第16話 台風の目
「さぁ、皆さん今年も始まりました。ベラルーシが誇るボートレース。この美しい運河を制し、マリーン社最新モデルの魔道具付きボートと賞金1000ゴールドを手にする幸運な者は誰だ。大会の実況はベラルーシが誇るおしゃべり野郎、ルーシが担当させてもらいます。」
私達大会出場者を挟むように立っている二本の柱の頂点にはそれぞれホラ貝のような物が糸で巻き付けられていて、そこから実況の声が聞こえていた。
きっとこのホラ貝も【魔道具】の一種なのだろう。
声の主には聞き覚えがあった。
私達をインタビューしたあの調子のいい男の声だ。
「レースを始める前に、大会の簡単なルールを説明させてもらいます。出場者の皆さんにはベラルーシの水路を一周してもらいます。距離にすると約20キロ。魔法や武器を使っての船への攻撃はアリですが、人に直接攻撃するのはナシです。違反者はその場で脱落となります。ライバルの妨害をくぐり抜け、見事一位でゴールテープを切ったものが優勝となります。」
「人に攻撃するのがナシだと言っても、毎年不慮の事後で死人が出てる。今年はお前らかもな」
そう言って鼻ピアスの男は私に挑戦的な目を向ける
私は即座に何か言い返そうとしたが、鼻ピアスの男の肩が微かに震えているのを見てやめた。
よく見れば後ろの金髪の男女の表情も硬い。
考えてみれば彼らも私達と同じくらいの年齢なのだ。
緊張していてもおかしくはない。
口を開けて未知という恐怖が愚かな若者を飲み込もうとする時、
若者が唯一対抗できる術があるとすれば、それは虚勢を張ることである。
怖いのに恐怖など感じていないように振る舞うことで、
例えそれが偽りであったとしても若者は強く振る舞うことができる。
そしてそれを繰り返すことで、嘘が真になり、真に強い人間ができあがるのだ。
鼻ピアスの男の震える膝は、そんな「虚勢」と言う名のメッキが剥がれた真の若者の姿なのかもしれない。元はと言えばこいつらが私達の船を壊したせいで、私はこの大会にでる羽目になったわけだし、別に気にかけてやる必要などないのだが、何故だか
前世の記憶がある人生の先輩として鼻ピアスの男に発破をかけてやらないといけない気がした。
私がそんな気を起こしたのは、
もしかしたら私の膝もほんの少しだけ震えていたからもしれない。
何度生まれ変わっても、若者は所詮若者で、
きっと私は鼻ピアスの男に自分自身の恐怖も投影していたのだ。
「大会に出るのは初めてなのか?足が震えているぞ」
私は真っすぐ前を向いて鼻ピアスの男と私自身に問いかける。
「ああ?震えてねぇよ。てかお前らも初めてだろ?」
図星を突かれた鼻ピアスの男の声が裏返る。
「初めてさ。でも僕達は島を出たときから覚悟はできてる。初めてが怖いなら最初から島から出たりしないさ。君たちは何で大会に出たんだ?膝をブルブルと震わせるためか?」
私はあえて意地の悪い顔で言ってやった。
もちろん発破をかけるためである。
「なんだと?てめぇ?」。俺らだって覚悟はできてる、ボートレースは俺らの子供の頃からの夢だ。ここで勝って俺らをゴミみたいな目で見やがった大人達を見返してやるんだからな。」
そう怒鳴って私を睨む鼻ピアスの膝の震えは彼も気付かぬうちに止まっていた。
「ほー。お前らみたいなチンピラにも夢なんかあるんだな。少しだけ見直したぜ。鼻ピアス。けど俺らもこんな所で立ち止まっているわけにはいかねぇ。悪いが今大会の優勝は俺らが頂くぜ。」
ボートの帆を広げていたキースが私達の顔で会話に入ってくる。
「偉そうに上から目線で喋ってるんじゃないわよ。この田舎者。てか魔道具付きボートなのに何で帆を張ってるのよ。馬鹿じゃないの?」
金髪の女が顔を赤らめて叫ぶ。
「おおこれか?それはレースが始まってからのお楽しみだな。おっとそろそろみたいだぜ」
そう言ってキースは背中の鞘から剣を抜いて不敵に笑う。
実況の秒読みが始まると、大会出場者達はみんな右足をアクセルの上に置く。
さっきまで騒がしかったギャラリーも静まりかえって、実況のカウントだけが町中に響き渡る。
フレッドさんはスタートが肝心だと言っていた。
そして私達ボートレースの初心者の立てた作戦もスタートに依存する部分が多かった。長丁場になれば経験不足の私達が勝つ確率はずっと低くなる。
「10、9、8、7」
カウントが残り7になるとシエルが目を閉じる
「3、2、1、」 「荒れ狂う風よ。突進せよ」
カウントとシエルの詠唱が重なる。
私は「0」の完璧なタイミングでアクセルを踏む。
「ブルルルルン」
スクリューが水をまきあげて勢いよくボートが飛び出る。
そしてそれを追いかけるようにシエルの風の魔法が、その魔法の名の通り私達のボートの帆に突進する。
「ザバッ」と帆が広がる音がすると、
私達のボートは水面から離れて宙を飛んでいた。
呆気に取られたように私達を見上げる他の参加者と観客をよそに
私は詠唱を唱え、できるだけ大きな水牢(水の玉)を後ろでスタンバイしていたキースのそばに作る。
「全員……ぶっ潰す」
キースはそう叫んで私の作った水の玉を剣で思いっきり斬りつける。
斬りつけられた水の玉は散弾銃のように弾け飛んで下にいる他の参加者のボートを次々と転覆させる。
宙を舞い、風を巻き起こして大雨を降らす私達は
間違いなく今大会の台風の目だ。
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