第3話 集団
深夜にカップ麺を隠れて食べる。スリルはあっても冒険と呼べるものではなかった。易々と達成してしまった。
やはり真の冒険は夜の外にある。頭ではわかっていた。楽しいだけではないと。大冒険には危険が伴う。わかっていたのに気が緩んだ。危機感が薄れたところを狙われた。
今のわたしは俯き加減で夜の道を歩いている。速くはないが遅くもない。闇に紛れた忍者を強く意識した。街灯の白々とした明かりが少し恨めしい。目深に被った野球帽と黒いパーカーの力を信じるしかなかった。
ちらちらと前を窺う。集団が一層、近くなる。
中学一年の時に同じクラスだった前川さんが中心にいて恋バナに花を咲かせていた。髪はショートで小顔。大人っぽいチュニックを着ていた。明るい性格でリーダー的な存在は変わっていないらしい。
隣にいた太田さんはパンツルック。白のサマーセーターが似合っている。小学三年の時に同じクラスになった。普通に会話をしていて関係は悪くない。
他に三人の女子がいた。派手な服と薄い化粧が特徴的で初めて見る顔だった。
わたしは気付かれないように自然に端へ寄る。最後にちらりと集団を見たが、こちらを気にする者はいなかった。
緊張の一瞬が訪れた。
集団と並んだ。すぐに離れた。走り出したい衝動を抑えて、ゆっくり後ろを振り返る。全員が背中を向けていた。ほっとした、その時、目に留まる。
歩道の中ほどに丸っこいヒグマのストラップを発見した。短い手足を伸ばした姿は持ち主に『置いて行かないで』と必死に呼び掛けているように思えた。
最初から道に落ちていたのだろうか。集団に目が引き寄せられてはっきり覚えていない。突然、現れたように感じる。そうなると集団の誰かが落としたことになる。
大切な物かもしれない。
頭に過った瞬間、身体が自然に動いた。ヒグマのストラップを拾って見ると紐の部分が擦り切れていた。かなりの古さを感じる。
「ストラップを落とした人はいるかな」
普段とは違って低い声を心掛ける。集団は緩やかに足を止めた。前川さんは自分の持ち物を調べないで周囲に目を向けた。
「あれって邪魔だし。みんなはどう?」
「あるけど」
「あたしも落としてない」
「それ、わたしのだよ」
太田さんはスマホを持ったまま、こちらに駆け寄る。わたしは黙ってストラップを差し出した。
「拾ってくれてありがとう。これ、小学校の友達から貰った大切な物だから」
「……もしかして、お菓子の景品だったりする?」
「ウソ、なんで知ってるの!?」
急に思い出した。確かにわたしが集めていたクマシリーズの玩具だった。かなり汚れていて元の白クマには見えないんだけど。
太田さんは首を傾げるようにしてわたしを見つめる。その傾きが深くなってゆく。隠し切れないと思って自ら野球帽の鍔を指で押し上げた。
「久しぶり。元気にしてた?」
「それ、わたしのセリフだよ。今までどうしてたの」
「なになに、知り合い」
「男子じゃないんだね」
「紹介してよ」
面識のない女子に瞬く間に詰め寄られた。擦れ違った時は気付かなかった甘い匂いに包まれる。バニラとミントを合わせたような香りに鼻がむず痒くなった。
「あんた、真中だよね」
前川さんが品定めするような目で言った。
「男っぽい格好して何してんのよ」
「なにって。みんなと同じで夜の大冒険を楽しんでいるって感じかな」
「まだ、そのキャラなんだね。こっちはカラオケの帰りなんだけど」
知らない女子の憐れむような笑みがチクリと胸を刺す。太田さんはわたしから視線を逸らし、髪を弄り始めた。
冷たい雰囲気に身体の自由を奪われる前に言葉を返した。
「えっと、カラオケは良いよね、いろいろ発散できて」
「あんたは中一の時と変わらないね。夢の中をふわふわしていて。学校にも来てないみたいだし」
前川さんは呆れた顔で生欠伸を噛み殺す。
「在宅のフリースクールで勉強してるから心配しなくていいよ」
「誰も心配してないって。存在自体、忘れていたし」
前川さんの言葉に三人の女子が、ひっどーい、と声を揃えて楽しそうに笑った。太田さんは従うように控え目に笑みを作る。わたしと視線が合うと花がしおれるように俯いた。
「まあ、あんまり夢ばかり見てないで真面目に生きなよ」
興味を失った様子で前川さんが歩き出す。三人の女子も付いていく。太田さんはわたしを見て、ごめん、と口だけ動かして後を追い掛けた。
残されたわたしは熱い息を吐いた。額に手を当てると汗で湿っていた。未だに五人の表情や仕草が頭の中で解釈を伴って膨らんでいく。破裂する前にがっくりと項垂れて思考を中断した。
「……なんか疲れたー」
肩を落とした状態で家に引き返した。
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