第2話 風が微笑む島での成人式
いつもは雄弁になりがちな私の筆も、私の異世界での故郷、【ア・サブリデン・ヴェンタス・アインシュラ】(風が微笑む島)について語る時は、ただ地元の故郷を懐かしむ青年の日記のような物になるだろう。
何しろ、私はこの世界に生まれ変わってから15年間、この人口500人程の小さな漁村から一度も出たことがなかったのだ。
あの冒険狂の私、マルコポーロがである。
これまで幾度となく脱走を試みたが、その試みは母親の愛によって幾度となく阻まれた。
時には遠洋に出る漁師の船に紛れ込み、時には商売に訪れた商船に乗り込んで、私はありとあらゆる手段を使って脱走を試みたが、賢い私の母はすぐに私の考えを見抜き、いともたやすく私を連れ戻してしまうのだった。
「15歳の成人式が来るまで我慢しなさい。」が母親の口癖だった。
そして今日がその日だった。
このア・サブリデン・ヴェンタス・アインシュラでは年に一度、その年に15歳になる青年、少女達を祝う「タイキの儀」という祭りが開催される。
そしてその儀が終われば、私達は晴れて成人として認められ、一人で島の外に出る許可も与えられる。
夕日が半分、西の海に沈むと祭りの始まりを告げるドラが鳴る
すると島の老人連中が、今年で15歳になる少年と少女の手を引いて白い浜辺の上に丸太を組んで作られた仮設の舞台の上にあがる。
今年で成人になるのは、私を含めて三人だった。
狭い島である、もちろん顔馴染みだ。
私達三人は壇上でそれぞれ名前を呼ばれ、老人たちに酒を手渡される。
夕日が完全に沈む瞬間に手渡された酒を飲み干すのがこの儀式の習わしだった。
当然私の名前も呼ばれる、「マルコ。」と。
異世界でも母親がマルコと名付けてくれたことに、私は何か運命めいた物を感じていた。
浜辺でそれを見守る島民の中には、もちろん私の両親もいた。屈強な男が多い島民の中でも頭一つ飛び抜けた親父の腕を掴み、母が泣いていた。
それぞれ手渡された酒を一気に飲み干す。
久々に飲む酒は思った以上にキツかった。
なにしろ私が酒を飲むのは生まれ変わってからぶりなのだ。
私の火照った顔を、この島特有のカラッとした風が撫でる。
この心地の良い風こそがこの島の名前の由来だ。
天を仰ぐと、すっかり夕日の沈んだ空に、地球で見るよりも三倍は大きな月が顔を出していた。
「そろそろ。始まるね。」右隣にいた銀色の髪の女の子がそう言って目を輝かせる。
彼女の名前シエル。
彼女も今年で成人した私の幼馴染だ。
「これで晴れて俺達も自由ってわけだ」左隣にいた長い黒髪を一本に結った青年が私の肩に手を回す。
彼の名はキース。私と一緒に何度もこの島の脱走を試みてくれた私が最も信頼する悪友だ。
「ああ。ほら海が光りだしたぞ」
私は青く発光し始めた海を指さす。
この島の近海には、一年に一度だけクラゲに似た魔物の群れが潮に流されやってくる。彼らは満月の日になると発光を始めるのだが、それに合わせてこの「タイキの儀」は執り行われる。
「今年のが今まで一番綺麗かも」シエルが目をトロンとさせて呟く。
夜空のように暗い海の中、一斉に体を光らせ私達の門出を祝う彼らの姿は、さながら海のオーロラである。
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