第14篇 『おまじない×ひったくり』

お題『おまじない×ひったくり』


 それはまさに一陣の風のごとく。

 視界の隅より彼女は消え去った。

 遅れて声がする。

「ひったくりだっ!」

「ひったくりよっ!」

 駅の構内に響き渡る大人達の声。

 だが、誰も動こうとしない。

 ただ一人、彼女を除いては。

たたたたたっ

 バイクのエンジン音のごとくけたたましい足音が駅の構内に響き渡る。

「つーかまえた」

 緑のパーカーを来た金髪の少女がひったくりを追い越し、そのまま足払いをかけた。

「なっ!」

 体勢が崩れ、ひったくりのオジサンは思わず手にしたバッグを手放し、駅の床に手をつく。空中に残されたバッグを金髪少女がぱっと受け取り、すぐさまオジサンから離れた。

「なっ! ガキっ! それは俺のだぞ!」

 ひったくりのオジサンが叫びと共に起き上がろうとするが、すぐさま周囲に大人達がよってたかってのしかかり、あっという間に取り押さえられた。

 後から来たバッグの持ち主に少女はどーぞ、と渡す。

「ありがとうございます」

「それじゃ、これで」

 それ以上の何かを言われる前に彼女はさっそうと駅を出て駅前の人混みの中に消えた。

「大捕物だったね」

「まさか。あんなの捕り物のうちに入らないよ」

 俺の隣に戻ってきたパーカー少女にねぎらいをかけるが、彼女はなんてことはない、と言わんばかりに笑った。

「もう少し話をすれば謝礼くらいもらえたんじゃないの?」

「別に。ただ走りたかっただけだし。ボクはそういうの柄じゃない」

 にひっと少年のように彼女は笑う。

 高校生にもなってそんな無邪気な笑顔をされてしまうとこちらとしては妙なギャップにどぎまぎしてしまう。いつものことだが、なんだか慣れない。

「それより何より、今は君とのデートでしょ」

「デートっ!?」

「ボクは女で、君は男なんだから、こういうの、日本じゃデートって言うんだろ?」

「どうかな。自信ないね。ただの散歩かもしれない」

「なんだよぅ。ボクとのデートはいやだって言うのかよぅ」

「いやいや、そうじゃないけど、俺たちはそうじゃないじゃない?」

「どうじゃないの?」

「こここっ」

「こここ?」

「……恋人って、やつじゃないでしょ?」

 勇気を振り絞って俺は言う。

 彼女は二ヶ月前に転校してきたハーフ。無邪気でなんだか子供っぽい。日本語はそれなりに話せるけど、なんというか男女の機微には疎い感じなのだ。

 ――じゃあ俺が鋭いかというと別にそうじゃないんだけど。

「あー、確かにそうかもね」

「うっ」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 自分から言っておきながら、本人にあっさりと否定されるとなんか辛い。

「君とはいい友達だけど、ラバーって感じじゃないよね。うーん、あれだ。シンユーだよシンユー」

「ありがとう。ボクも、ヨシコ・K・シュタインを最高の親友だと思ってるよ」

「いーえい、じゃあボク達は両想いだ」

 彼女が両手を挙げてくるので俺はハイタッチで応えた。

 ――アホかっ! 何が両想いだよ! むちゃくちゃ片思いじゃないかっ!

 などという気持ちは心の内に引っ込めつつ、俺たちは駅前の巨大なショッピングセンターへ向かう。地元では一番デカい建物で、デートといえば誰もがここのショッピングセンターに行く。何もない田舎ではここくらいしかないのだ。

 ――後は駅裏のラブホ街くらいか。

 脳裏に浮かんだピンクな妄想に思わず首をぶるんぶるんと振る。

「どうしたの? ケンジ」

「何でもないよ、ヨシコ」

 なはは、と乾いた笑いでごまかす。

「さっきから変だよ。何かあったの?」

「何もないから変なんだ」

「え?」

「ごめん、忘れて」

 ついて出た本音にますますきょとんとされる。

「ひぇっへっへっへっへっへっへっ」

「む」「ん」

 馬鹿なやりとりをしていた俺たちの間に怪しげな笑い声が響く。

 思わず振り向くと背後にはどこの国かはよく分からない謎の部族の民族衣装って感じの美女がいた。

「おやおや、デートの邪魔したかい。悪かったね」

「別に。邪魔ってほどじゃないよ」

 ヨシコが肩をすくめ、美女に言う。

「変な格好だね。日本人なのに、他の国みたいな格好の人だね」

「ああ、これ? んん、ジプシーってやつだよ。聞いたことないかえ?」

「知らない」

「俺も」

 俺たちの言葉にジプシーを名乗る美女はちょっと傷ついた顔をした。

「そっか……うん、そうよね。学校では習わないモノね。ジプシー。一応ね、私は本場で習ってきた著名な部族の直系なんだけどね。うぅぅ」

「だ、大丈夫ですか、ゼプシーさん」

「ジプシー!!」

「あ、すいません」

「……あーとっと、その、占いとかやってるんです?」

 その美女が座ってる机の前には水晶球があり、占い五百円とか書いてある。ジプシーが何か知らないけど、占い師なのだろう。

「そう! そーう! 何を隠そう、私は占い師なのよ」

「いや、隠してはないよね。全然。書いてあるし」

「ぐふっ」

「ヨシコ。そういうのは黙ってあげよう」

「馬鹿にしないでくれる! 子供の言うことにいちいち傷つくような大人じゃないわ」

「そっか、ごめんね、ゼプシーさん」

「じっっっぷっっっっしっっっっっ!!!!」

「あわわわ、どうしよう、ケンジ。何故か怒られてる」

「……えっと、占いしてくれます? お金払いますから」

 俺の言葉にさっきまでちょっと逆上していたジプシー占いのお姉さんが顔を輝かせる。

「ほっほんと!! ありがとう! やったわ。これでハンバーガーを二個くらい買える。これで後二日は上をしのげるわっ!」

 占い師のお姉さんの言葉に思わず押し黙る。よく知らないけれど、儲かってないことは確からしい。

「で、何を占ってくれるんでしょうか」

「え?」

「え?」

 俺の言葉に占い師のお姉さんはきょとんとする。

「いや、分かんない」

「占い師なのに?」

「ケンジ、この女。おかしいよ、頭」

「しーっ! そういうの言っちゃダメだよヨシコ。すいません、この子日本の礼儀とかよく知らなくて」

「お、オーケイオーケイ、順を追って説明するわ。

 私はこの水晶球で誰かの運命を見る。でもそこに出てくるのは大ざっぱなモノで、何が出てくるのかは私にも分からないの。

 よくある他の占い師みたいに恋愛運だけとか健康運だけとか仕事運だけとかピンポイントで調べることは無理なの」

「それは、とても本格的な占いっぽいですね」

「ケンジ、この人役立たずだと思うよ」

「ヨシコ! しばらく黙っていようか。良い子だからね」

「大変育ちがよいお子様みたいね」

「うわ、京都人みたいな返し」

「それは京都人に対する偏見よ、やめなさい」

「あ、すいません。ちなみにお姉さんはどこ出身なんですか?」

「……山城」

「山城?」

「京都の、山城辺り……」

「京都人じゃないですかー!」

「うっさいわね! 洛外なんだしそこはノーカンよ! ともかくほら。ワンコインだして! 占ってあげるから!」

 言われて仕方なく財布を見たら百円玉が七枚入ってた。

「はい、ファイブコインです」

「なにそれ。ずぼらっぽい。ちゃんとコンビニとかで買い物する時小銭を計算して渡さないとダメよ」

「じゃ、今日の占いやめましょうか」

「お願いします。ファイブコインがとても好きです。お恵みください」

 俺が百円玉を五枚渡すと占い師のお姉さんはやったぜ、とガッツポーズをしつつ、いそいそと自分の財布にしまった。

「ケンジ、ああいう大人になってはダメ」

「ヨシコはそういうのを本人の前で言うのやめようね。なんでも正直なのは君の美徳だけど」

「ああもう、そういうの良いからともかく占うわよ。えーと、ファイブコインの君で。ほいさっさのさー」

「ありがたみのない呪文」

「あ、別にこのかけ声は意味ないから。それっぽいことを言ってみただけ」

「…………」

「あー、ほらほら、見えるよー。なんか見えるよー、はい見えた。これ見えた」

 やたらテンション高い占い師のお姉さんに俺たちは顔を見合わせる。

「見える?」

「何も」

「だよね」

「私には見えてるんだからいいでしょ!!」

 お姉さんは水晶をのぞき込みつつ告げる。

「んー、そっか。そういうことね。なるほどなるほど」

「ケンジ」

「しっ、黙って」

 何か余計なことを言いそうなヨシコに口の前に人差し指を立てるジェスチャーをして黙らせる。

「はいはいそうねー。あんまり未来の情報とかを教えるのはよくないのだけど」

「じゃあなんで占いやってるの?」

「いいじゃない。好きなんだから。

 それはいいとして、あなた、数年以内に大けがするかもね」

「……それは、なんというか、嫌な話ですね。その未来を避けられるんですか?」

「どうかしら。私が観測したのは不確定未来なので、いくらでも変更できるはず。

 怪我に気をつけておけば、そういうのも防げるかも」

「そうですか」

「え? これで終わり?」

「終わりね」

「これで五百円? なんかズルくない?」

「占いってこんなものよ。あなたも見てあげようか?」

「別にいい」

「そ」

 占い師のお姉さんがヨシコを見る目にどこか不穏なモノを感じて俺は問いかける。

「もしかして、俺の怪我は彼女に関係するの?」

「それは――――私の口からは言えないねぇ」

「すごい。こんなにバレバレな占い師初めて見た」

 ヨシコの言葉にぐぬぬ、と眉をひそめるお姉さん。

「でも、ボクのせいってのは気になる。なに? どういう未来?」

「具体的なことは言えないねぇ。あまり言ってしまうと確定してしまうし」

「じゃ、なんで占いしてるの? 意味あるの?」

「意味は――あるわ」

 彼女は懐から獣の牙のようものがついたネックレスを出してくる。

「特別にあげる。魔除けのおまじないがしてあるから」

「え。大丈夫なんですか」

「サービスよ」

「いや、生活費とか」

「ぐっ。それはあまり大丈夫じゃないけど、いいの! これがあれば少しは未来もよくなるはず」

 そう言って彼女は牙のネックレスをヨシコに差し出す。

「あれ? ボクの方?」

「……何も言わずに受け取って。きっと意味があるから」

 ヨシコは牙のネックレスを受け取り、よく分からないまま首にかけた。

「うーん、なにこれ」

「パーカーには合わないかもね」

「じゃ、何か他に合うモノをプレゼントするよ」

「あ、ホント? ケンジのそういう所好き」

 女の子からの無邪気な好き、という言葉に思わず俺は赤面する。彼女の好きはそういう好きじゃないと分かっているのに。

「あーはいはい。いちゃつくなら私の前以外にして」

「あ、ごめんなさい。占いありがとうございました」

 そうして俺たちは占い師の前を去る。

「なんか、よく分からないプレゼント貰っちゃったね」

「いいよ。ヨシコの未来がよくなるなら」

「わー。優しい。ケンジ」

「なんというか、その、俺もヨシコが好きだからね」

 勇気を出して放った言葉にヨシコが目をぱちくりさせる。

「どした?」

「にひひー。ケンジが初めてボクのこと好きって言った」

「はぁぁ? 良いだろ。別に。お前だっていつも俺に言ってるじゃないか」

「ボクの好きと君の好きはたぶん違うでしょー?」

 なにやら小悪魔な笑みを浮かべるヨシコに俺ははぁっ、と睨む。

「どういう意味?」

「教えない」

「なんだよそれ」

 よく分からないままにその日のデートは終わった。

 それでもちょっと二人の距離が縮まったので今日は良い日だった気がする。




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