第13篇『リサイクル』

お題『リサイクル』


「リサイクル彼女?」

 友人の言葉に目が点になる。

「何言ってんのお前?」

「実は、俺の前の彼女さ、とてもいい女なんだけど、一人で生きてけないさみしさに耐えられない弱っちい生き物なんだよ」

「……色々とツッコミどころあるんだけど、なんでそんなかわいそうな子と別れたの? いい女なんでしょ?」

「そういうの、重いじゃん」

「こ、こいつ人でなしかよ」

「お前がそれを言う?」

「……それもそうだな」

 他人とは全然群れない俺は人の心がいまいちよく分からないため、いつだって他人に誤解を招き、人でなしとか気遣いが足りないだのよく言われてしまう。だがそんなデリカシーのない俺でもこの友人の言葉はどうなんだ、とさすがに思う。

「なので、別れる時は必ず後任を引き継ぐ決まりになっててな」

「……なんなの? その彼女。なにかの聖剣みたいなアーティファクトなの? 引き継ぎ? 先祖代々伝わってるの?」

 俺の呆れた声に友人は意外にも大きく頷いた。

「そう、それ」

「え?」

「この地で脈々と受け継いできた、かわいいかわいいリサイクルな彼女だよ」

「意味分からん」

「ルールが二つ」

「んん? ルール?」

「あくまでそいつは彼女。結婚はダメだ。妻にはなれない。後、二股は禁止。他の彼女が出来たら別れること」

「…………なんだかきな臭い話だな」

「正直、こんなことを頼めるのはお前くらいしかいないんだ。これ以上、俺には面倒みきれない」

「……はぁ」

「週に何度か、会いに行ってやるだけでいい」

「…………なんだか囚人に面会に行くようなものだな」

「まあ、当たらずとも遠からずだな」

「なんだそれ怖い」

 ちょっと怖い話になってきた気がする。

「ただ、その言葉、本人の前で言うなよ」

「……分かった。どうせ俺に彼女が出来ることなんてないのだし、せっかくの機会だ。お前の前の彼女というのだけは気にくわないが」

「リサイクル彼女だからな。俺に限らず、今までなんにんもの男達を相手にしてる、百戦錬磨の彼女だよ」

「百戦錬磨の……」

「場所は後でメールする。会いに行ってくれ」




 メールで送られてきた地図が示す場所は――。

「神社か」

 人気のない山奥。

 学校の裏山にある山道を進んでいった先に古びた神社があった。

「こんなところに、そんなものが」

 学校の裏だから高校生の俺の足ならば十五分もすればたどり着く。

 これなら学校の帰りにふらりと寄れるしデートも気軽に出来るというものだろう。

 ――ただし、お家デートくらいしかしないらしいが。

「んんん」

 なんとも荘厳な雰囲気に圧倒されてしまう。

 こんな場所が身近にあったなんてまったく気づかなかった。

「ほう、そちが新しいわしの恋人か」

 声。

 なにやら脳の音をくすぐる、艶やかで、雅びな声。

 見上げる。

「あ」

 一目で心を奪われた。

 日の光を背に、木の上で優雅に横たわる赤茶色の髪の巫女。切れ長の目を細め、くすくすと彼女は笑う。その神々しい姿にごくりと息をのむ。

「そちらへ参ろう」

 樹上の巫女はこともなげに枝から飛び降りると木の葉のごとく俺の側に着地した。

「えっと貴女が?」

「聞いておろう。わしがこの山の守り神じゃ。名は――そうじゃの、オキヌと呼ぶが良い」

 ――守り神?

「そんなことは聞いてなかったのですけど」

「なんと。あやつらしい。まあそこがあやつの可愛げでもあったがな。そうさなぁ、見るが良い」

 彼女がくすくすと笑うとその赤茶色の髪からにょきりと黒く染まった耳が生え、そのおしりからは獣のしっぽが生えてくる。

「見ての通り、わしは人ではあらぬ。化生の類いぞ。なれど、数百年前のこと、ややあってあがめ奉られ、こうしてこの山を守っておるのじゃ。

 その時に出した条件が、必ずわしに若い男を恋人をよこせ、と。

 それを絶やしては成らぬ、とな」

「……そんな」

 令和の世とは思えないおとぎ話のような話だ。

「さてさて、わしは名乗ったぞ。愛しいおぬしの名を教えてたもれ」

「にゃんというか、失礼、噛みました。その、俺で本当にいいんでしょうか」

「それなら大丈夫。おぬしはわしの束の間の恋人としては及第点よ。

 週に何度かこの場所を訪れ、わしの寂しさを癒やしてくれい」

 くすくすと笑う彼女に俺はどぎまぎして上手く声が出ない。

「その……国後灯兎と言います。灯りの兎と書いて、トウト」

「おおう、それはそれはなんとも美味しそうな名前じゃ」

 じゅるり、となにやら肉食獣の舌なめずりの音がした。目の前の神々しい彼女は別にそういう仕草をしたはずがないのに、彼女の影がまるで獲物を前にした狼の姿をとり、笑ったように見えた。

 ――まあ、人ではないのだから、そうなのかもしれいけど。

 なんということだろうか。

 死刑囚に会いに行くというよりも、これは山の神への生け贄だ。

「なになに、硬くなるな。女子と会話するのが初めてという訳ではあるまい」

「そう……ですけど、こんなに綺麗な人と話すのは、初めてです」

 俺の言葉にぷふぅ、とオキヌさんは吹き出す。

「おうおう、なんとも初々しい。これぞこれ。若さとは実によいものじゃ」

「あ」

 オキヌさんは俺の手をひっぱり、神社の奥へと誘う。触れた手がやたらと冷たい。

「ほれほれ、ぼうとしておるでない。こちらへこちらへ」

 本殿の裏にある別の建物に彼女は連れて行く。扉を開け、縁側に俺を座らせた。

「さあさ、召し上がるが良い。自慢の茶ぞ」

「あ、はい」

 熱いということは分かったが、正直先ほどから心臓がドキドキしてお茶の味なんか何も分からない。

「……えっと、美味しかったです」

「嘘をつけ、わしの美しさに見とれて味など分からぬ、という顔をしておるぞ」

「心を読めるんですか?」

「おぬしの顔が分かりやすいだけよ」

「それは、すいません」

「謝ることはない。よいよいよい。よいのじゃ。それはお主の美徳と誇るがよい。

 わしも好いておる」

 好きという言葉に思わずどきりとする。

「そんな簡単に、好きになってもらえるものでしょうか」

「なに、生き物というものは不思議でな。意外と簡単に、好きになれるというものじゃ。お主もそうじゃろう?」

 彼女の言葉に思わず赤面する。そんなに、分かりやすい反応をしていただろうか。

「三日じゃ」

「え」

「ただの三日。あやつに別れを切り出されてから三日じゃ。

 数百年、何度も繰り返したことじゃけど、やはり別れとは辛いものよ」

「…………」

「けどな、それも最初の一日だけ。

 後の二日は、ただ待ち遠しいだけじゃった。

 ああ、どんな男の子が来るのだろうと。

 優しい子であればよいとか。

 意地悪な子でもそれはカワイイかもとか。

 日がな、新たにくるお主のことだけを想い、耽り、ただただそれだけの日々を過ごしてきた」

 ――そこまで。

 何というか、リサイクル彼女だなんて紹介されたせいでもっと気安い関係だと思っていたのに。

「お主に会えて良かった。来てくれてありがとう。

 もしかしたら――誰も来てくれないかとも恐れていた。

 こんなわしじゃが、うたかたの恋人として側にいてくれるかの?」

「はい! それはもう!」

 彼女の重い期待に答えようと、力強く返事をする。

「そうかそうか。では、閨に行こう」

「ネヤ?」

「くふふ。そうか、知らぬか。布団じゃよ。まぐわうためのな」

「え」

「安心せよ。お主はただわしに身を任せておけば良い」

「……まだ会ったばかりですよ」

 展開の速さにちょっとついていけない。

「何を言う。人と神との契約は古来より、交わることで成立するのじゃぞ」

 ――そうなの? 知りませんけど?

「ささ。こちらへこちらへ」

 ほっそりした腕ながら驚くほど力強い腕で彼女が俺を部屋の奥へと連れて行く。

 かくて――俺は初めての恋人が出来たのであった。




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