第16篇『ゴーストタウン×白あん』

お題『ゴーストタウン×白あん』


「おおっ、これはまた」

「綺麗だねぇ」

 丘の上から街を見下ろしながら少女と少年の二人組が声を漏らす。

 一人は長い黒髪を後ろで縛り、長い棒を持つ十六歳くらいの少女。

 もう一人は六歳前後の背の低い、やんちゃそうな少年である。

「いいねー。こんな綺麗なゴーストタウンがまだ残ってたなんて」

「もうけものー! もうけものー!」

 二人は鼻唄を歌いながら崖を降り、街へと向かう。

 コンクリートのビルが幾つも建ち並ぶが、どれも植物が這い回り、荒れ果てた廃墟と化していた。おそらく人が住まなくなって相当な時間が経っていることだろう。

「食べ物あるかなー?」

「どうかしら。綺麗だから残ってるかもだけど。ここまで綺麗だと街を捨てた際に一切のゴミを残してないのかも」

 誰もが知っての通り、かつて存在した日本の七割の街は廃棄され、ゴーストタウンと化している。

 少子高齢化が進み、かつては人口一億以上を誇った日本ではあるが、今や日本人の数は一千万人にまでその数を減らしていた。

 日本人の多くは田舎を、中間都市を、新興都市を、何もかも廃棄した。

 なぜならばそれを維持するだけの人口が居なかったからである。

 結果、今日本で人間が住む街は『新制十大都市』<ザ・テン>のみ。

「お、見てごらん。映画館だ」

「えーがかん?」

 少女が街の半ばにある大看板を指さして少年に示す。

「知らない? 大きな画面でお芝居を観るところだよ。これがあるってことはこの街は昔相当発達してたと思うよ」

「そうなの?」

「うん。ふつーの街だと映画館なんてないからね」

 コンクリートの道路のいたる場所にひびが入り草が生え、がたがたになった道を少女と少年は慣れた足取りで進む。

「しっ」

 しばらく進んだところで少女は足を止め、身振りで少年に静かにするよう合図する。

「どうしたの?」

 少年が小声で訊ねる。

「風上から獣のにおいがする。多分、ステーションウルフかな」

 足音を立てぬよう慎重に二人は大通りの隅を歩き、そっと曲がり角へ顔を出した。

 そこには巨大な大階段と噴水跡の周辺でたむろする三・四匹の狼の姿が見て取れた。

「……ダメだねこれは。駅には近づけない」

 逆に言えば、駅にはまだ何か食料が残っている可能性があるのだが、野生の狼に勝てるはずがない。

「シンヤ、引き返すよ」

「……そっか、残念」

「食べ物はステーションだけじゃないよ。歓楽街を探そう」

 少年を背負いつつ、少女は慎重に駅から遠ざかる。

 廃墟だらけの日本には野生化した多くの獣が生息しており、それに挑むのはとても危険なことだ。

 ――まあそもそも都市<ザ・テン>以外に人間の住むちゃんとした環境はないんだけど。

ヵアァァカァァァカァァァア

 遠くでカラスの鳴き声が聞こえる。

 あの鳴き声はブルー・ハイキョ・カラスの鳴き声だろうか。彼らは死体の臭いに敏感だ。もしも、この街で死ぬことがあれば少女達はあのカラスの餌となるだろう。

「お、商店街だ」

 『一番街』と書かれた大きな看板が地面に落ちていた。その先にはずらりと左右に高いビルが立ち並んで一つの道を作っている。

ヵアァァカァァァカァァァア

 『一番街』の建物の上に幾つものハイキョ・カラスたちが止まり、少女達を見下ろしている。

「カラス、多いね」

「そうだね。なんでだろ」

 そう言いながら少女は少年を背中から下ろした。駅からこれだけ離れれば駅狼たちの縄張りからは外れたはずである。

「いい? いつも言ってるけど大きな音は立てちゃダメだよ」

「うん」

 そう言って彼女達は商店街の中へ入っていく。

「そこまでだ」

 聞こえてきた言葉に少女達は足を止めた。

「……何者だ?」

 商店街の大通りに低く響く声。年の頃は少女と同じくらいの十代後半の少年だろうか。

 音が反響してどこからの声か分からない。

「何者でもないよ。たぶん、あんたと一緒」

 少女は物怖じせずに応える。

「市民権のない、無辜の民<ノーバディ>よ。

 ゴーストタウンを徘徊してるんだから当たり前でしょ。

 それとも、私達がシティのハンターに見える?」

「……よそ者は去れ」

「食料を分けてくれないかしら。こちらも持ち物で物々交換に応じる」

「いらん。俺は外部の人間と関わるつもりはない」

「同じノーバディじゃない。仲良くしましょうよ」

 少女が呼びかけるも、それきり返事はない。

「……お姉ちゃん」

「大丈夫。良い子にしてて」

「ごはんないの?」

 今の会話をどこまで理解してるのか分からないが、少年は食料が手に入らないことくらいは理解したらしい。

ダンッ

 どうしたものかと少女が悩んでいたら背後で音がした。

「そいつはお前の子か」

 現れたのはバンダナをしたぼさぼさ髪の黒マントの少年だった。

「ばっ! そんな訳ないでしょ! 他の街で追放されてた子を拾ったのよ! あえて言うなら弟! 弟のシンヤ!」

「そうか。俺はトウジだ」

「あーっと、私はサーコ」

 突然態度を変えて現れた少年に少女――サーコは警戒をしたが、トウジを名乗る少年は無造作に近寄ってくると黒マントの中から紙袋をとりだした。

「ほら、食べるといい」

 シンヤが受け取ったのは白あんの饅頭だった。

「うそっ! 都市の外でこんなちゃんとした料理が!?」

「これを食べたら去れ。長居は許さない」

「ちょっと! 私にもちょうだいよ」

「……物々交換だ」

 トウジの言葉にサーコはなんだか納得できないもののバッグから他の街で手に入れた希少品の時計を取り出した。

「これとかどう? 未だに動く時計だよ」

「悪くない。一週間分の食事くらいは提供しよう」

 トウジの言葉にサーコはきょろきょろと周囲を見回す。周りには特に他の人影は見当たらない。

「どこかに集落<アウトシティ>があるのね」

「悪いが、定員だ。これ以上の移住者を俺たちは抱え込めない」

「そっか、残念。私達の新しい住む場所になるかと思ったのに」

 サーコはがっくりと肩を落とした。

「こんな僻地ではなく、都市<ザ・テン>の近くへ行くべきだろう。都市の廃棄物を漁ってればこんな僻地より良い生活が出来るはずだ」

「そうもいかなくて」

「……そうか」

 トウジはすべてを察したように口を閉じた。

 街の外縁部ですら生きていけないと言うことは――それはお尋ね者であること同義だ。

「これを食べて待っていろ。時計の交換用の食料をとってくる」

 そう言って饅頭を渡すと少年の姿は再び闇に消えた。

 白あんを口にすると、甘みが口の中に広がる。

「うん、おいしい」

「優しい人だったね。あの人」

「そうだね」

 いきなり攻撃してこないだけマシだろう。

「あの人が帰ってきて食料を貰ったらすぐ旅立つよ」

「えー」

「仕方ないよ。ここは私達の住む場所じゃないからね」

 彼女らの旅は続く。

 いつか安住の地にたどり着くまで。



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