第15話 決戦の日

ボートレース大会当日の日、口から心臓を吐き出しそうな程に緊張していたことを今私は覚えている。

大会の規模は私達が想像していたものよりずっと大きかった。

水の都ベラルーシに張り巡らされた水路の脇にはボートレースを楽しみにしているベラルーシ市民と観光客で溢れ返り、抜け目ない商人たちは稼ぎ時を逃すまいと屋台を出して観光客を相手に商売を始めていた。


レースが始まるとここにいる全ての人々の視線が、私達大会出場者に注がれるのだから、田舎出身の若干15歳の私達が緊張しないわけがない。


おまけに……

「君達の出身地はどこかな?」

白い仮設のテントの下で大会出場の登録を終わらして外に出た私達は、マイクを持った地元のインタビュアーに捕まっていた。

「ア・サブリデン・ヴェンタス・アインシュラだ。」戸惑っている私の横でキースが自慢気に答える。


聞き馴染みのない島の名前にインタビューアーが一瞬、それどこだっけ?という顔をしたのを私は見逃さなかったが、場慣れしたインタビューアーはすぐにその顔を引っ込めてすぐに「あそこはいいところだよね」と返す。


そして「君たちはこの栄えあるベラルーシのボートレースに参加するわけだけど、ライバル達に何か言っておきたいことかあるかな?」インタビュアーはそう言った後、声を落としてキースに耳打ちする。


「できれば大会が盛り上がるような景気のいいことを言って欲しいんだよね」


それを聞いたサービス精神旺盛なキースは左耳につけた貝殻のピアスを縦に揺らして頷くと、インタビュアーからマイクを奪い、

「全員ぶっ潰す」と叫んでいた。

それを聞いた聴衆達から「おおっ」と言う声が上がる。

聴衆の盛り上がりを見て満足したインタビューアは何度も頷くと、

「いいね。最高だね。そんな勇敢な君の名前を聞いてもいいかな?」とキースの持っていたマイクを奪い返して訊ねる。


「誇り高きマルタイの戦士、キース・レギンレイヴだ」

キースが拳を突き上げて意気揚々と答える。


これは後で聞いた話なのだが、このボートレースではインタビューで大口を叩いた者は他の参加者たちに集中的に狙われるという慣例があるそうだ。

ビッグマウスはやはりどこでも嫌われるらしい。


しかし今大会はキースの他にもビッグマウスで観客を沸かしたものがいる。

目抜き通りでシエルとぶつかった【ダークエルフ】のお姉さんとその仲間達である。


ダークエルフの出場自体が今回初でインタビューを答える前からダークエルフ達は観客の目を引いていた。引きつった愛想笑いを浮かべたインタビュアーがお姉さんに大会に賭ける意気込みを聞くと、お姉さんはその黒い瞳でインタビュアーを見下ろして、「テキハ スベテ タタキツブスノミ」と答えていた。


ダークエルフのインタビューが終わると、隙を見てシエルが彼女たちの下へ駆け寄る。

シエルがダークエルフのお姉さんに何かを言って握手をしようとすると。お姉さんは白い髪を横に振ってそれを断る。

「hふshヴぉんscm」

ダークエルフがエルフ語でシエルに何か言うとシエルが俯いてしまう。

そんなシエルをよそにダークエルフ達はそのセクシーなチョコレート色の尻を横に振ってその場を去っていく。


「あのエルフは何て言ってたの?」

落ち込んでいるシエルに私は訊ねた。

「誇り高いエルフの戦士は敵とは握手しない、だって」

そう言って肩を落とす友人に私は、

「エルフ語の上達早いね。」と声をかけることしかできなかった。


出場者達が続々とスタート地点となる水路にボートを浮かべていく中、私達もそれに続いてボートを水路に浮かべる。

フレッドさんも船を運ぶのを手伝ってくれていた。


「いいか。スタートダッシュが肝心じゃぞ。出場者の半分はスタート地点で敵の妨害に遭って脱落する。合図がなったら迷わずアクセルを踏み込め。」

フレッドさんはそう言って、ボートに乗り込む私の肩を押してくれた。



出場者の中には見たくない顔もあった。

私達の船を壊したあの鼻ピアスと金髪とチンピラ三人組である。

彼らも大会に参加するらしく、どういう因果なのか彼らのボートと私達のボートは横並びになっていた。


それに気付いた私達は互いに睨み合っていた。

やれやれ、この大会は荒れそうだ。








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