第3篇 銀行ホラー

「うぉぉおらっ! 俺様達は銀行強盗だぁぁっ! しゃがめしゃがめしゃがめぇっ! 全員しゃがみやがれぇ!」

 銀行内に響き渡る銃声。

 覆面をしたガタイのいい男達が、拳銃を手に大声で指示を飛ばしていく。

 それはドラマか映画でみたような展開で、どこか現実味を欠いた不自然で、それでいて見慣れたような光景だった。

「おいっ! 受付のっ! テメーだ! そこの女! そう、お前。とっとと、ここに金を入れろ!」

 銀行強盗の一人がツバを飛ばしながら受付嬢に指示を出す。

 銀行強盗は四人。

 金を入れる指示を出す男、銀行の入り口で見張りをする男、中央で客達に銃を向け全体を見渡す男、そして最後に銀行の受付を乗り越えオフィス内を探索する男。

 三人の銀行員は金を入れさせられている受付嬢を除いて五人の客と共に床に座らされている。

「いーぜーいーぜー。そのまま大人しくしてなぁ。金さえ貰えば俺たちはすぐ出て行くからよ」

 平日の昼間。片田舎にある地方銀行で、銀行員も三人しかいない。制圧するのはあまりにもたやすかった。

 リーダーは口笛を吹きながら床に座らされている人質に銃を向けつつ、銀行のロビーをゆっくりと歩く。

「ったくよぉ、老人とババァしかいねぇ銀行なんざ盗んでくださいって言ってるようなもんだなぁ、おい。ラッキーだぜ。実にラッキーだ」

 銀行強盗のリーダーは上機嫌に人質となった客達を見る。

 彼らは一様におびえた目で強盗をちらちらと見つめている。

 幸いここから銃を持った男達相手に大立ち回りを繰り広げようとする勇敢な人物はいないらしい。これなら安心して銀行強盗は成功できそうだ――とリーダーが思った時だった。「ふんふんふんふんっ、ふんふんふんふんっ」

 鼻唄が聞こえてきた。

 銀行強盗達は全員びくりとする。

 銀行のロビーの中央。

 神棚の下にあるソファーで一人の少年が全身でリズムを刻んでいた。

 銀行強盗達はささっと目配せをするが、全員首を横に振る。誰も見覚えがない。

 ――おかしい。

 先ほどまでこんな少年はこの銀行にいなかったはずだ。

「ふんっんっんふっふっふんっふっふっ」

 首をかしげる銀行強盗達を尻目に大きな蛍光色の緑と黒のヘッドホンをした少年は鼻唄を続ける。

「おい、ガキっ!」

 銀行強盗のリーダーは銃を向けつつ、油断なく少年に近づく。

「おいっおいっ! 聞こえないのかっ!」

 年の頃は高校生か大学生くらいだろうか。やたらと蛍光色の目立つシャツを着た少年は銀行強盗などどこ吹く風でただただリズムを刻んでいく。

「あーら、あらあらあらあらっ、ウェカッピ――」

「無視をするんじゃあないっ! このクソガキがっ! この拳銃が見えないのかっ! あぁんっ?」

 銀行強盗は強引にヘッドホンを掴んで投げ飛ばし、その鼻先に銃口を突きつけた。

 が。

「…………?」

 少年はうろんげな目で銀行強盗を見る。

「なんすか? 俺は今、ちょうど一番いい所だったんですけど?」

「はぁ? お前、この状況が分からないのか?」

「いや、分かってないのはおっさんの方ですよ。ちょうどテンションがあがるところだったんですって。今聞いてた曲のあーら、あらあらあらあら、ウェカッ――」

「そんなことはどうでもいいっ! この状況が分からないのかっ!」

 たまらず銀行強盗は声を荒げ、銃口を鼻先に押しつける。

「俺たちはっ! えぇっ? 銀行強盗様なんだよっ!

 見ろよこの黒光りするハンドガンをよぉ~。

 断然っ、そこいらの酔っ払いとかよりもヤバくてすげーやつらなの。

 だったらよぉ~、てめぇ、分かるだろ?

 怖がるべきじゃあないのか?

 それとも拳銃を見たことがないのか?

 この引き金を引いた瞬間――しみったれたテメーのクソだせぇ人生があっという間にジ・エンドって感じになっちまうんだぜぇ~」

 ぐいぐいと少年の鼻先に銃口を押しつけながら銀行強盗のリーダーは少年を脅す。

 少年はがたがたと震え上がり、地に伏して命乞いをする――そうなるはずだった。

「あのー、今は俺が話してるんですけど?」

 謎の少年は押しつけられた拳銃などどこ吹く風で眠たそうな目のまま銀行強盗を見つめ返す。

「俺は、大好きな音楽を聴いてたんですよ。邪魔しないでくれます?」

 得体の知れない少年の気迫に思わず銀行強盗のリーダーは半身を下げる。

「逆だ。今は俺たちが銀行強盗をしてるんだ。それが終わるまで床で寝てろ」

 銀行強盗のリーダーは少年の胸ぐらを掴み、引き倒そうと手を伸ばす。

 しかし、その手は空をきる。それどころか、銀行強盗は少年の姿すら見失う。

「?!」

 銀行強盗達だけでなく、一部始終を見守っていた人質達全員が息をのむ。

 先ほどまで確かに銀行強盗のリーダーの前にいたはずの少年の姿がない。

「あーあ、このヘッドホン結構高いんですよ」

 少年がいた。

 先ほど銀行強盗のリーダーが投げ飛ばしたヘッドフォンを拾い、ぱっぱっと埃を払っている。

「……やべぇ。リーダー、こいつおかしい。何かおかしいぞ」

 入り口で見張りをしていた銀行強盗が思わず声を漏らす。

「今誰か、こいつが移動するところ見た奴いるか?」

 ちらりとリーダーが目線を飛ばすが、全員が首を振る。それどころか人質達も大げさに首を横に振った。

 誰も、少年の動くところを見ていない。

 銀行強盗達はドッドッドッドッドッと自分の心臓の鼓動がやけに大きく聞こえるのを自覚した。

 何かが起きている。

 明らかな異常事態が起きている。

 だが、それが何かが分からない。

「ふぅぅぅぅぅ」

 銀行強盗のリーダーは大きく息を吐いた。

 明らかにリーダーの顔つきが変わった。

 静かに拳銃の撃鉄を上げる。

「ちょっ、リーダー!」

「殺しはまずいって!」

 臨戦態勢に入ったリーダーを見て銀行強盗が声を上げる。

「黙ってろ。こいつは普通じゃあない」

 ざわつく銀行強盗達を尻目に少年はヘッドホンをして再びビートを刻み始める。

「あーら、あらあらあらあら、ウェカッピ――」

ドゥン

 銀行内に銃声が響いた。

 ガラスが砕け、机の上にのっていたいくつかのモノが床に落ちる音が響く。

 銀行強盗の拳銃は確かな破壊を行った。

 だが。

 だが。

「ポォッ!」

 少年がビートを刻みながらくねくねと歩く。

「!!」

 いつの間にやら少年は銃を撃ったリーダーの背後で踊っていた。

「馬鹿なっ! なんだこいつ! いつの間に!」

「俺たちは、確かに見た。銃が撃たれるところを!」

「だってのによぉ! なんで当たってないんだ? どうしてだ?」

 リーダーと少年のやりとりを見ていた他の銀行強盗達が思わず絶叫する。

「取り乱すんじゃあないっ! 銃弾が当たらなかった! それだけのことだ!」

 部下達に声を荒げつつ、リーダーは再度少年に銃口を向けるが再び少年の姿を見失う。

「馬鹿なっ! 目の前にいたはずなのに。認識が出来ない。やつをっ! ガキをっ! 認識することがっ! できねぇっ!」

 必死に分析しようとするリーダーだが、いつの間にやら目の前に現れた少年に拳銃を蹴飛ばされる。

「しまっ!」

「そうかこいつ……ぬらりひょんだ! 聞いたことがある! 誰も知らないうちに、いつの間にやら他人の家に上がり込む妖怪! きっとそうに違いねぇ!」

 焦燥する部下の一人が絶叫する。

「馬鹿野郎! そんなやついるか!」

「ガキじゃないんだ。そんなもん信じてどうする!」

「でもよぉっ!」

「くそぉっ! 撃てっ!」

 三人の銀行強盗が恐慌に駆られて発砲。

ドゥンドゥンドゥンドゥンドゥン

 数発の銃声が鳴り響くも――少年の姿はない。

「やつはどこにっ?!」

 リーダーが叫ぶといつの間にか現れた少年に胸ぐらを捕まれていた。

「悪いね、ここは俺の縄張りでね」

 少年の背後からおぞましい気配があふれ出す。明らかにこの世のモノではない気配。

「お前達はここで俺に食われて貰う」

 と、少年が口を開くとぎちぎちと口が裂けていき巨大なあぎとになる。

 が。

「待っていたぜ。そう、この瞬間をな」

 銀行強盗のリーダーは不敵に笑う。

「なにっ?」

 少年の姿をしていた怪異の大きなあぎとに手榴弾が一つ投げられる。

「にがさねぇ。捕まえたぜ。理屈はわかんねぇけどよ、お前が俺を掴んでる限り、俺もお前を掴むことが出来る。一か八かだったが、大当たりだぜ。

 この距離なら――避けられねぇだろ」

 爆発音が響いた。




 とある地方銀行で起きた銀行強盗は四人のうち三名が無事逮捕された。

 リーダー格の男は何故か銀行のロビーで自爆して死亡。

 この時、近くに少年がいたという証言もあるが、防犯カメラには一人であらぬ方向に拳銃を突きつける犯人の姿しか映っていなかったという。

 結果、この事件は犯人が狂って自爆したということで処理された。



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