第18話 風を従える者
運河を挟んで二人の女性が火花を飛ばしていた。
身長が152㎝のシエルに対して、
ダークエルフのクロエの身長はおよそ190cm程。
大人と子供程の体格差があった。
クロエが一騎打ちを申し込んで、シエルがそれを了承したのだから、
私とキースが手を出すのはきっと野暮なのだろう。
クロエ以外のダークエルフもこちらに手を出す様子はなく、
シエルとクロエの戦いの成り行きを見守っているようだった。
ダークエルフが五人乗ったボートは私達のボートより一回り大きく、
彼らの肌と同じブラックベリー色の塗料が塗られていた。
そのボートの上でクロエが自分の身の丈ほどある黒い弓を引いて構えている。
私達のボートとクロエたちのボートは距離は約20メートルの間隔しかなかった
この距離では魔法で戦うシエルには勝ち目がない。
魔法を使うには詠唱がいる。この距離では詠唱を唱える前に矢でボートを射抜かれ、
破壊されてしまうだろう。
私は大きく舵を右に回してクロエ達のボートとできるだけ距離を取る。
ボートの操縦者としてこれくらいの援護は許されるだろう。
向こうの操縦者も私の意図に気付いていそうだったが、
よほどクロエを信用しているのか距離を詰めようとはしなかった。
距離にして約70メートル、
その間隔を保ったまま二艘のボートが時速にして100キロのスピードで並走する。
シエルが弓使いのクロエに勝つには先手を取り続けて、
クロエに弓を引くタイミングを与えないようにするしかない。
「荒れ狂う風よ 突進せよ」シエルが詠唱を唱える
【暴風牛】
牛を形どった風がダークエルフのボートを襲う
クロエは黒曜石のような瞳を細めて狙いを定めて引いていた弓を離す。
矢をリリースした瞬間、クロエの矢を離した方の手が黒く光る。
いや光るという表現は正しくないのかもしれない。
暗雲のような闇がクロエの右腕を漂っていた。
クロエの放った黒い矢がシエルの作った風の闘牛の目を射抜くと、
風の闘牛は跡形もなく消えてしまった。
「無効化された?」
私が呆気に取られてそう言うと、シエルは小さく頷く。
「きっと黒い矢が魔力を吸い取ったって解釈が正しいと思う。」
シエルは小さな顎に人差し指を添えて思案する。
私はそんな幼馴染の姿を見て、
彼女はきっといつの日か偉大な魔導士になると確信する。
若干15歳の彼女にはすでに【魔導士】に必要な知性と魔力が備わっている。
足りないのは経験だけだ。
「怒り狂う風よ 愚か者の横面を殴打せよ」
【横殴りの風】
「荒れ狂う風よ 突進せよ」
【暴風牛】
シエルは連続で二つの魔法を唱える。
拳の形をした風がクロエを横から襲い、
闘牛の形をした風が真っすぐクロエめがけて突進する。
「なるほど」私は感嘆の声を上げる。
二方向の攻撃なら、装填に時間のかかる弓ではどちらしか防げない。
クロエが暴風牛に矢を放てば、横殴りの風が彼女を襲う。
反対に横殴りの風に矢を放てば、暴風牛に正面から突っ込まれることになる。
「考えたワネ チイサナオジョウサン」
クロエはそう言って不敵に笑うと、
その長い腕でまるでバイオリンでも弾くかのように弓を引いて
ゆっくりと矢を放つ。
放たれた黒い矢は二つに割れて、【暴風牛】と【横殴りの風】に刺さり、
双方の魔法をかき消してしまった。
「どういう仕組みだ?あれ?」キースが首を傾げる。
シエルはキースの質問に答えず、目を瞑ったまま一人でぶつぶつと呟いていた。
「今度はこっちの番ネ」
クロエそう言って黒い矢を私達のボートめがけて放つ。
「シュルルルン、シュッ」
黒い閃光は私達のボートをかすめると水路の中へと消えていった。
「外したのか?」私がシエルに訊ねると、
代わりにキースが「いや。違う。」と答える。
ボートに座り込んでいたキースは、
相変わらず目を閉じて独り言を言うシエルを見上げて、
「大した奴だよ。おまえは」と呟く。
矢を外したクロエは明らかに動揺していた。
クロエの仲間達も驚きの顔を隠せずに、互いにエルフ語で何かを言い合っていた。
クロエは仲間のエルフ達に向かって何か叫ぶと、
弓を装填してまた黒い矢を私達めがけて放つ。
「矢の動きをよく見てろ、マルコ。そしたらシエルが何をしてるかわかるから。」
キースがクロエから目を離さず私に言う。
私はキースに言われたように矢の動きを注視するが、キースのような動体視力を備えていない私には、またクロエが狙いを外したようにしか見えなかった。
クロエの矢はさっきよりもずっと大きく狙いを外していて、
私達のボートの5メートル手前に落ちて水路の中へと消えていった。
「シエルの奴、微妙に風向きを変えて矢の軌道をずらしてやがる。」
キースはお手上げだと言わんばかりに肩をすくめる。
「シエルの使える魔法にそんな微妙な魔法ってあったっけ?」
「ない。マルコ、お前も魔法を使うんだからわかるだろう?詠唱を使った魔法はそんな融通は聞かない。風を北に2メートル強く吹かせるだけの詠唱なんて存在しないし、あったとしてもそんないつ使うかわからない魔法を覚える奴なんていない。
けど、俺達は思うままに自然を従わせることが出来る男を一人知ってる。」
私の頭の中でキースが言う人物を探す。
「ドレークか、海賊の?それってつまり……」
「そうだ。シエルが今使っているのは自然を魔力で直接従わせる【無詠唱】ってことだ。」
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