第6話 預言
「ほら、これがうちの能力よ」
女の子はふふん、と胸を張り、紙片を差し出した。
先ほどまで身体を覆っていたオーラは消え去り、瞳も元に戻っている。
「能力?」
「だーかーらー。預言よ、預言。この紙切れに、これから、ここで起こることがこの紙に書かれてるから」
俺とマキナは再び目を合わせた。
俺はまったく信じていなかったが、マキナは鼻息荒く、目をキラキラさせている。
彼女の話をすっかり信じこんでいる。
まあ――たしかに、なんか雰囲気はあったけど。
ほれ、と少女が押し付けるように渡してくる。
しぶしぶそれを受け取り、目を通した。
すると小さな紙片にはビッシリと詰めた文字で、
【帝都ドゥルワル九番街ナムルストリート在バル『インデックス』に於いて。刻午後参時弐拾弐分確。壮年の魔術師は便意を催したるが放屁にて此れを解消せり】
などと、書かれてあった。
少し角張っていて、異常に綺麗な文字。
記されたバル『インデックス』は、この紹介所のことだ。
住所もあってる。
「……これ、どういう意味ですか」
目を上げて、マキナが問う。
すると女の子は「さあ」と言って肩を竦めた。
「さあ、ってなんだよ。お前、預言者なんだろ」
「そうだけど、そうじゃないのよ」
「は? どういう意味だ」
「言ったでしょ。“自動書記”だって。そこに書かれてあるのは“うちの能力”が書いたものであって、うちが書いたものじゃないの。だから、何を書くかは私にも分からないの」
「な、なんだよ、それ」
俺とマキナは顔を寄せ合い、再び紙片に目を落とした。
すると、女の子も横から「どれどれ」と顔を寄せてきた。
「ああ、なるほど」
女の子はぽん、と膝を打った。
「便意を催すが放屁にて解消せり。要するに、今から、この場所で、ジジイが屁をこくってことね」
「へ、屁?」
「そう。屁」
「今からって――ここに書いてある、午後3時22分ってことか」
「そ。確(しか)とって書いてるから、ジャスト22分ね。えーっと、今、ちょうど午後3時20分を過ぎたとこだから、もうすぐね」
少女はきょろきょろとホールを見回した。
それから、奥でテーブルに突っ伏して酔い潰れているオヤジに目を止める。
「多分、あのおっさんね」
女の子は目を細めた。
「あのおっさんが、もうすぐ屁をこくわ」
「こ、こくんですか」
マキナはごくり、と喉を鳴らした。
「ええ。私の預言は絶対に当たるの。だから間違いない。もうすぐ――こくわ」
女の子はいかにも神妙に言う。
「なんだそれ」
俺はがくっと肩を落とした。
「くだらねえ。お前ら、一体、何を真剣になってんだよ。そんなものが当たる訳ないし、当たったとしても――」
「し! 22分になるわ!」
女の子が唇に指を当て、俺を制す。
俺は思わず黙り込んだ。
マキナは胸の前で手を合わせて、おっさんを見ている。
くだらねえ。
そんなくだらない預言なんてあるか。
俺はそう思いながら、壁掛け時計に目をやった。
秒針がてっぺんへと向かって進んでいく。
5。
4。
3。
2。
1。
そして――0。
ブーッ。
賑やかなホール内に。
たしかに、豪快なおならの音が鳴り響いた。
俺とマキナは目を合わせた。
ほんとに……こいた。
「こきました!」
マキナが大きな声を出し、その場で立ち上がった。
「こきましたよ、ルポルさん! あのおじさん、今、本当に、屁をこきました! 3時22分ジャスト! たしかにこきました!」
マキナは興奮気味に繰り返した。
「ほらね」
女の子はふふん、と無い胸を張る。
「だからいったでしょ。私の預言は本物なの。私の技能(スキル)は、確実に現実になる」
俺は「はあ」と曖昧に返事をした。
つとみると、俺たちの騒ぎに気付いた屁をこいたおっさんが、こちらを見ていた。
マキナがこいたこいたと騒ぐもんだから自分のことを言っていると気付いたのだろう、恥ずかしそうに顔を赤らめている。
気持ち悪いから頬を染めるな。
「なによ、その声は」
女の子は不満そうに言った。
「見事預言して見せたでしょ。もっと驚きなさい。感心しなさい。そして崇めなさい」
「い、いや、たしかにすごい。すげえんだけど――」
屁、だからなあ。
俺は腕を組んで、首を傾げた。
酔い潰れたおっさんがおならをするのを当てた。
いや――
なんとなく、すごいとは言いたくない。
「そうですよ、ルポルさん! この女の子、本物の預言者ですよ! おじさんが屁をこくのを当てたんですから! いいえ、ただあてただけじゃないです! 時間までぴったりです! 普通、おじさんの屁をこく時間なんて当てられませんよ!」
マキナはすっかり興奮している。
つか、あんまり女の子が屁をこくとか言わないの。
俺はがりがりと頭を掻いた。
「いや、まあ、当てたことはすげえけど――当てた内容がしょぼいっつーか、いくらなんでもしょぼすぎるっていうか……もっとこう、すごいことは言い当てられねえのか?」
「すごいこと?」
「そう。例えば、地震の予知とか魔王復活の預言とかよ。それが無理なら、ギャンブルのダイスの目とか」
「ああ、そういうのは一切出来ないわね」
無理無理無理、女の子はキッパリと言い切った。
「うちの能力は“預言”は出来るけど、“何を予知するか”は全く選べないの。ま、有益な情報を得られることはまずないわね。99%は今回みたいな感じ」
「今回みたいな感じってのは」
「そうねぇ。例えば、パンツのヒモが切れるタイミングとか、メガネがズリ落ちる瞬間とか、そう言うことを預言してるかな」
「そう言う感じのことが、はあ、100%当たると」
「そ。百発百中。絶対当たるわ」
女の子はビッ、と親指を立てて、ニヤリと笑った。
なるほど。
俺はそのとき、こころの底から得心が入った。
この女の子の『自動書記』は本物だ。
本気で未来を予見することが出来る。
未来予知。
それは人類が古代より願ってやまなかった秘術だ。
情報と言うのはこの世界を統べる最強のアイテム。
それを制する者がこの世の覇者となるのは明白である。
その“情報”の中で、もっとも最強で究極な存在。
それが“未来の情報”だ。
それが自分だけ分かる能力。
これは世界でおそらくただ一人、この女の子にしか出来ない技能(スキル)だ。
ではなぜ、こんな未曽有のスーパー能力(ギフト)がありながら、こんなところで小遣い稼ぎをしているのか。
その“理由”がいま、分かった。
彼女の能力『自動書記』は、役に立たない。
いくら未来予知という途轍もない能力でも、予知する対象が任意に選べなければなんの意味もない。
「情報」というのは、必要なもの以外はただ邪魔でしかない。
要するに。
この子も、俺たちと同じく“はぐれもの”なわけか。
「さ、うちは言われた通り、預言をして見せたわよ。約束通り、対価を頂こうかしら」
女の子は目を細めて俺を見た。
「お、おい、さっきのはお前が勝手にやったんだろ。つか、俺、そんな金持ってねーぞ」
「貧乏なのは見りゃ分かるわ。対価って言ってもさ、別にお金を寄越せって言うんじゃないから」
少女は俺にずい、と近づいた。
俺の言い分を全く聞きそうにない。
「なんだよ。じゃあ、何が欲しいんだ」
諦めて俺が聞くと、彼女は急に真面目な顔つきになって言った。
「うち、ちょっと事情があって仲間を探しててさ。あんたらの仲間になってあげるから、うちを入れなさい」
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