり、口は重かった。
「ルポルさん」
街の中央にある噴水まで来ると、マキナが口を開いた。
「今日はありがとうございました。私、今日、とても嫌なことがあったけれど、ルポルさんのおかげでそんなに嫌な日にならなくて済みました」
マキナはぶん、と頭を下げた。
顔を上げるとおさげ髪が元気に踊り、彼女はにこりと笑った。
「ルポルさんに出会わなかったら、きっと私、泣いてました。でも、そうならずに済んだのは、この出会いのおかげでした」
そいつはお互い様だよ。
俺も、マキナのおかげで救われた。
命だけじゃなく、心も。
そう言おうと思ったが、なんだか気恥ずかしくなって、口にはしなかった。
噴水広場には人通りが多かった。
どこに行くのか、みな足早に俺たちの近くを通り過ぎた。
噴水の縁に座っている若い女の子が、退屈そうに俺たちの方を見ていた。
「これからどうする」
代わりに、俺はそう聞いた。
するとマキナは少し困ったような顔つきになって、
「分かりません。けど、また仲間を探すしかないですね。私、一人じゃ何にも出来ないし」
「……そうか。そうだよな。俺も一緒だ」
あーあ、と俺は空を仰いだ。
「まったく、面倒くせーなー。また一から始めないといけねーのか」
「ルポルさんは大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃねーって。自慢じゃねーが、俺ぁ何の特技もねーんだから」
「大丈夫です」
「だから大丈夫じゃないんだって。もう能力も限界っぽい。魔力も物理攻撃力も伸びが悪いんだ」
「大丈夫です」
マキナは何度も繰り返し、なんだか嬉しそうにニコニコ笑った。
「な、なんだよ。根拠はあんのか」
「あります」
マキナは大きく頷いた。
「だってルポルさん、いい人だから。それって才能ですよ」
「俺がいい人? は。そんなことはねえよ」
「あります。私、そういうの、よく分かるんです」
「俺は俺のことがもっとよく分かってんの。自分のことは、自分が誰より知ってるからな」
「ルポルさんは、自分のことしか知らないんです」
「え?」
俺は眉根を寄せた。
マキナは目を細めて、俺を見た。
「私は、これまでたくさん仲間から捨てられて来ました。色んな人間を見てきました。だから分かるんです。パーティーには、ルポルさんのような人間が必要なんです。ルポルさんのようなリーダーが必要なんです。強さとか能力とか、そんなのを基準にして仲間を選ぶと、絶対に上手く行かないんです」
俺は思わずにやりと口の端を上げた。
「……言うじゃねえか」
「はい。私、人に迷惑かけてばかりで役立たずですけど、人を見る目には自信があるんです」
急に照れくさくなって、思わず目線を外して、頭をガリガリと掻いた。
なんだよ。
こいつ、励ましてくれてんのか。
自分だって、死ぬほど落ち込んでるだろうに。
「……ありがとよ」
俺は言い、右足を引いて半身になった。
「それじゃあ、お前もいい仲間を見つけろよ」
「はい。ルポルさんも」
「ああ。やってみるよ」
じゃあな、と言って、踵を返した。
背中から、ありがとうございました! という声が聞こえてきた。
俺は振り返らず、手のひらをひらひらさせた。
歩きながら、考えていた。
マキナ。
ものすごい能力を持ちながら、そのせいで力を持て余してギルドを追放された少女。
きっと、扱いは大変だ。
俺なんかじゃ、制御できない。
彼女のとんでもない力を制御するには、俺じゃあ力不足だ。
……でも。
とある気持ちに、俺の心は支配されていた。
あの子と旅をしたい。
俺は思わず足を止めた。
そうである。
俺はもしかすると、今、人生の岐路に立っているんじゃないか。
大げさに言うと、そんな気さえしていた。
俺はマキナという少女に、少なからず惹かれていた。
強さじゃない。
特殊技能でもない。
彼女の、性格に。
焦燥に駆られるように、俺は振り返った。
すると、行きかう人々の雑踏に紛れて、すでに彼女の背中は見えなくなっていた。
考えるより先に走り出していた。
あんまり言いたかないが。
俺はその時、“運命”みたいなものを感じていた。
あんな人気のない森の奥深くで、同じ境遇の人間が出会ったんだ。
こんな偶然があるか。
俺は焦って彼女を探した。
人通りはますます増え、これではもう見つからないかもしれないと思った。
その時。
意外にも、あっさりマキナの背中は見つかった。
彼女は噴水広場の出口の手前で立ち止まっていた。
なにをするでもなく、じっとしていた。
まるで――
まるで、何かに迷っているように。
俺は少し離れたところで、その様子を見ていた。
いざとなると、やはり声をかけづらかった。
俺は自分に自信がなかった。
この子をギルドに誘って、責任が持てるのか。
人に嫌われてばかりの俺に、そんな資格があるのか。
そんな風に考えていると。
いきなり――マキナが、振り返った。
「あ」
マキナは驚いたように口を真ん丸に開いた。
多分、俺も同じような顔つきになった。
「ル、ルポルさん。どうしたんですか」
マキナは歩み寄って来て、そう問うた。
「ああいや、なんつーか」
俺は目線を外して、頬をほりほりと掻いた。
「その、いや、なんつーかさ」
俺は口ごもった。
考えてみれば、誰かを仲間に誘うのは人生で初めての経験だった。
人を誘うための言葉って、こんなに言いづらいものなのか。
ちらとマキナを見ると。
彼女は何かを期待するかのように、息を吞んで俺を見ていた。
その時の顔を見て、根性を決めた。
俺は一歩、マキナの方へと歩み寄り、言った。
「マキナ。よかったら、俺と一緒に旅をしないか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます