第2章:探る者

 ある夜に夢を見た。その夢には猫のような生き物が出てきたが、私はこれがソウルトメアだと確信していた。

 その猫は私をジッと見ると、キュイ! と猫らしくない鳴き声を上げた。人の精神を糧として病ませ、死に追い込む魔物。恐ろしい存在のはずなのに恐怖を感じないのは何故なのだろうか。


「あなたが精神を貪る魔物さんなの?」

「キュイ!」

「私はエダよ。この国の2代目の女王なの」


 何を語りかけているのだろう。言語なんて通じるわけもないのに。


「私、あなたの仲間に母を殺されたの。母が抱えていた闇が何かわからないけれど、そこを掬われてしまったのね」


 聞いて欲しかったのかもしれない。助けて欲しかったのかもしれない。私の記憶の中にある母を……。


「もし、あなたが他の魔物と違うのならお願いがあるのよ。聞いてくれるかしら……?」


 ・・・


「えーっと…… キュウ。エダってルフニアの2代目女王のエダ女王の事だよね? ほんとに間違いないの?」


 キュイ! と頷く黒い生き物はソウルトメアと呼ばれており、人間に悪夢を見せ、精神を喰らう魔物である。オルから取り出された魔物はキュウと名を付けられ、人間の夢を通し悪夢に困っている人間を、オルに伝える役目を担っている。

 普段、キュウが伝えてくる優先度は重症者からなのだが、今回は重症者ではなく、ルフニア2代目女王−エダに夢で頼まれごとをされたためそれを伝えにきた様だった。


「どのみち今日はもう遅いから明日城に伺うことにしよう。バロン。エダ女王に手紙を出してきて欲しいんだけど頼める?」

「御意」


 バロンが凄まじい速さで街を駆け抜けていく様子を見ながら、オルは一言キュウに向けて「もし、この仕事に失敗したら僕一生伯爵の地位を返してもらえない気がするよ……」と不安げに呟いた。


 次の日、オルが少し早めに城を訪ねるとエダは既に応接間で待機しており、落ち着いた声で「あら。想像していたよりも幼いのね! 私はルフニア王国2代目女王エダ・ルフニアと申します。今日はよろしくお願いします」とオルに頭を下げた。オルはエダの前に傅きエダの手を取ると「陛下……とんでもありません。まだ幼い私が機会を頂き、陛下の憂いを払えることを光栄に思います」とキスをした。


「見た所、12歳程だと思うのだけれど、礼儀がなっているのね。感心したわ」と微笑んだ。

 2人は向かい合った椅子に座ると早速オルはカウンセリングと称して、現在のエダの気分や精神状況、最近見る夢の情報などを聞き出した。問題なくカウンセリングは進んだのだが、ふとエダが突然「あの子はあなたのソウルトメアね」と言い始めた。

 少し驚きながらオルは「ええ。私には夢を共有する力が生憎ないので、この子に手伝ってもらっています」とキュウをエダの前に出してみせる。

 エダの護衛がざわつき一斉にオルに剣を向け始めた。「やめなさい」エダがそれを静止させると、続けて「この子は他のソウルトメアとは違うの?」と尋ねた。


「違う。といえば違います。ですが魔物は魔物です。私のソウルトメアは私の精神を一ミリも喰わず育っていませんでした」

「ではなぜ、あなたはソウルトメアを引き出すことができるの? 先ほど夢を共有する力はない。と言ったわね? でも聖協会の責任者は宿主と夢を共有することでソウルトメアを見つけださないと引きずり出すことができないと言っていたわ」

「それは聖協会の責任者さんのやり方です。私には生まれつき、ソウルトメアを払う力がありました。家族はそれを伏せ、私もこの子を引っ張り出すまでは知りませんでした」

「本当に、夢を共有しなくてもソウルトメアが引き出せるのね……? それを信じていいのね……?」

 オルは真剣に「はい」と頷くと、エダはそれ以上詮索することを止めて、本題を口に出した。


「知ってるとは思うのだけれど、私の母はソウルトメアに取り憑かれ、精神を病んだまま何者かに暗殺されたの。つまりもうこの世にいない。だから夢を共有させることはできないの」


 ずっと、母の心の闇に気づけたらよかったのにと悔やんでいたエダ。当時は幼かったためなにもできず、側近にも何も教えてもらえず母の最期すら知らされなかった。

 聖協会が訪れ、やっと心の闇を理解できると希望が見えたものの、夢を共有しなければ何も知ることはできない。と言われ絶望し続けていた。この苦しみから、母の苦しみを受け継いでしまった心が解放されるなら、エダは自分よりも幼いオルの言葉でもなんでも信じようと思ったのだ。


「グリスタ女王の心の闇を知りたいそうですね。今はそれが陛下の心の闇になっています。余程溜め込んできたのですね」


その時エダは初めて心を見透かされたような気がした。オルの周りを飛んでいる魔物も心なしかエダを心配そうに見つめている。そしてその瞬間エダの目に涙が浮かんだ。


「ずっと、自分の心の闇をわかって欲しかった。ソウルトメアに巣食われても母の事が頭を離れなくて、なぜあんなに取り乱し狂ってしまったのか、私にできることはなかったのか。と考えてしまって抑えられなかったの」


ポロポロと涙をこぼし始めるエダ。それをみたオルは持ってきていたカバンから一つの瓶を取り出しエダに見せた。中にはキラキラとした光が入っているように見えた。


「それは?」

「これは陛下の母君。グリスタ様の心の記憶です。もっとわかりやすく言うなら魂です。陛下の憂いを晴らすにはこれが一番だと思います」

「母の魂……?」

「私は夢を通じて魂の中にあるその人の心の記憶を見せることができます。それは主に感情が大きい記憶です。どこで狂ったのか心の闇がどこにあるのか知ることができると思います」

「その魂は……どこで……?」

「ソウルトメアが持っていました。グリスタ様に巣食っていたソウルトメアです。今はもう駆除しているので存在はしていませんが……」

「見せてちょうだい。お金はいくらでも出すわ! お願い!」

「それでは三つ約束をしてください」

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