第4篇 『ねじれ』×『対決』

「勝負です!! 泥棒猫! ついに見つけましたよ!!」

 突然の展開にあたしは動揺を隠せなかった。

「えっ、ちょ、どういうことなんです? なんの話ですか?」

 あたしは代々木夜々子<よよぎ・よよこ>17歳。なんてことはない普通のどこにでもいるただの女子高生。人と違う事と言えば留年して二度目の高校一年生をエンジョイしてることくらい。

 そんなどこにでもいる普通の女子高生の私の前に突如としてヘリから飛び降りてパラシュートで降下してきた金髪碧眼のドリルヘアーのお嬢様がびびしぃっと指を突きつけて勝負を挑んできたのだ。

「泥棒猫って、意味分からないんですけど」

「とぼける気? そんな貴女にワタクシの愛しい愛しいケンジローくんの彼女を名乗る資格はありませんことよ」

「ケンジロー? 誰それ」

「ムッキィッ! なんたる挑発! ワタクシのドリルが怒りで秒間二千万回転してしまいますわぁ!」

「落ち着いてください! ドリルがそんなに回ったら枝毛が大変なことになってしまいます!」

 なんとかお嬢様をなだめようとするが、金髪碧眼ドリルヘアーお嬢様は地団駄を踏みつつ、背中に背負ったパラシュートを必死ではずそうとするがきっちり固定されているようでこれがなかなか外れない。

「うっ、うるさいですわね! ともかく勝負ですわよ! 勝負! このっ、このっ、あ、うそ、このロックが外れませんわ。ちょっとまずいですわ……」

 あたしに挑発しつつ、小声でやや泣きそうになりながら必死でパラシュートをはずそうとするお嬢様。なお髪の毛のドリルは回転していない。

「あのー、良かったらパラシュートを外すの手伝いましょうか?」

「まぁ! ケンジローくんを奪っておきながら、ワタクシにさらなる恥辱を味合わせようというの? 信じられませんわ! 我が家の家訓には敵の情けを受けてはならない。敵の情けを受けてしまったのなら結婚するしかない、てありますのよ」

「……はぁ。よく分からないですがそんな家がよくこの令和の時代まで生き延びてますね。世の中の不思議を感じます」

「ぐぬぬぬ、このパラシュートが全く外せなくていらいらでドリルの回転がすごいことになりそうなワタクシを尻目になんという冷静な面! ますます気にくわないですわぁ! ぐぎぎぎぎぎ……やっばいですわ。マジで外れないですわ」

「……帰るか」

 パラシュートが外れないお嬢様に付き合うのが馬鹿馬鹿しくなったアタシはため息一つつきながら帰宅を再開する。

「ちょっと待ちなさいよぉぉぉぉ」

 通学路を歩くあたしの後ろをパラシュートをずるずる引きずり続けるお嬢様がついてくる。

 と、曲がり角に差し掛かったところで――。

「ここで会ったが百年目! ついに見つけたで! このクソ女! よくもトシトシの純情を奪ってくれたなぁ! 落とし前を付けるためにウチと勝負やで!」

 ばばぁん、とカラフルなハチマキをしたど派手な法被を着た黒ギャルが現れる。

「……どちら様?」

「ウチは網走の狼ことエンジェル☆中原☆湯糸香<ユシカ>! トシトシくんを返して貰うで!」

「意味が分からない」

 アタシはどこにでもいる普通の留年してる高校一年生。今のところずっと彼氏もいない独身女子高生なのだけど。どういうことなの? 知らない間に彼氏が生えてきたの? そして嫉妬されているの? このアタシが?

「追いつきましたわよぉぉ!! ワタクシと勝負ですわよぉぉぉぉぉ」

 踏切で引き離したと思っていたドリルヘアーのお嬢様が相変わらず巨大なパラシュートをズルズルズルズルと引きずりながら必死でやってくる。

「ゼェーハー……泥棒猫……勝負ですわよぉ……ゼーハー……このワタクシと……」

「勝負の前に死にそうじゃないですか?」

 もはや哀れみしか感じないお嬢様に声をかけ、パラシュートを外す助けをしてあげようと近づいたその瞬間――。

「ハァァァァレェェェェルヤァァァァァッ!」

 とマンホールを突き破って地下水路から赤髪のメガネっ娘が飛び出してきた。セーラー服に名前はよく知らないけどシスターさんとかがよく頭に被せてる布の帽子を被っている。よくわかんないけど、神学校とか行ってそうなメガネっ娘だった。

「おお神よ! その導きに感謝します! 見つけましたわよ! この悪魔! よくも私の愛しいゴッド芳樹くんを奪ってくれましたわね。ゴッド芳樹くんの彼女の座を賭けて勝負ですわっ!」

「うわぁ、三人目の挑戦者だ」

 続々とエントリーしてくる挑戦者達にアタシの心は静かに摩耗していく。

「なんですの貴女!! ワタクシはこの泥棒猫とケンジローくんを賭けて勝負するのですのよ!」

「テメーこそなやねん! アタイこそがこのクソ女とトシトシくんを賭けて勝負するんやでぇ! それがわからへんのかよぉ! お? お? すっぞ? すっぞ自分?」

「はぁぁぁぁ! 意味の分からない異教徒達ですねぇ! この悪魔は私とゴッド芳樹くんを賭けて勝負するんですー。神もそう言ってますー。間違いないですー」

 ドリルお嬢様と黒ギャルとメガネシスターがいつの間にやらバチバチと火花を散らして言い争いを始める。

「なんですの? トシトシくんて? ダサいあだ名ですわ」

「アホちゃうか? トシトシくんと言えば𠮷中トシトシくんやがな! うちの高校では知らんやつのおらん超イケメンやで!」

「……うわぁ、トシトシくんて本名なんだ」

「ヒキますわぁ」

「ちょっ、トシトシくんのキラキラしたネームを馬鹿にしたアタイ許さんでぇ!」

「そっちのゴッド芳樹くんはどなたですの?」

「もちろん、誰もが知っての通り、私の通う神学校の伝統ある神前決闘で二百人の猛者を倒して学園の頂点に君臨するゴッド・オブ・ゴッドなイケメン高校生デュエリストです! 先輩は意外と童顔なのでゴッド芳樹くんと年下から慕われているのです!」

「えっちょっ、何その謎の伝統? 色々とおかしくありません? 今時そんな決闘とかしてる神学校とかありますの?」

「今時もクソもどの時代を探してもないやろそんな意味不明の学校」

「じゃあじゃあじゃあ! 私も質問ですけどケンジローくんて誰なんですか? そんな人知りませんけど?」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇえ! それこそ信じられませんわぁ! ケンジロー君といえば、誰もが知る我が学園の法の番人、モノクルのイケメン教師、ケンジ・ロー先生のことですわぁ! ローの称号を持つとおり、学園四十七賢人の一人であり、律法を司る術の使い手で全女子生徒の憧れの的である超々イケてる鬼畜眼鏡先生ですのよ! みんなは親しみを込めてケンジローくんと呼ぶのですわ!」

「ひゃー、よくわからへんけど、あんたの学校には近寄りたくないわー。絶対アホしかおらん学校やわぁ」

「ご心配なさらなくとも、ワタクシの学園は入学金としてエルフの奴隷を収めないといけないので庶民の皆様が入れるようなヤワな学園ではないですことよ」

「エルフの……」

「奴隷……」

「世界観が違うわ」

「誰だ、このお嬢様を異世界から連れてきた奴」

 三人の女子達はいつの間にやらそれぞれで情報交換をしつつ、にらみ合いを続ける。

 三人はアタシを三角形のカタチで取り囲んでいるのだが、真ん中にいるアタシはいまいち話題に乗り切れず、呆然と立ち尽くすばかりだ。

「あーえーと、すいません、どれも聞き覚えがないので人違いだと思いますよ」

 ぽつりと呟いた途端、三人の目が一斉にトンガって再び罵声を浴びせてくる。

「何を言いますの! 先にケンジロー君を奪ったのは貴女じゃないですの!」

「そうやで! ウチの愛しのトシトシくんを奪った罪は重いでっ!」

「いやいやいやっ! ゴッド芳樹くんを手込めにしたこの悪魔を私は許さない! 絶対にです!」

「……よく分からんけど、君たちとても仲良しですね」

 腕を組み、どうしたものかとため息をつく。

「何か証拠があるんですか? すごく話がねじれてる気がするんですけど」

 アタシが問いかけると彼女たちはばばっと一斉にスマホを取り出してアプリを立ち上げばばっばんっ、とアタシに向けてくる。

「「「これっ!」」」

 そこに映ってるのは一升瓶を片手に親指を逆さまに下ろして邪悪な笑みを浮かべるアタシの姿が映っていた。

「げぇ、この写真は」

 思わず全身からどっと冷や汗が吹き出る。

 三人が起動したアプリは全部違うSNSアプリだったが、映っている写真はすべて同じだ。写真には吹き出しが手書きで書き足されており、「どーも彼の新しい彼女です! 彼を取り返したかったらまずアタシを倒すんだなぁ!」と書かれていた。

「あの……その……色々と本気にされてますけど……これ『#これが私の彼女ですって使って良いですよ』ていうハッシュタグで拡散したネタ写真ですよ。別にその発言者の彼氏にアタシがなった訳ではありませんよ」

 顔を引きつらせ、しどろもどろになりながらアタシは真実を伝える。

「……え?」

「その、去年アタシが泥酔して学校の制服着たままハッシュタグで流して拡散したネタ写真でして……その、本気にされても」

 そう、去年この写真がSNSで爆発的にバズってしまったせいで未成年飲酒が学校にバレて一年間停学を食らっていたのだ。なので、アタシはこうして二度目の高校一年生をしているところなのである。

「な」「な」「な」

「なにそれー!」「なんやねんそりゃっ!」「意味分からないですわぁ!」

 三人の挑戦者達が絶叫する。

「まあそういうわけで、三人とも勘違いですのでお引き取りください」

「きぃ、紛らわしい」

「なんちゅう下らんオチ」

「ひどいですぅ」

 がっくりと膝を落としたり、肩を落としたり、メガネを落としたり、三者三様のリアクションをする三乙女。

 アタシはそんな三人を尻目に今度こそ帰宅の途につくのだった。



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