第9篇『思いやり』
今日のお題『思いやり』
辛い。
あまりにも空気が辛い。
僕たちはちょっと良い感じだと思う。
僕の名は秋名寬次(あきな・かんじ)。
何の取り柄もない男子高校生だ。
「……あの」
「ん?」
「はい?」
「……なんでもありません」
どこから話そうか。
僕の右には昔からの幼なじみの真夏雫(まなつ・しずく)という黒髪の童顔の女子高生が座っている。
僕の左側には最近知り合った冬賀良音(ふゆが・よいね)という金髪の女子高生が座っている。
どちらも僕とはとても仲が良く、何かある度に遊んだり、スマホ経由で色々と話し合ったり、とても良い感じだと思う。
ただ、二人それぞれと個別に遊ぶことはあっても、三人全員が顔を合わせることはなかった。せっかくの仲の良い友人同士、紹介し合うことで友達の輪が広がればいいなぁ、と期待して紹介したのだけれど――。
どこで何を間違ったのだろう。
ハンバーガー屋さんで仲良く昼食をとるはずが、僕たち三人が座る席だけ空気がひりついている。
「秋名くん」
「はい」
「この女はよくないと思うから即手を切るべきよ」
「はぁぁぁぁぁ! 突然何言い出すのよ! そっちこそ! 秋名にはふさわしくないから地球の裏側にでも引っ越して二度と顔を見せないでくれる?」
「は? なんで秋名くんのこと呼び捨てしてるの?」
「……なんなら寬次って呼んであげようか」
「いやぁ、それはちょっと」
「なんで? 私に呼ばれるの嫌なの?」
「照れくさいし」
思わず僕の顔は赤面してしまう。途端に二人の少女の顔が緩んだ。
「出た」「かわいー」
「ちょっと、二人ともやめてよ」
「やっぱり、秋名くんのすぐ赤面する癖ドチャクソかわいいわね」
「分かる。ビビるほどカワイイ」
「「ねー」」
と二人はユニゾンしたかのように顔を同時に傾げて笑う。
「よかった、二人は仲良くなったんだね」
「え?」「どこが?」
僕の言葉に再び二人がにらみ合う。
おかしい。二人とも似たような趣味をしてて、似たようなものが好きなはずなのだけど、何故こんなにも反発しあっているのだろうか。僕にはさっぱりだ。
「えーとっ、その、とりあえず食べよっか」
僕は席に着いてからずっとテーブルの上に放置されていたハンバーガーの一つを手に取り、包み紙を開いた。
そしてその先をちょびっと左手でちぎり、口の中に入れてもぐもぐと食べる。
「うわ見た」
「ああ」
「「かわいい!」」
再び声をユニゾンさせて二人が僕を見つめる。
「ちょっと、二人とも見つめすぎだよ。照れる」
と赤面すると二人はなにやらだらしがない顔をしてうへへぇ、とか気持ち悪い笑みを浮かべ始めた。指摘すると怒りそうなので黙って僕はハンバーガーをちぎっては食べるを繰り返した。
「なんていうか女の子みたいな食べ方だよね」
「分かるー。秋名って妙に女の子くさいところがってそれがとても似合ってるのよね」
「女装とか似合いそう」
「そうなのよね。子供の頃からよく私の服着せてあげてるんだけど、私以上に着こなすのよね」
「えー! いいなぁ。私も秋名くんと衣装交換したいー!」
僕が赤面しながらハンバーガーを食べてる間に二人はがぶがぶと野性的にハンバーガーを食べつつ、勢いよくかっくらっていく。
「よかった。どうやら二人は仲良くなったみたいだね」
「は?」「どこが?」
「うぇぇえ?」
僕が言葉を投げかけた瞬間二人は再び険悪なムードを漂わせ始める。
「というか、子供の頃から服を交換して遊んでるとか、ちょっと詳しく話を聞かせなさいよ? 下着とかどうしてるのよ?」
「はぁ? 初対面のあなたになんでそんなこと聞かせないといけないの? ばっかじゃないの! 下着もちゃんと交換してるわよ!」
「うーわ! 本格派! 私だって秋名くんと下着を交換したい」
「残念だけど、あんたみたいな尻のでかい女じゃ秋名のトランクスが破けてしまうからやめときな」
「そんなわけないでしょ! そもそも! 秋名くんに着せるならあんたみたいな陰キャ女が着てそうな服よりも、私みたいなゴォォォジャスなお嬢様のブランドものの服の方が似合うに決まってるでしょ!」
「どっちも僕は好きだけど」
「かわいいー」「だよねー」
僕の言葉に二人は再び身体を同期させて甘い声を出す。
「やっぱり二人は仲いいでしょ?」
「どこが?」「全然だけど?」
再びバチバチと二人の間に火花が飛び散る。
――うーん、辛い。
いまいち二人が何でケンカしてるか僕にはよく分からない。
「秋名」
「秋名くん」
「あ、はい」
「この際、はっきりさせましょ」
「そうそう」
「え? 何を? 門限とか?」
「かわいい」「このタイミングで門限とか出てくる?」
「発想が幼稚」「でもそこがいい」
突如猫なで声のテンションになる二人に僕はどうしていいか分からない。
「……ごめん、何をはっきりさせるか教えてくれない?」
「決まってるでしょ」
「そう」
「「どっちを彼女にするかよ!」」
再び二人の声がハモる。
「…………え?」
僕は目をぱちくりする。
一体二人は何の話をしてるのだろうか。
「……ちょっと待って。話を整理しようよ」
「うん」「聞くわ」
「二人とも僕に彼女が出来たけど、応援してくれる、て言ったよね」
「ええ」「そうね」
と二人は同時に頷き、同時に顔を上げた。
「「え?」」
目が点になる二人に対し、僕も目が点になる。
「あんたが彼女じゃなくて」「あなたが彼女じゃなくて」
「「じゃあ彼女って誰なの?」」
再び深い沈黙が僕たちの間を駆け巡った。
「むしろ、二人には今日、僕が彼女にプレゼントするものを一緒に選んでもらうために来て貰ったのだから、ここに彼女は連れてこないよ」
「そん」「なの」「あり」「なの」
二人はよく分からない連携を発して言葉を紡ぐ。やはりこの子達仲良しだろう。
「え、ていうか秋名くん、彼女でもない女の子と服を交換したりして遊んでるの? 普段から?」
「ごめん、してる」
なんだか気恥ずかしくなって赤面する僕。
「かわいい! 許すよ!」
「秋名のかわいさ、ズルすぎる」
僕はちらりと二人の顔色をうかがう。
「まさか、今日の顔合わせに乗じて僕の彼女にナニカしようとしてたとか?」
「「はっはっはっ」」
「そんなことあるわけが」「ないような」「あるような」「ないような」「あるような?」
謎のダンスを踊りながら二人は僕の言葉を否定したりしなかったりする。
「でも考えてもみてよ。秋名とか人が良いからダメ女にだまされそうじゃないの」
「分かる。私が守ってあげなきゃってなる」
「うぅ……なんかごめん」
ついつい赤面してしまう僕。それを見て二人はなんのかんのと鼻の下を伸ばして笑う。
「許す」「いいよ。全然いいよ」
なんというか、僕の人生はいつもこうだ。困ったらなんか周りの人が許してくれる。これで本当にいいのだろうか。
「ちょっとお願いがあるんだけど」
「うん」
「本命の彼女の名前と住所と電話番号と弱点を教えて欲しいのだけど」
「あー、それ私も知りたい」
「明らかに殺す気だよね、二人とも」
「いやん」「そんなわけ」「ないし」「ぜんぜん」「そんなわけ」「ないことも」「ないし」
二人はあわあわと目を泳がせながら言葉をふわふわに浮かせてくる。
「よし、じゃあもう一度ここではっきりしておくよ」
「あ、ごめんなさい」「やめてください」
「「絶対聞きたくないやつだもん、それ」」
二人が声をハモらせて頭を下げる。
「僕は他に彼女がいて、君たちはただの友達です」
「あーあー! 聞こえない!」「全然聞こえない!」「ほんと聞こえない!」「何を言ってるのかさっぱり!!」
「現実逃避やめて」
僕はジト目で慌てふためく二人を見つめる。
「ひとつ、いい提案をしましょう」
「お。何?」
「私達全員が秋名くんの彼女と言うことで」
「ひゅーっ! 真夏さんナイスアイデア!」
「へへへ」
「これは私達の誰も傷つかない名案ですね!」
「そんなわけないでしょ」
「「ダメかー!」」
二人の少女が同時にテーブルに突っ伏す。
「当たり前でしょ」
「そこをなんとか!」「お願いします!」
「いやいや、僕は君たちのことをいい友人だと思ってるけど、そこまでだよ。恋人までにはいかないよ」
「ぐぬぬ」「うぎぎ」「ちょっとあんた他に何かないの?」「あなたこそ何かないの?」「ハーレムルート封じられたらもうあきらめるしか!」「いや、ここはもう彼を洗脳して倫理観を破壊するとか」
「本人の前でそういう相談やめてくれない?」
さすがの僕も顔を引きつらせる。
「というか、どんな彼女なの?」
「そうそう、ともかくそこを教えてよ」
「……このタイミングで教えるの、あまりにも自殺行為すぎて出来ないよ」
「うううううううううううううううう」
「ちょっと! 真夏ちゃん! しっかり! 考えすぎて頭から煙り出てるよ!」
「ひぃぃぃ無理! もう無理! どうして、何故私は秋名の彼女になれないの?」
「そうよ! どうして私達じゃなくてその女を選んだのよ! 答えなさいよ!」
なにがなんだか分からないテンションで二人の少女がわめく。
「あーっと、恥ずかしいんだけど」
僕は赤面しつつ、のろける。
「彼女は」
「うん」「はい」
「僕の」
「ふむ」「ほう」
「赤面が嫌いだから」
「え?」
「僕の赤面が嫌いな人初めて見たから、好きになっちゃって」
「そんなことで」「うそん」
二人はあんぐりとアゴを大きく開き、固まった。
それっきり動かなくなってしまった二人を前に僕はどうすることもできず、怖くなって店から逃げ出してしまった。
了
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