第5話 マルタイ地方
世界の南の果てに位置するマルタイ地方には1000を超える島が存在すると父から聞いたことがある。
「世界の南の果て」とあえて私は言ったが、「隔たり」なんて言葉を知らない海は、もちろんこのマルタイより南にも広がっている。
ただ私達がそれより南に進むことができないだけなのだ。
マルタイ地方より南に船を走らせれば、いずれ【死海】と呼ばれる海域にぶつかる。
海流はおろか波風ひとつ立たないその海は名前の通り、死んだように静まりかえっていて船乗りがそれ以上先に進むことを拒む。
風と海流を味方につけ、航海をする私達には今のところ死海を攻略する術はない。
つまり死海より先の世界は人類未踏の地ということになる。
人類未踏と聞けば血が騒ぎだすのが私、マルコポーロの性分なのだが今現在の知識と私の航海術では到底、死海に挑むことはできない。
故に私達の船は死海とは反対の北に進路を取っている。
シエルの目的地である王都がある【タミエル大陸】を目指すことが、当面の私達の目標だ。だがいずれは冒険家として死海にも挑戦してみたいものである。
「ねぇ。さっきからずっと何書いてるの?」
シエルが不思議そうに緑色の瞳を私に向けて訊ねる。
「航海日誌さ。旅の工程を記録してる。僕がこの世界の全てを記録した本を作りたいことは君も知ってるだろ?」
「もちろん。知ってるわよ。マルコ。私が言いたいのはマルタイについて何をそんなに書くことがあるの?ってこと。私なら一行で終わっちゃうけどな。見渡す限り海しかありませんってね」
私は苦笑いで返したが、シエルの言うことも間違ってはいない。
確かに私達の眼前には見渡す限り海しかなかった。
マルタイの海は温暖で穏やかである。このような風土で幼少を過ごした者は、楽天家に育ちやすい。
事実、私達マルタイ人は楽天家として他の民の間で知られている。
その例に漏れず、どうやら私達三人も楽天家として育ったらしい。
ほんの数時間前、故郷に別れを告げて、泣いていた三人はもういなかった。
キースに至っては自慢の剣を放り投げ、仰向けになっていびきをかいて寝ている。
船の上ではそれぞれがマイペースに過ごすマルタイ人らしい時間が流れていた。
そうそう、私は今当たり前のようにマルタイ人と言ったがその定義は【マルタイ地方の海域の島々に住む、人魚信仰をする人々】である。
この地方の島々では、我々の祖先は今よりずっと南に住んでいて、人魚に導かれ【死海】を越えてこのマルタイに移り住んだという共通の伝説が残っているのだ。
その宗教観が海に隔てられた1000の島々に住む人々を一つに繋ぎ、この美しく雄大な海に【マルタイ文明】を浮かべるのだ。
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