第6話、きつねのおでん
むか~し、むかしのことじゃ~
朝も早からな、まだ外が暗い時間にな
亭主が女房に言ったんじゃ
「なあ、おっかあよ~、おら、おでんが食いてえよ」
「あんた、うち、おでんは手間がかかるから好きじゃないんよ」
「わかっただよ、じゃ、今日はおらが夕餉を作るだよ」
男の名前は太郎、素朴な百姓じゃ、
真面目に働く事と
女房が大好きで家庭を大切にすることだけが取り柄の男じゃった。
「おでん、つうたら大根だべ」
「大根っつうたら留吉どんの大根だべ!」
太郎はな
朝もはよからな
留吉の家の戸を叩きに行った。
「おーい留吉どんよ、おらじゃよ、太郎じゃよ~」
まだ薄暗い早朝から戸口を叩いて
間の抜けた声を出している声
それは確かに太郎の声
しかし最近、留吉は狐に化かされてばかりで用心深くなっていた。
「あんの性悪きつねめ、おらはもう騙されねえぞ!」
昨日、留吉は狐に化かされたのだ
留吉の大根があまりにも美味しかったので綺麗な女性から感謝の接待を受けたのだ
一晩中、御馳走と酒をふるまわれて
留吉は天にも昇る気分であった
しかし、化かされていた
そして我に返った時には
御馳走だと食べていたのが泥や馬糞を
食わされており
上等な酒だと思って飲んでいたのが
実は狐のおしっこを飲まされていたのだ
風呂だと思って入っていたのが
気が付けば肥溜めにはまっておったわけじゃ
そういう恨みがあったので
今の留吉は大根を買いにくる太郎の声が
昨日、自分を騙した狐にしか思えなかったそうじゃ
太郎は人は良いが頭が少々回らず
いつまでも、いつまでも、いつまでも、いつまでも
留吉の家の戸をドンドンドンドンと
叩いておった。
「おーい、おらだよ、太郎だよ
留吉どんよ、大根を買いにきただよ」
「ふん、おらはもう騙されんぞ!」
留吉はだんまりを決め込んでいた
「おーい、おらだよ、太郎だよ~」
「きつねめ!、もうおらは騙されんぞ!」
まだ暗いうちからな
留吉の家の戸口で繰り返される
騒々しい朝の風景。
そんな様子を見ていた村の者はな
やっぱり、太郎は「たわけ者」だと笑っていたそうじゃ。
そして笑っていたのは人間だけでなく
草むらから狐も笑っていた
「おーい、見てみい!
人間にもキイみたいな間の抜けた奴がおるぞ~」
キイと呼ばれた子狐が不思議そうにその様子を見ていた
「ほう、人間にもおらみたいなのがいるのか?」
キイは意味が分からず兄狐と同じ事を言った。
「これ、兄さんは弟を可愛がらにゃいかんよ」
母狐は兄狐をやんわりと叱った
「だども、おっかあ、キイは知恵が足りないし、走るのも遅いし、
遊んでいても、ちっとも楽しくなかよ」
そういう年頃なんじゃろう
兄が弟を疎ましくなり意地悪したくなる時期、それは狐も人間も兄弟間の成長期には変わりはなかった
「キイは優しい子なんよ、兄さんの事も大好きだし一緒に遊びたいんよ」
兄狐はそっぽを向いて母狐に口答えをした
「だども、おらはキイと遊ぶのは嫌じゃ、足手まといになるんじゃもん」
それを聞いてキイは兄狐に言った
「兄ちゃん、おらは足手まといにはならんよ」
「ほうそうかい!、それならキイも
おらみたいに人間を化かしてみろよ
それができたら一緒に遊んでやるだよ」
「兄ちゃん、分かっただよ、おらも兄ちゃんみたいに人間を化かしみるだよ」
母狐はな、兄弟の会話を聞きながら溜息をついていた
これはまだ小さいキイには無理かもしれんが成長する良い機会かもしれないと考えた。
母狐は優しく末の子狐に言った
「キイ、それじゃあの人間を化かしてみて兄ちゃんをびっくりさせようね」
「うん、分かった、おら、やってみるだよ」
キイは幼い頭で考えた
「さて、兄ちゃんみたいに人間を化かすには」
(どうやって人間を化かせばいいんじゃ?)
相変わらず人間達は同じ事を言っている
「おーい、おらだよ、太郎だよ~」
「きつねめ!、もうおらは騙されんぞ!」
(・・・・・・)
「とりあえず、あの人間と話しをしてみようかな」
キイは草むらから出て行く時に子狐から童子の姿へと変わっていた
「おっちゃん、おっちゃん、なにしてるの?」童子が太郎に声をかけた
「ん?どこの坊主じゃ?おらはおっちゃんじゃなく太郎じゃ」
「わかった、太郎、なにやってるだ?」
「大根を買いにきただ、留吉どんの大根さ旨いからの、それでおでんを作るだよ」、キイは大根は知っていても
おでんは初めて聞いた言葉だった
「おでんってなんだ?」
「坊主、おめーはおでんを知らないとか?、おでんっつうたら、ご馳走だべ」
「ご馳走って、ネズミか?」
狐にとってはご馳走とはネズミである
「ネズミなんか食えるかよ、笑
おでんっつたらよ、大根や卵やこんにゃく、焼き豆腐も竹輪も入ってて旨いもんだで」
「そっか、いろんなもんが入ってるのがご馳走か、旨いんだな」
「そうじゃ、旨いだよ」
キイはしばらく考えてみた
昨日、兄ちゃんがあの留吉を化かしたから、もう留吉は大根を売ってはくれんだろう
それだったら大根に変わるものを太郎に渡して太郎を騙せばいいんじゃ
(よし、いい考えだ!)キイは我ながら自分の思い付きに有頂天になった
「なあなあ、おらが大根よりも美味しいものを太郎にあげるだよ」
「ほんとか?留吉どんの大根よりも美味いもんがあるのか?」
「あるよ、これだよ」
キイは童の姿で太郎に向けてにっこりと笑い、「稲荷寿司」を見せた
この稲荷寿司は稲荷神社にお参りする
人間達が必ず置いていくものである。
だいたい、狐の好物はネズミであり
稲荷寿司や油揚げなど食べない
人間達が勝手にお稲荷様の好物は油揚げ、稲荷寿司と決めつけただけの事
まあ、神の御使いはお供え物のエネルギーを食べてるみたいだがキイには見えない。太郎は稲荷寿司は旨いが、おでんの種にはならんわなと文句を云ってパクパクとキイが差し出した稲荷寿司を一人ですぐに食べたしもた。
「旨い、旨い、旨い、しかし、おでんの種にはならんんな!と云いながら」食べた
キイは困った
(人間を化かすとは?)
そもそも人間を化かす事すらも
幼いキイには分かってなかった。
化かすとは?
人間を助ける事か?
邪魔する事か?
キイはお釈迦様から聞いた食べ物を思いだした。穴だらけの芋に似た栄養分の少ない食べ物、狐は決して食べない
生っている場所が汚いから
きれい好きな狐は取りに行かない。
そもそも食べれないなら人間も食えない筈、これで人間を化かす事にもなる
「なあなあ、太郎よ、今からおらがいいとこ連れていってやるだよ、そこにはよ、大根よりも旨めいものがあるだよ」
そういいながら童子に化けた子狐が太郎を連れて来たのは泥沼だった。
「ここじゃろ、ここの花の根っ子にはよ、旨いもんが実っておるんじゃよ」
太郎が連れて来られたのは肥溜めのような汚い泥沼、太郎は少し怖じ気づいたが
根が素直な百姓、肥には慣れてるし汚い所にも入り慣れている。
「ようし、わかっただ、今からおらが泥の中に潜ってお前さの云う旨い根っ子を採ってくるだよ」
その根っ子の泥を落としてきれいに洗い
皮を向いて半分に切ってみたら
なんと穴だらけで食べるとこが少ない
これでキイは
人間を化かす事に成功したと喜んだ
「これで、おらも兄ちゃんにバカにされずに済む、おらは人間を化かしただ!」
キイは童子から子狐の姿に戻って跳ねるように山に帰っていった。
その頃、太郎は「旨っめい!」
シャリシャリしてもっちりして
こんな旨い芋は初めて食べたと
喜んでいた。
「これはそのまま油で炒めて食べても旨いし、すりおろして餅みたいにして
おでんの種にしても旨そうじゃよな」
(童子、ありがとうよ!感謝するど)
これは蓮根
子狐は太郎に蓮根を教えて人間を助けたが兄狐にはやっぱりバカにされたとさ
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