第6話 航海士の魔法

「二人を死なせるんじゃねえぞ」

私は父の言葉を思い出して、緩んだ気を引き締めなおす。


「そろそろやっておくか」

私は気合を入れて両手を海につける。


【魔法】はシエルの得意分野だが、海に出れば私にも使える魔法はいくつかある。

航海士として最低限、身に着けておかなければいけない魔法は、漁師の首領を務める父からいくつか教わっていた。


魔法は自分の体内に流れている魔力と大自然との呼応によって発動される。

魔力を使って大自然に語りかけることで、大自然の力を借りるのだ。

その語りかけの際に使う言葉が【詠唱】である。


そして人と自然との間には相性がある。

シエルの場合は【風】私の場合は【海】である。

相性のいい魔法は少ない魔力で魔法を発動でき、より多くの自然の力を借りることが出来る。

相性が悪いからといって、他の自然魔法が使えないというわけではないが、消費魔力が高いわりに魔法の発動効果は低くなってしまう。


「深淵を見せよ。」と私は海に向かって詠唱する。

すると手から魔力の音波が流れ出て、反響した物体が脳内に流れ出る。

魚の群れ、海の深さ、潮の流れなどのイメージが私の頭の中に入ってくる。

この魔法は【ソナー】といってマルタイの漁師の間ではよく使われる一般的な魔法で、漁師たちはこの魔法で魚の群れを追うのだ。


私が【ソナー】を使ったのは漁のためではい。深海に危険がないか確かめたかったからだ。


このあたりの海は比較的安全だが、二つだけ注意しなければならないものがある。

クラーケンと呼ばれる全長20メートル程の巨大タコの化け物と海賊である。


クラーケンは普段は深海にいて人を襲うことは滅多にないが、船に興味を抱き海に引きずり込もうとする個体も少なからず存在する。

私が【ソナー】を使ったのはそのクラーケンを避けるためである。


船から2キロの範囲を私は隈なくソナーで探る。

次から次へ脳へと流れてくる海の中の映像にクラーケンはいなかったが、おかしな物が頭によぎった。


「これは・・・船?」

私は驚いて、思わず声に出す。


「船?沈没船でも見つけた?」

目をつむっている私の横でシエルが無邪気に言う。


「違う。沈んでない。潜っているんだこの船は。そんな、まずいぞ。こっち向かって来てる」


私は【ソナー】をやめて目を開く。


「どういうこと?」ポカンとした顔のシエルが訊ねる。


「話はあとだ。シエル、風の魔法でできるだけ船の速度を上げてくれ。」


シエルはこくりと頷くと詠唱を始める。


私は寝ているキースの肩をゆすり「起きろ。」と叫ぶ


「なんだよ。マルコ。もう少し穏やかに起こしてくれねぇかな?」

まだ眠そうな目をこすりながらキースが言う。


ザザーッ!!!


海から何か巨大な物が上がった音だった。


「おっ、おい何だよ?あれ」


キースが私の肩越しに叫ぶ。


シエルはその美しい銀色の髪を自らの風の魔法で激しくなびかせながら、目を閉じて必死に詠唱を唱え船の速度をあげていた。


その努力の甲斐もなく、振り返った私の目に映ったのは、ソナーを使った時、私が海の中で見た物だった。


「キース。起きたばかりで申し訳ないが、戦闘の準備をしてくれ。あれは海賊船だ・・・」











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