第4話 風が微笑む島~ 旅立ちの日

前世でも、そしてここ異世界でも、すぐそこに海がある場所で生まれることが出来たことを私は神に感謝したい。

眼前に広がる広大な海がいつだって、私にその先の世界を想像させて、私の中で眠る冒険心を掻き立ててきたのだ。


そしてとうとう今日がやってきた。

私達の旅立ちの日である。


白波とエメラルドブルーの混ざり合ったマーブル色の海に、私と父で三年かけて作った船が浮いている。


船の竜骨に貼り付けられたオークの木、一枚一枚に私と私の父の思い出がある。

船首に飾られた木彫りにマーメイドが私の母にそっくりなのは、私の父の趣味だ。


マーメイドは私達の伝説によく出てくる。

なんでも私達の祖先は人魚に導かれて、このマルタイ地方の島々に移り住んだらしい。

その真偽は定かではないが、その素敵な伝承を私は信じたい。


前世の記憶を持っているというのは便利なことも多いが、弊害も多い。

実を言うと、私は生まれ変わってから数年は父と母に上手く甘えることが出来なかった。

前世の記憶が彼らが私の両親であるという事実を拒否してしまっていたのだ。私が「両親」と言う言葉を聞いて思い浮かべていたのは最初の頃はずっと、前世のベネチアの両親だった。


生まれ変わってから15年、私は旅立ちの日、他の青年、少女と同じように父と母の胸で泣いていた。

彼らはとうの昔に私にとって本当の両親だった。


母親が「体にだけは気を付けて」と言って私の優柔不断な背中を押す。


この温暖で色彩豊かな島にあっても、母の真っ赤な髪は際立って美しく人の目を引いていた。


幸運なことに私はその髪の色を受け継いでいた。私の髪も母に負けないくらいに真っ赤だった。


私とシエルとキースは何かを振り切るように走って船の上に飛び乗った。


私達は振り返らずに島に手を振る。

「不思議。私泣いてるのに、悲しさよりも、これからの冒険へのわくわくの方が勝ってるの」

シエルが涙を拭いて笑いながら言う。

私が手際よく船の帆を張ると、シエルは詠唱を唱え「風の魔法」で船を加速させる。


シエルの起こした風が私の頬に当たった時、私は微かに風の笑い声を聞いた気がする。


これから先どこへ行こうと、

ここよりも優しい風が吹くことは、きっとないだろう。




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