第2篇 世界の終わりでダベって

「やってられないねぇ」

 夜も更けて宴もたけなわ。

 酒場に集う冒険者達のうち一人が静かに愚痴をこぼす。

「んだよまたかよ。その話題はもうよそうぜ」

 うだうだと未練がましい冒険者へ落ち着いたエルフの女がたしなめる。

「だってよ。毎度毎度、出来もしないのに耳障りのいい目標ばかり押しつけてきやがってよぉ」

 冒険者の若者は酒場の床にあぐらをかいて座り、エルフの女も床に内股で座っている。

「てきとーに流しとけばいいんだよ、そんなの。いちいち気にする方が馬鹿馬鹿しい」

「つっても毎日強制されたらこうもなるっての」

「やれやれ、マサくんとこも大変だねぇ」

 女エルフの隣に座る女ドワーフの神官が苦笑いする。

 そんな三人を見てずっと店の入り口に突っ立っている騎士の男が呆れて声をかけた。

「お前らログインしたと思ったら酒場でひたすらチャットかよ。とっとと狩りにでも行ってこいよ」

「つってもなぁ。やることないしなぁ」

「だね。レベルマしたし、欲しいボスドロも収集終わったし」

 酒場で座る三人パーティは同時にため息をついた。

「なんか面白いことないかねぇ」

「サブキャラ育成するとか」

「飽きた。やってらんね」

「全種族一通り作ったしなぁ」

「マジか。そらすごいな」

「攻城戦は?」

「やる気ないね。俺ら友達いないし」

「三人ぼっちだぜ。よよよ」

「そのよよよってなんだ? いつも言ってるけど」

「わかんね。なんとなくだよ」

「そうか。なんとなくなら仕方ない」

「そういや、最近エドんとこのギルドに新人入ったらしいけど、リアル女らしい」

「あー」

「へー」

「完全にオチ見えた、て顔してるな」

「分かるよ」

「分からいでか」

「じゃあいいか」

「おいおい、一応言え」

「そっか。まあ当然猫かわいがりでみんなでパワーレベリングしたら、プレイヤースキルが育たないままレベルマになって、立派な役立たずの置物が出来た」

「分かる」

「だよな」

「ので、その女は確実にギルドの穴な訳で、誰かがサポートしないとダメで、そのサポートを誰がするかでもめた。揉めにもめた」

「いいねぇ。分かりやすいサークルクラッシャーだ」

「で、ギルド内で揉め続けてギスギスして、完全に空気が悪くなったところでそのリアル女は別のギルドにヘッドハントされて居なくなってよ」

「移住できるタイプの姫か。強い」

「今は誰のせいでその姫様が出て行ったかの責任の押し付け合いで揉めているらしい」

「うーん、これはひどい」

「でもまあ、予想通りだったね」

 ドワーフの神官の話に人間の冒険者と女エルフが頷く。

『警報! 大幻獣の襲撃あり! ヒガシント平原にて巨大龍出現! ただちに冒険者達は討伐に向かうべし!』

 と、三人の話に割って入るように突如街中に警報が発令した。

 それを聞いて酒場に居た他の冒険者達は続々と床から立ち上がり、ワープポータルへと向かう。

 かくて酒場に残ったのはカウンターに突っ立っている店の主人と、ランダムに店の中を徘徊するウェイトレスと、床に座る三人の冒険者達だけになった。

「みんな元気だな」

「大幻獣ももう三年前からアップデートされてないコンテンツなのに」

「今あいつ討伐してなんかうま味あったか?」

「経験値ポーションとか?」

「アホほど余ってるなぁ、そんなもん」

 などと話してる間に中空にファンファーレがなった。

『おめでとう! 見事大幻獣は討伐された! 冒険者諸君の働きに感謝する! 討伐時間01:21』

 程なくして続々と冒険者達が酒場に戻ってきて、再びしゃがみ込む。

「討伐時間81秒か」

「今日は遅いな」

「いつもエドのギルドが即討伐してたから」

「あー」

「あー」

 大手ギルドのごたごたは意外とこの世界の治安に直結するところがある。

「まあ大幻獣が街にまで到達することはまずないがね」

「だなー。俺ら三人だけでも三分もあればつぶせるからな」

 と、そこで三人の――いや、この場に居るすべての冒険者たちの動きが止まる。

「ん?」

「なんだ今の」

「サイレントアップデートか」

「ちょっとお知らせ覗いてみるわ」

 女エルフが立ち上がると酒場に居た他の何人かの冒険者達も立ち上がる。

 やがて、女エルフはすとん、と再び床に座った。

「サービス終了のおしらせだわ。来月までだってよ」

「あちゃー」

「まーそろそろか」

「半年更新なかったもんなー」

「クリスマスイベもお月見イベもなくて、最終更新が水着イベで止まってたもんなぁ」

「学生時代からやってきたけど、ついにこのパツゲーオンラインともお別れか」

「なんつーか、全然さみしくねーな」

「パツゲーの癖によくもったって感じだな」

「しゃーね。移住先探すか」

「次は椅子に座れるゲームがいいよな」

「後、チャット欄が見やすいやつな」

「それな」

「んじゃ、俺は寝るべ」

「おつー」

「おつー」

 すくっと立ち上がった人間の男がふっと酒場から姿をかき消す。

「じゃ、私も」

「待てよ」

「ん?」

 女エルフをドワーフの神官が止める。

「エドのとこのギルド潰したのお前の知り合いじゃないの?」

「…………」

 女エルフは答えない。

「違うけど」

「違わないだろ。お前の知り合いらしいってエドが言ってたぞ」

「……弟だな」

「妹じゃなくて?」

「うちの弟は、男の娘でね」

「そっか。そういうことか」

 ドワーフの神官は色々と何かが合点いったらしい。

「今度紹介してくれよ」

「無理。仲悪いわけじゃないけど、一緒にゲームはしないんだよ」

「そうか。残念だ」

「うげぇ。こいつマジで残念そう」

「うっせ。とりあえず、お前移住先のネトゲ探しとけよ」

「お前もな」

 かくて女エルフとドワーフの神官は酒場から去る。

 こうして彼らの冒険はまた別の世界へと続いていくのだった。



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