第5篇『人魚×百合×遊園地』

お題:

『3~18歳の女の子しか入れない不思議な遊園地で、女の子達が、普通の夏服を着たまま陸上でも活動可能な不老不死の人魚になり、永遠に楽しく遊ぶほのぼの百合小説』


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「逃げよう」

 彼女の決断は早かった。

 何もかもがのっぴきならない状況。

 私達はもう何もかもが失われ、終わっていた。

 遠くを走る車の音に思わずびくりと、身を震わせるが特に何も起きない。

 私は――ためらった。

「逃げてなんになるの?」

「逃げなければどうにもならない」

 私と彼女の付き合いは短い。

 今日会ったばかりの、秘密の共有者。

「そもそも、逃げるってどこに?」

「楽園よ」

「楽園?」

「ええ、ただし、片道切符。一度入れば決して帰ることの出来ない楽園。

 私達は、そこを『遊園地』って読んでる」

「『遊園地』……入ったら出られない楽園。訳が分からないわ」

「大丈夫。女の子だったら誰でも入れるもの」

「なら、出来ないわ。だって、私は――女じゃないもの」

 私の言葉に彼女はびくりと身体を震わせた。

「まさか。どう見たって――」

「私は、あまり認めたくはないのだけれど、三十を過ぎた、いい年をしたオジサンなの。そんな夢みたいな場所には――」

「いける。大丈夫! だから付いてきて!」

「分かった。それじゃあ……名前を聞いてもいい?」

「あたしは原貝奈津。(はらかい・なつ)」

「私の名は橋戸理喜(はしど・りき)」

「そ、リキさんね。よろしく」

 そう言ってセーラー服姿の女子高生――奈津ちゃんは手を伸ばす。

 私は――三十を過ぎた女装男子で、本来であれば奈津ちゃんを牽引していくべき立場なのに――手を震わせながら彼女のさしのべた手を弱々しく握った。

 そんな手を彼女はがっちりと握り返した。まるで二度と手を離さないと言わんばかりに。

 かくて私達は犯行現場から逃走する。




「ここよ」

 そこは遊園地とはほど遠いとしか言い様がない薄暗い裏通りの一角にある錆だらけの鉄扉だった。

 奈津ちゃんは私の手を握りしめたまま、ずんずんと先へと進んでいく。

 ふいに、違和感がして立ち止まる。

「どうしたの? リキさん」

「……あれ? ボク」

 扉をくぐった瞬間から、何かが変わっていた。

「こんな声してたっけ?」

 分からない。何か強烈な、決定的な何かが変わってしまったかのような違和感。

「大丈夫。リキさんは最初からそんな声をしてた」

「ボク、こんなに胸が大きかったっけ?」

「リキさんはずっと巨乳だよ」

「……ボク、こんなに若かったっけ?」

 扉をくぐった先にあった鏡を見て思わず呟く。

 鏡には年の頃なら中学生くらいの胸のやたら大きいめがねをかけ、黒いコートをきた野暮ったい服装の女の子がいた。

 これがボクの姿。

 生まれた時からこの姿。

 ――ホントに?

「大丈夫。この扉をくぐったからにはもう安心だから」

 奈津ちゃんは何故かニコニコしたままボクを引っ張る。

「もう、リキちゃんは、リキちゃんだから大丈夫だよ」

 ぐいっと力強く握りしめられた手が引っ張られる。

 ――ホントに?

 本当にそうなのだろうか。

 このまま彼女について行ってしまって大丈夫なのだろうか。

 ――いや。

 そもそも今から後戻り出来るのか。

 戻ってなんになるのか。

 だが、そこで気づく。

 ――そもそもボクは何故彼女に付いてきてるのだろう。

 分からないことだらけだ。

 何か重大な失敗をしてしまった。そんな気がする。

 けれども、たった今それ以上の失敗をしてしまった。そんな予感がある。

「行くよ、リキさん」

 背の高い奈津ちゃんに引っ張られれば小柄なボクは彼女に逆らえない。

 そのままボクは奈津ちゃんについて行く。

 今日、オフ会で会ったばかりの彼女に。

「ようこそ、遊園地の扉へ」

 待っていたのは妙齢の魔女だった。

 魔女という他言いようのない女性。

 肩を出した露出度の高いスケスケのキャミソールに赤い唇と竜巻のようにグルグル巻きに伸びた髪。一目見てああ、魔女なのだと分かる女性だった。

「お願い。遊園地へ行かせて」

「あらら、君か。いいのかい? 前は、怖がって逃げたくせに」

 魔女は曰くありげに口の端をあげる。ボクは不安げに魔女と奈津ちゃんに目をやる。

「もう……いいの。リキさんと会えたから」

「若いっていいねぇ。好きよ、そういうの」

 展開について行けず、ボクはおどおどと口を開く。

「すいません、遊園地って?」

「そのまま遊園地さ。常夏の、永遠少女達の楽園」

「永遠少女?」

「ああそうさ。ヒッヒッヒッ、まあこのビルの扉をくぐった時点でもう運命は決まってるんだけどね」

「え? え? どういうこと?」

「まあ、一つの魔法みたいなもんさ。楽園に来るような、そういう資格のあるようなやつしか扉をくぐれない。あるいは――資格がない奴は、資格がある姿に作り替えられてしまう」

「え? じゃあボクも何か改造されてしまってるんですか?」

「ヒッヒッヒッ。さあね。何が起きたかまではあたしも知らないさね。作ったのは私でもないし」

「ご託はいい。通して」

「はっ! こっちの嬢ちゃんはせっかちだねぇ。もっとゆとりを持ちなよ。あんまりせっかちだと永遠少女になった時に困るよ。」

 言葉とは裏腹に、魔女は奈津ちゃんの強気な態度が嬉しくて仕方ないと言わんばかりに満面の笑みを浮かべる。

 ボク達がいるのは廃ビルの扉を抜けた先にあった長い階段を降りた先のよく分からない扉の前。

 改めて見ると怪しさしかない。

 ――けど。

 ボクはごくりと唾を飲んだ。

「もう、ボク達は帰れないんです」

「なんでだい?」

「それは――分かりません。ボクとなっちゃんは今日知り合ったばかりで、覚えてないですけど何かがあって、もうボクにはなっちゃんしかなくて」

 ボクの言葉に魔女はやや片眉をあげる。

「おやおや、意外と自我がしっかりしてるねぇ」

「?」

「気にしなくて良いよ」

 魔女はひとしきり笑うと謎の扉の表面に腕を這わせた。

 指に触れた場所が光を放ち、扉の表面を走る光の線は謎の文字を紡いでいく。

 やがて、ぎぎぃっと重い音を立てて扉は開いた。

「ほらよ」

 魔女の言葉に奈津ちゃんがぺこりと頭を下げた。

「ありがとうございます」

「はっはっはっ。この子を大事にね」

「言われなくても」

 扉の向こうは――何も見えない。

 闇だ。

「行こう」

 奈津ちゃんが腕を引く。

「待って」

「なにを?」

 結論を急ごうとする奈津ちゃん。

 握りしめられた手を引っ張ると彼女は逆らうことなくボクの側に近づいてくれた。

 そのまま彼女を抱きしめる。

「ありがとう」

「え?」

「……もう思い出せないんだけど、ボクにはきっと辛いことがあったんだ。でも、君が連れてきてくれたんだ。この先に進んだら、ボクはもっと何かを忘れそうな気がする。

 だから今のウチに言っておきたかったんだ。

 ありがとう」

 ボクの言葉にうっ、と奈津ちゃんが言葉を詰まらせる。

 そして、嗚咽と共に泣き出した。

 ああ。

 ああ。

「泣かないで」

「ごめんなさい。リキさん。ごめんなさい」

「何を謝ってるの? ボクたちは楽園に行くんだよね?」

「ええそうよ。私達はそこで幸せになるの」

「じゃあ、泣かなくていいじゃない」

「違うの、違うの。幸せになるけど、私達は、永遠少女になってしまうの」

「そう言えば、さっきそんなこと言ってたね」

「人間をやめるってことなの」

「いいよ。やめちゃおうよ、人間なんか」

 ボクが笑うと彼女は泣き顔をさらに歪める。

「……キス。しよっか」

「うん……する。いっぱいする。リキさん。私、キスしたい」

 彼女の言葉に頷き、ボクはかかとを浮かせ、精一杯背伸びをする。

 すると、身長の高い彼女が屈み、ボクの唇を奪ってくれた。

 塩っ辛い涙の味。

 けれども、今まで感じた何よりも甘い味がした気がする。

「ふわぁ~~~」

 盛り上がるボク達の横で魔女が大きな大きなあくびをする。

 なんだかそれがとってもむかついていつまでも二人でキスをつづけようかと思っていたら、魔女がいつの間にか持っていたキセルでボクの大きなおしりを叩いた。

 途端に抱きしめ合うボク達の身体は不可思議な力で吹き飛ばされ、扉の奥の闇へと落ちていった。

 そしてボク達は――。




ざぱぁぁぁん

「ぷはっ」

「うわはぁ」

 水中に落ちたボク達は慌てて両手を放し、急いで身体を水面へと伸ばした。

「あれ?」

「ありゃ?」

 ボクと奈津ちゃんは目をぱちくりする。

「服がないっ!」

「リキさんもー!」

 ボク達は一糸まとわぬ裸の姿で泳いでいた。

 腰から下の大きな尾びれをばたつかせ、私達は現状を確認し合う。

「服、どうしたっけ?」

「分かんない。でも……意外となっちゃんて毛深いんだね」

「やだもぉ、リキさんのえちえちー」

 甘えるような奈津ちゃんの言葉に思わずボクは笑った。つられて奈津ちゃんも笑い、楽しげにその美しいピンク色の尾びれを振るわせた。

 見上げると、遠くに大きな大きな観覧車があった。

「あ、遊園地」

「そだね」

「どうしよっか」

「あそぼー」

「うん、あそぼ」

 互いに尾びれを振るわせ、観覧車に向かって泳ぎはじめる。

 すると目的地へと行こうとするボクに対してやたら奈津ちゃんは手を伸ばし、抱きしめようとしてくる。

「くすぐったいよ」

「いいじゃない。えいえい」

 奈津ちゃんは何故かボクのおへそ周りに指を這わせ、背中にキスをしてくる。

「リキさんリキさん」

「なに?」

「読んだだけー。へへへ」

「んもう、なっちゃんてばー」

 ボクも水中で姿勢を変え奈津ちゃんの胸元に顔を寄せ、身体をすり寄せた。

 互いに水中でくるくると円を描くように絡み合う。

 なんとなしに思い出した。

「そっか、ボク達はエイエンショウジョになったんだね」

「え? なにそれ?」

 奈津ちゃんが首をかしげる。

「リキさんはむつかしー言葉しってるんだねー」

「えー、そっかなー」

 水中を泳いでると、他の場所からも長い髪をたなびかせて人魚の少女達が笑いながら通り過ぎていく。彼女らは一糸まとわぬ子も居れば、薄着を羽織っている子も居る。

 みんな無邪気に笑って、楽しそうだった。

「あー、あっちに他のショウジョいるみたいだね」

「いいよ、他のコなんて。私リキさんといっしょでいいー」

「うん、ボクもー」

 するすると意識がまどろんでいく。

 ここは楽園。

 永遠少女――人魚達のすまう常夏の遊園地。

 ボク達はここで、いつまでもいつまでも――。



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