第7話 海の王 ドレーク
黒塗りの船体に立っている馬鹿に高い三本のマストが、私達の小ささを嘲笑うように見下ろしていた。
巨大な帆には一目見て海賊だとわかるドクロが絵描かれていて、
趣味の悪い事に二人の裸の人魚がそのドクロに愛おしそうに口づけをしている。
私達はこの海賊旗の存在をよく知っている。
帆に描かれたその海賊旗は、マルタイが産んだ悪名高い海賊の首領【ドレーク】の旗だ。私は前々回、マルタイについて述べた時、マルタイの名誉のために一つだけあえて書かなかったことがある。
それはマルタイ人の中には漁業を生業とはせず、大陸に略奪行為を行うことで生計を立てる者たちもいるということだ。
だから大陸に住む者の中にはマルタイ人=海賊と結びつけるものも多い。
その悪名高いマルタイの海賊の中でもドレークは有名な海賊だった。
「くそ、島を出て一日でドレークの船に会っちまうなんて運がない」
キースが海賊船を睨みながら言う。
「すまない。僕がもっと注意していればこんなことには・・・」
「マルコ謝ることなんてないわ。私達は望んで海を出たの、これから先何が起きようと私は後悔なんてしないわ」
そう語気を強めるシエルの真っ白な額に汗が滲む。
無理もない。シエルはもう5分以上風の魔法で私達の船を加速させてくれている。
巨大な魔力を一定時間放出し続ければ、心身共に深刻な疲労に襲われる。
海賊船と私達の船の距離はもう200メートルとなかった。
海賊船から何度も「おまえら、いい加減止まれ」と言う怒号が飛んでくる。
海賊に止まれと言われて止まる馬鹿はいない。
だが追いつかれるのは時間の問題だ。
ドレークの海賊船から業を煮やした船員が一人海に飛び込む。
「大丈夫。泳いだって追い付けやしないさ」
私はそう言って、キースとシエルを落ち着かせる。
「この船は今、時速60キロは出てる、人魚でもなければ追いつくことは・・・!!」
私がそう言いかけた時、目の前の水面から黒い影がスッと飛び出る。
黒い影は私達の遥か頭上へと飛びあがり、空中で一回転すると私達の船に着地した。
「止まれって言ってるだろうが、馬鹿ども」
私達の船に飛び乗った男が凄む。
マルタイ人らしい浅黒い肌に、引き締まった体躯、その上に刻まれた無数のタトゥー、そして肩下まで垂れた無数の編みこまれた髪を見て、私はこの男がドレークだと悟る。
以前、父に見せてもらったドレークの絵が描かれた手配書を見たことがあった。
私の眼前にいるのは間違いなく【ドレーク】その人だった。
私が呆気に取られている中、キースはすでに臨戦態勢に入っていた。
「俺がやる。下がってろマルコ」
キースはポニテ―ルを馬の尾のように、なびかせると素早くドレークに切りかかる。
しかしドレークが腰に差していた短剣でキースの斬撃を受け止めてしまう。
「ほう、なかなか悪くない動きだ。ガキの喧嘩なら今ので十分勝てただろうな。」
ドレークはそう言ってキースのみぞおちを膝で蹴り上げる。
キースの体がそのまま「く」の字に曲がって船の上に倒れ込む。
「キース!!マルコ下がって。私がやる。」シエルが叫ぶ。
「立ちはだかる者に風の刃を。」シエルがそう詠唱すると、無数の風の刃が巻き起こり、ドレークに向かって飛んでいく。
ドレークはそれをつまらそうな顔で眺めた後、海の方を見て顎をくいっと上に上げる。
するとドレークに従うように海から水柱が飛び出て、シエルの風の刃を全て叩き落としてしまう。
【無詠唱】熟練した者は詠唱無しで魔法を使うことができるという話を聞いたことがある。ドレークはどうやら無詠唱で魔法が使えるようだった。
そしてドレークが得意とするのは、おそらく私と同じ海の【海の魔法】
「罪人を深海へと続く竜宮の牢へ」と私は詠唱する。
この魔法は今のところ私が使える唯一の攻撃魔法【水牢】だ。
人間大程の水の玉が海面から飛び出してドレークを飲み込み閉じ込める。
閉じ込められたドレークは不敵に笑っていた。
ドレークが両手を上げると水牢はじけ飛んで、ドレークの背後には高さ30メートル以上はある水柱が立ち昇っていた。
私とシエルはただ、その立ち昇る水柱を黙って眺めていた。
私には目の前の水柱が人が起こした魔法とは思えなかった、それはもはや只の災害だった
「俺に海の魔法で挑むなんて100年早ぇよ。人が俺をなんて呼ぶか知ってるか?」ドレークはそう言って上げていた両腕を下す。
それと同時に立ち昇っていた水柱が私達に襲い掛かる。
「海の王」
水柱に飲み込まれ、ドレークのせせら笑いを聞いた後、私の意識はそこで途絶えた。
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