第6篇 『震災×残念美人』
今日のお題:『震災×残念美人』
「終点~○○駅~○○駅~。終点○○駅です~。ご乗車の――」
駅のホームを降りるとそこは廃墟だった。
四月のまだ肌寒い風に思わずあたしは軽く震える。
線路はまだ続いているのに先ほどまで乗っていた列車はきびすを返して元来た場所へと去っていく。
改めて周囲を見回す。
線路を挟んで北側はがれきの山が続き、線路を挟んで南側は木造の家屋が幾つか形を保ち、並んでいる。
かつて、北側はマンションが建ち並んでいたのだが、数ヶ月前にあった震災によって幾つか倒壊し、今のようながれきの山となったのだ。
代わりに、昔ながらの二階建ての木造建築の並ぶ線路の南側は震災前の面影を残している。
「……はぁ」
個人的には古くさい木造家屋の群れよりもピカピカしたマンションやビル群が好きだったのに、震災を境にただのがれきの山となっててがっかりだ。
まあ、起きてしまったことは仕方ないので、私は気持ちを切り替え、駅のホームを降り、改札を出て駅前へと繰り出した。
ここから学校までは十キロほどあるのだが、まだ震災の復旧のめどが立たず、歩いて向かうしかない。おかげで電車通学なのに毎朝十キロ歩いて登校だ。
「やっほーっ! ニャニャコォッ!」
声につられて私は目線を上げる。そこには寂れた駅前でぶんぶか大きく手を振る黒い髪に赤いメッシュを入れた美少女がいた。
「先輩。私は奈々子です。渡海奈々子」
「そだっけ? いいじゃん、ニャニャコの方がかわいくてっ!」
口をとがらせるあたしに対し先輩は気にせず私に近寄ってくる。
「いこいこっ! 一緒に。学校にさっ!」
「はいはい。言われなくても」
震災からこっち、通学路の治安に関してはあまり保証されてない。駅から学校の間は常に複数人で歩くように、と学校側からも注意喚起を受けている。特に、私達のような女子校の生徒は狙われやすいのだという。
――だったら専用バスでも作って送り迎えしてくれればいいのに。
せっかくの私学なのにそれくらやってくれないのは残念だ。
「あ、○高だ。いいねあっちは送迎バスがあって」
先輩の言葉に目を向けると、丘の上のお嬢様学校の校章の入ったバスが駅前から離れていくのが見えた。
「あーあ、震災がなかったらあの学校行ってたのに」
「えー! そうなの?」
「試験の前日に地震が起きちゃいましたからね。おかげで、入学試験が三月初めにずれ込んで、他県からの受験生が殺到して、合格率五十倍になっちゃったんですもの。震災がなかったら絶対受かってましたよ!」
「まーまーまーまー、良いじゃない! その代わり私と同じ学校に行けるわけだし!」
「それはまぁ……そうですけど」
先輩は――女の私から見てもびっくりするほどの美人だ。
無駄に背の高い私と違って、小柄で、出るところは出てて、目鼻立ちが日本人にしてははっきりしてて、切れ長の目をしている。髪に入れている赤いメッシュが妙に見合ってて、おそらく校則違反だろうに、誰も指摘しないまま過ごしている。
S女のトップクリムゾンこと最上朱子(モガミ・アカコ)先輩。
どうしてこんな人が地味なあたしに声をかけてくれるのかよく分からない。
「ほらほら、ともかく行くよっ!」
バシバシッと朱子先輩はあたしの背を叩いて登校を促す。
学校までの長い長い旅路の始まりだ。
がれきばかりの中、明らかに舗装したてと分かる真新しいコンクリートの歩道を歩いていると空を自衛隊のヘリがせわしなく轟音を響かせながら去っていく。今日もどこかで復旧作業を行っているのだろう。
「ひゅーっ! 格好いい! いやぁ、実物のヘリが見れるってのはいいよね」
「不謹慎ですよ先輩」
「えー? どこが? せっかくヘリが見れるんだから楽しまなきゃ」
「なんていうか、先輩って趣味がクソガキッぽいですね」
「うぇぇ? なんでさっ!」
「うちにいる小学五年生くらいの弟と趣味がそっくりですもの」
「なーるほど! 通りで話しやすいと思ってた」
「え?」
「だってー! 私の会話にちゃんと付いてきてくれるしっ! ニャニャコちゃんは!」
しっしっしっ、とちょっと下品な笑みを浮かべる先輩に思わず私はどきりとしてしまう。
見た目は超美人なのに、なんでまたこんなにこの人は仕草が子供っぽいのだろう。
黙ってればきっといくらでも女の子が寄ってくるだろうに。
私達の女子校の生徒の間で密かに作られたお姉様にしたい先輩ランキングと関わりたくない先輩ランキングの両方で一位をとっている辺り、先輩の人柄が伺えるというものだ。とはいえ――。
――あたしは今の先輩が好きだけど。
「そうやってすぐ好きって言う。勘違いしちゃいますよ」
「勘違いってなに? 私はニャニャコちゃんのことだぁいすきだって! 愛してるぅ!」
ばきゅんっ、と銃を撃つジェスチャーをするので私は即座に両手をかざす。
「はい。バリアー。利きませーん」
「うわぁん! ひどぉい!」
「はいはい、ともかく行きますよ」
コンクリートの道を歩いて行くと炊き出しに出くわす。
車道を挟んだ向こう側でボロボロの身なりをした人々が食事を分けて貰うべく大量に並んでいる。
「あー、また人増えてるねー」
「そうですね」
「やっぱり『外』の人達なのかなー」
「でしょうねー」
口には出さないが、並んでいる人の多くは他の県からやってきたホームレスの人達だろう。震災から数ヶ月がたち、被災者達にはそれなりの支援物資が配られてそれなりに小綺麗な格好をしているのだが、タダ飯にありつけるということで他県からホームレス達が遠征し、各地の炊き出しに言っては飯を貰っている――そんな噂を聞く。真偽は定かではないが、そういう噂はずっと広まっている。
――まあ私達には関係ないけど。
「そう言えば、話変わるけどそっちはクーラーあるんだっけ? いいなー」
「え? 先輩のところはないんですか?」
「うん。旧校舎は冷暖房なし! 冬は寒くて夏は暑いっ! そのまま! いつの季節も震えながら授業受けてるよ!」
「うわぁ、それは辛いですね」
「だから、君たち一年生はうらやましいよ。自衛隊の建てた仮設のプレハブ校舎! 冷暖房完備! いやー、一年生はとてもいいねぇ」
「まあ、そうですけど、その代わり運動場の半分が私達の校舎で埋まってるせいで、運動部の人達からは睨まれてるんですよね」
「いいじゃない言わせておけば。どーせうちの学校の運動部は大したことしてないんだから」
「またまたそんな敵を作るようなこと言って」
自由奔放が過ぎる。
「おっ! 見て! ニャニャコちゃんっ! コンビニだ! コンビニが直ってる!」
「ホントですね。昨日まではしまってたのに。復旧したんですね」
「行こう! 他にも何人か居るしっ!」
「ダメですよ。時間的に寄る暇はありません」
「えー! やだやだ! 授業とコンビニとどっちが大事なの!?」
「授業です」
じたばたと暴れる朱子先輩を引きずり私は先へと進む。
学校までは後二キロくらいか。
「あ」
「あ」
不意に、私達は立ち止まる。
目の前に背の高い男子が現れたからだ。このコンビニの裏手にある男子校の制服を着ている。
「初めまして! 好きです! 付き合ってください!」
「ごめんなさい! 嫌です! 付き合わないでください!」
大声で告白をしてくる男子高生に朱子先輩もこれまた大声で返す。
「え?」
「じゃ、バハハーイ」
即座に切り替えされて目が点になって動きを止めた男子高校生の横を私と朱子先輩は通り過ぎていく。
「今週、三人目ですね」
「うわ、数えてるの? ニャニャコちゃん」
「朱子先輩はいいですね。美人ですものねー。私もまあ、男子から告白とかされたいです」
「え? じゃあなんで女子校なんかに入学したの? 出会いなんかないよ」
「ほぼ毎朝他校生に告られてる先輩に言われたくないですね」
まだ入学したてなので出会いがないかどうかよく知らないが――まあ先輩がそういうのならないのだろう。少なくとも、いい出会いというやつが。
曲がり角を曲がると小学校がある。
小学校のグラウンドにはたくさんの車が止められており、体育館には家をなくした人達の生活の音が聞こえてくる。
「○女だー」
「○女のお姉ちゃん達だー」
「こら、指を指すのやめなさい」
体育館の方から元気を余らせた子供声が聞こえてくる。
正直毎日、何百人も学校の前を○女の生徒が歩いているはずなのに飽きないものだ。
「ちなみにさー、ニャニャコちゃんは恋人にするならどんなタイプがいいの?」
「え?」
「出会いが欲しいんでしょ?」
「もしかして……誰か紹介してくれるんですか?」
思わずあたしは声を上げる。そうか。先輩ほどの美人ならば男友達の一人や二人呼び寄せることくらい簡単なのかもしれない。
「ぜひ、ぜひ! あたしより背の高くてイケメンの男子を!」
「えー? ニャニャコちゃんより背が高い子ー? それじゃ私無理じゃない」
「え?」
「え?」
きょとんとあたし達は見つめ合う。
「んーと?」
あたしが首をかしげると、屈み合わせのように先輩が同じ方向に首をかしげる。
「付き合わない? 私達」
「……マジです?」
「マジだよ。しっしっしっ」
先輩がまた見た目に似合わない下品な笑みを浮かべる。
「バリ……」
「バリア無効化ー!」
両手を挙げようとした私にがばっ、と先輩は抱きついてくる。
――うわ、軽い。
小柄な先輩の身体は驚くほど軽くて、タックルを受けたはずなのに全然身体がよろめかず、不思議と先輩を抱き留める形になった。
「はい、私達は恋人ー。ラブラブで」
「…………はぁ」
「反応薄ーい!」
「ちょっと、頭の処理が追いつかなくて」
先輩から目線をそらし、周りを見ると小学校の体育館から幾つもの視線がこちらへ向けられていた。大人達がやたら生暖かい視線を向けている。そんな気がする。
「……ほらほらっ! 学校行きますよ!」
ごまかして先輩を引きはがそうとするが、先輩は抱きついたまま離れてくれない。
結果、先輩を抱きしめたまま、私は全力疾走する羽目になった。
―― 一刻も早くこの場から抜け出したい。
そんな一心で走ったのがまずかった。あまりにも後先を考えなさすぎだ。
結果的にあたしは先輩に抱きつかれたまま、学校の校門までたどり着いてしまったのだ。
突き刺さるような視線の数々。そこにあるのは嫉妬か好奇心か、それとも意味のない野次馬か。
「先輩、降りてください」
「やだ。降りない」
ため息をついた。
この人はなんでこんなにも行動がクソガキなんだ。本当にあたしより年上なのか。
「しょうがないですね」
「……と、いうことは?」
「通学路の間だけ、恋人ってことで」
「えー! なにそれ!」
「朝の時だけ、恋人。学校に入ったらただの先輩後輩です」
「なにその関係? 意味分からない」
「だって、学校には学校用の恋人がいますので」
「うっそ! ちょっ、誰々? 誰なのその泥棒猫はぁぁぁ!」
激昂した先輩が思わず私から離れる。
その隙に私はすすすっと距離をとってそのまま校舎に向かった。
「正解は――また明日の朝」
「そんなー」
かくて私は学校用の恋人とは別に、毎朝の登校用の恋人ができてしまったのだった。
了
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