第8篇『道路×クロスドミナンス×獣性』

お題 『道路×クロスドミナンス×獣性』


「大変です黒井先輩!」

 一人のリボンの大きな少女が大声をあげる。

 青いセーラー服に大きな赤いリボンに目の大きな童顔の中学生くらいの少女は道路の真ん中で絶叫する。

「どうしたのよ、朱泉後輩」

 一方、すらりとした黒いタートルネックにジーンズをはいた黒い短髪のメガネの大学生らしい女性がのんびりとした様子で返事をする。

「ここがどこか分かりません!」

「……へぇ」

 黒井先輩はメガネのフレームを右手の指で押し上げ、周囲を睥睨した。

「なるほど」

「まさか……先輩! ここがどこか分かったんですか」

「安心して。何も分からなかったわ」

「キャー黒井先輩! さすが使えない! そこがカワイイ!」

 中学生少女と大学生少女は道路の真ん中でわいわいと騒ぐ。

 しかし、誰も彼女らをとがめる存在はいない。

 なぜならば、この街には彼女しかいないからだ。

「もしかして」

「何か思いついたんですか?」

「シェスタの時間なのかしら」

「シェスタ! なるほど!」

「あら、朱泉後輩。知ってるのかしら?」

「とてもカワイイ響きかと!」

「ふふふ、朱泉ちゃんのそのかわいい回答。百点よ」

「わーい! ありがとうございまーす!」

 両手で万歳をする中学生少女を大学生少女は両脇で抱えてがばっと天に掲げた。

「いえすっ! カワイイ!」

「いぇすっ! キャワイイ!」

 びしぃっ、と謎のポーズを決める二人だが、彼女らに声をかけるものはいない。

 なぜならば、この街には彼女達しかいないからである。

「…………」

「…………」

 大学生少女は何事もなかったかのように中学生少女を下ろした。

「シェスタとは昼寝のことよ。とある国では決められた時間に昼寝をする風習があるの」

「昼寝ですか。いいですね」

「ええ、私も好きよ」

「……つまり?」

「この街の人間は全員、昼寝中という事ね」

「そんなことが! ちなみにそれはどこの国の風習なんですか!!」

「イタリアね」

「ここは日本ですよぉっ!」

「あら、一本とられたわ」

 ほっほっほっ、と右手で上品に口を押さえて笑う大学生少女。

「はいっ! すごいことに気づきました」

「発言を許可します」

「標識を見れば良いのでは? 郵便屋さんとかは電柱とかに書いてある住所を見て場所を判断するのだとか!」

「なるほど。朱泉ちゃんは賢いわね」

「ちのおが高いので!」

「よぉぉうっし! 朱泉ちゃん! 標識を見てくるのよ!」

「かしこまりぃ!」

 メガネをキラーンさせる大学生少女の指示に従い、中学生少女は全力で街を駆けた。

 どぴゅぴゅーん、と走り去ってどぴゅぴゅーんと帰ってくる。

「報告します!」

「どうぞ」

「標識がありません!」

 おかしな話である。

 日本の津々浦々に国土交通省が口酸っぱくしてあちこちにベタベタとセンスのない標識を貼りまくり、ここがどこであるのかと瞬時に分かるようにされているはずである。山の中ならいざ知らず――街の中でそんなことはまずありえない。

 おかしい。何かが起きているに違いないのである。

「状況を整理しましょう」

「はい」

「なんで私達はここにいるのかしら?」

「分かりません!」

「……いつからここにいるのかしら?」

「分かりません!」

「スマホ持ってる?」

「おかーさんがスマホはまだ早いって言って持たせてくれません!」

「そう。打つ手なしね」

「先輩は持ってないんですか?」

「嫌なことから逃げるために家を出たから持ってきてないわ」

 大学生少女はメガネのフレームの先を右手でいじくりながら語る。

「スマホ一つ持ってるだけでいつ呼び出されるか分からないし、場所も特定されるし、なんのかんのと他人に支配されちゃうからね。休みの日はスマホをベッドの上に投げ出してすぱあっと散歩に行くことにしてるの」

「わぉ、無計画!」

「大丈夫よ。私の獣の勘がだいたいなんとかしてくれるわ。人間には秘められた力があるの。獣性。そう、自然に生きる獣の本性を持ち出せば、大概のことはなんとかなるわ!」

「なんと! じゃあこの迷子は!?」

「あ、それは無理」

「そうですか」

「ええ、獣の本性も意外とたいしたことなかったわね」

 二人は同時にため息をついた。

 この無人の街に迷い込んで果たしてどれくらいの時間が経ったのか。

 右手でメガネのフレームを弄りつつ、大学生少女は考える。

「そう言えば、朱泉ちゃんは何利きだっけ?」

「両利きです」

「ほう」

「というか、左利きだけど、無理矢理右利きで生活してます」

「なるほど。常に獣の本性を抑えて生活してるのね」

「いやぁ~、そんな大層なことありますけどー」

「あるんかい」

 不意に、大学生少女はメガネを左右反対にして見た。

 途端、めがねの向こうでは多くの人が行き交うのが見える。

「…………」

「どしたんですか? 急にメガネを反対向けにして」

「ほら、これをみて」

「うわっ! 人間が歩いてる! 黒井先輩! これは一体!?」

「…………分からん」

「分からずにメガネを逆さまに!?」

「これが、獣の本性よ」

「かぁっこいい!」

「ええ、私は格好いい先輩ですもの」

 など騒いでると周囲の人々がうわぁ、何あれと遠巻きに二人を指さしては通り過ぎていく。

「あ」「あ」

 二人は顔を見合わせた。

「戻ったわね」「ですね」

 先輩はメガネを元に戻して少し考える。

「よく分からないけれど、認識のズレが私達を、この世界のちょっと違うズレたチャンネルに連れて行ってたみたいね」

「平行世界的なやつですか?」

「地球の上にあるテクスチャの認識問題よ」

「分かりません!」

「うん、かわいい! 許す!」

「許されました!」

 ――普段は私達は慣れた感覚で世界を認識してるけど、利き手じゃない手でコップを持つように、普段は使わない知覚で世界を認識してしまうと世界の裏側にひょいっとやってきてしまうことがある。

 今回はつまりはそういうことなのだろう。

 と、なんとなく大学生少女は思うのだけど、上手く説明できそうにないのでやめた。

「よし、パフェためにいきましょう」

「はい! 私の獣の本能もパフェが食べたいと言ってます!」

「そりゃ、大変! 急ぎましょう」

 かくて二人の少女は街に消えていった。



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