第12篇『モルヒネ×展望台』
お題『モルヒネ×展望台』
「そう、なにで引っかかっているのぉ?」
後輩の言葉に俺は目を細めた。
ぼさぼさの髪をした背の低いメガネの後輩が起きてるのだか怪しいいつも通りの眠そうな声で聞いてくる。
「やたらめったらこの探偵がモルヒネとか言う薬物を指示してるんだけど、モルヒネが何か分かんなくて。まだ事件の初動なのにいまいち入り込めないんだ」
ため息をつきながら、シャーロック・ホームズの小説をテーブルに置く。
僕の言葉に後輩は呆れた声をした。
「知らないんですかぁ。あれはぁ、麻酔の一種ですよぉ。痛み止めですねぇ。とりあえず怪我で痛いからワトソンに痛み止めを頼んだりしてるんですよぉ」
舌っ足らずのウィスパーボイス。
彼女のささやきを聞いてるだけで脳の奥がなにかくすぐられるような感覚に囚われる。
「んもぅ、先輩はせっかくのミステリー研究会なんですからもっと本をたくさん読みましょうよぅ」
頬を膨らませ、彼女はんんんっと怒りを訴えてくる。
いちいち小動物じみた仕草はどこか放っておけない。
ミステリーのミの字も分からないミステリー研究会なんかに入ってしまったのはよこしまな話だがこのかわいい後輩と一緒に居たいという不純な気持ちからだ。
ふぁいおっ ふぁいおっ
窓の外で運動部の連中がグラウンドを走るかけ声が聞こえてくる。
気がつけば窓から差し込む日差しが後輩の半身をやたらと赤く染めていた。
――やっぱかわいいよなぁ。
「ちょっとぉ、聞いてるんですヵ?」
「――いや、なんの話だっけ?」
「だからぁ、この後ちょっと寄り道しませんかって」
後輩のウィスパーボイスによく分からないまま俺は頷く。
「んん? 別にかまわないけど」
「やった。じゃあ行きましょう。部室の鍵は私が返してきますので、先輩は校門で待っててください」
てきぱきと荷物を鞄にたたんでいく後輩。いつも眠そうなのに別にトロいわけではない。
「ほらほら、先輩。行きますよ」
のたのたと学生鞄を持ち上げる俺の背を押し出し、ミステリー研究会の部室から追い出される。
がちゃっ かちり
「じゃ、校門で待っててください」
――もしかしてこれは放課後デートと言うやつでは?
俺はどぎまぎしながら校門で後輩を待った。
彼女と俺は別に付き合ってるわけでも何でもない。
帰る方向も別方向なのでいつだって校門の前でお別れしている。
なのに今日は一緒に付いてきて欲しいという。
――これはひょっとするとひょっとするのでは?
謎の期待感に俺はその場で屈伸をしつつ、待つ。
しばらくして後輩がぱたぱたと相変わらず小動物のように駆け寄ってきた。
「お待たせしました先輩」
「いやぁ、別に。はは。待ってないぜ。全然な」
「じゃあ行きましょう」
「そう言えば聞き忘れたけどどこに?」
「学校の裏山、そこにある展望台です」
「ここが犯行現場です」
「え? 犯行?」
学校の裏山を登り、たどり着いたのはこぎれいな展望台。
ここから学校の周囲の街を軽く見下ろすことが出来る。
夕焼けの展望台に女の子と二人きり。
ロマンチックな雰囲気になると思ってたのだが。
「犯行現場?」
「そぉです」
「なんの?」
「聞いてませんでしたぁ?」
「ごめん」
「……えいっ」
「ぎゃうっ」
後輩が予備動作なしに俺の脇腹を人差し指で突っついてきた。
「なにすんだよっ!」
「罰でぇす。人の話はちゃんと聞いてください」
「だから謝っただろ!」
「謝って許されるなら警察はいらないし、犯人は刑務所にわざわざ懲役をしませんよぅ」
「はいはい、俺が悪かった。で、ここで何が。誰が。なんかあったのか?」
「それは――ふふふ、ナニがあったか知らないんですヵ?」
ぼさぼさ髪の後輩がなにやら小悪魔な笑みを浮かべ、上目遣いで聞いてくる。
「……なんだよ。知らないよ」
「ナニがあったんですねぇ。うちの生徒が、ほら、男女でナニしてたっていうか」
「え? あれ? まさか? こんな野外で? うちの生徒が?」
まさか不純異性交遊を――。
「天体観測を」
「ただの天体観測かよっ! なんでちょっとエロい雰囲気を今出した? 天体観測にそんな要素ないだろ!」
「男女が二人で肩寄せ合って、ちゅっちゅしながら望遠鏡を覗いてたらしいですよぉ」
「そいつら死ね! 神聖な展望台でなにやってんだよ! ここは天体観測とか街を展望するところであって、いちゃつく場所じゃねぇ! ぶっ殺してやる!」
「わぁ、怖い。じゃあ私達はイチャイチャ出来ませんね」
「え? なに? してくれるの?」
と、俺がちょっと期待に満ちた目をやると後輩は俺をガン無視して展望台にあるベンチへととことこと進んでいった。
「で、ここでいちゃついてる間に荷物が盗まれたらしいんですよ」
「あ……は、うん、そんなことがあったんだ、へー」
流されてしまったので俺は気まずい感じで後輩の言葉を聞く。
「盗まれた荷物って?」
「バーベキューセットですね」
「なんでそんなモノを持ってきてんだよ。こんな小さな展望台に」
「アニメの見過ぎじゃないですか」
「何のアニメの話だそれ」
「とりあえずこう、これくらいのぉ、両手で簡単に持てるくらいのちぃさい奴で、炭火焼きとか簡単にできるやつらしいですねぇ」
「へぇ」
「七千円くらいの」
「高い! のか? いや、相場は分かんないけど」
高校生の俺からすれば七千円のモノが盗まれるなんて結構ショックなことだ。
「まあ天体望遠鏡を持ってたから二人のどっちかは金持ちの子なんでしょうねぇ」
「うらやましい限りだ」
「で、犯人捜しに来たの?」
「いえ、さすがに素人の私達に今更犯人捜しとか出来ませんよ。
ただ、ミス研としてはぁ、気になるじゃないですか。
犯行現場とか。
死ぬ前に一度は行ってみたいなって」
「そーですかい」
よく分からないけど、ミステリーオタクの趣味挙動だったらしい。
「わくわくしません? 犯行現場とか?」
「んー、警察とかがたくさん居て、鑑識とかの人が白チョークで色々と地面に書いてて、後うさんくさい刑事さんが『このヤマはでかいぞ』とか言ってたらわくわくしたかもしれないな」
「うわぁ、刑事ドラマの見過ぎですよぅ」
彼女が口に手を当ててくすくすと笑う。髪の毛がぼさぼさの癖にそんなところは気にするらしい。
「んー、じゃあこれがデートだったらわくわくするかもしれないな」
「それはドキドキじゃないんですぅ?」
「そーかもしれない。ドキドキは嫌いか?」
「まさか。いつもミステリー小説読みながらドキドキしてますよ」
「恋愛小説に興味は?」
「ないですね」
「……そっかー」
うがー、と俺は身体をのけぞらし、ナニやってんだ俺ー、と死にたくなった。
そうしてる間にも後輩はちょこちょこと展望台の周りをうろつき、実況検分をしていた。
「じゃ、帰りますか」
「あーそうだね。そうしますかねー」
なんだかはしごを外された感じがして妙にいじけた口調になってしまう。
「あーでも、恋愛小説に興味はないですけど、先輩にはちょっと興味あるかも?」
「え?」
きょとんとする俺を尻目に山道を降りた分かれ道で後輩が駅とは別方向に向かう。
「じゃ、私はこちらなんでお先に失礼しまーす」
「あ、うん。さよなら」
「さよーならぁ」
夕闇に消える後輩の後ろ姿に俺は呆然と手を振る。
よく分からないけれど、また明日も俺は後輩に振り回されるのだろう。
そう思いながら俺は帰途についた。
了
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