第1章:払う者

「へっくしゅんっ!!」

「おやおや、お風邪でも召されましたか?」

「ううん。風邪じゃないよ! 誰かが噂話でもしてるのかな」


 少し肌寒くなった夕暮れ時、真っ黒なコートに身を包み、真っ黒な帽子をかぶった少年と、同じく真っ黒な格好の使用人らしき人物がルフニア王国の中央都で時間を潰していた。

 少年は全身真っ黒な格好によく映える綺麗な亜麻色の髪を持ち、癖っ毛なのか帽子から跳ねた髪が風になびいている。碧眼を持つ整った顔からはまだ少しあどけなさが感じられ、歳は11、2歳といったところだろうか。彼らはあるの帰りをここで待っているのだ。


「バロン。もう今日のソウルトメアはいいの? お腹いっぱいになった?」

「ええ。坊ちゃんの働きが上手だったので、飢えていません」

「相変わらず棘のある言い方をするなぁ……」


 少年の名前はオル・コートニー。裕福な家庭に生まれ、コートニー伯爵家の嫡男である。

 二人が出会ったのは約一年前、精神悪夢が魔物とわかる前の話。ルフニアの雪祭りの日に何者かからの襲撃に遭い、コートニー家はオルを残して全滅。証拠隠滅を図ったのか屋敷も燃やされてしまったオルは一夜にして家族と家を失った。

 屋敷の前で一人生き残った苦しみに襲われていたオルは、同じくその日は用事で出かけていたと言う使用人のバロンと出会い『旦那様の命で空けていましたが、その間に何者かが襲撃したようで家を守れず、本当に申し訳ありませんでした』と深い謝罪を受けた。オルは少しでもコートニー家の一員がいたことに希望が芽生え、なんとか持ち直すことができたのだ。

 それから二人は宿屋を転々とし生活をしているが、オルはいつか代々受け継がれたコートニー伯爵の地位と名を取り戻す為に日々奮闘している。

 

 ・・・


 転機があったのは二人で生活をし始めて半年ほど経ったある日。精神悪夢がソウルナイトメアと言う魔物であることが公表され、聖協会の存在を知ることになったオルは、一度も悪夢を見たことがないことをバロンに話した。するとバロンは来るべき時が来た。とオルに自身が悪魔と言う存在であることを話し始めた。


「正体を隠し続けて申し訳ありませんでした。私にとってコートニー家は……貴方の家族は特別な一族でした」

「僕の家が?」

「コートニー一族にはソウルナイトメア、ここではソウルトメアでしたか。人の眠りに現れ、精神を喰らい死を招く魔物を取り出す力がありました。先代コートニー伯爵にもあった力です」

「父が?」

「はい。私は魔物を払うコートニー一族に呼び出されその召喚に応じた悪魔です。コートニー一族は王族を支える一方で黒魔術に関心がありました。その黒魔術の試験で呼び出されたのが私です。成功するとは思ってなかったのでしょう。先代様は私を呼び出すと子供たちを守るように命じてきました」


 一見馬鹿らしい話だが、オルは真剣にその話を聞いていた。悪魔の良いように話を作られているかもしれない。実際はそんなことなかったのかもしれない。それでも今は亡き父の話や、もう事実さえ確認することができない一族の話を聞きたかったのだ。話が聞けるなら化かされてもいいと思ってしまったのだ。


「父は、こうなると知っていたの……?」オルが恐る恐る尋ねると、バロンは目を瞑り静かに「一族が襲撃されることを知っていました」と言った。そして少しでもバロンに守ってもらう子供を多くするため、オルには買い物を任せる名目で外に出させ、バロンには襲撃を仕掛けてくる不審者を殺すように命じていたという。


「しかし相手の方が一歩上手だったのです。相手は黒魔術に染まったでした。私が交戦している間に隙をついた一派が屋敷に忍び、奥様や旦那様を殺していき、やがて屋敷に火がつけられました」


「酷い……僕の家に何か恨みがあったの……?」

「わかりません。目的がなんだったのかはわかりません」

「悪魔ってことは、父となにか契約していたの? 本では読んだことあったんだ。そう言うのは架空の存在って言われてたけど」

「ええ。良い契約をしていただきました。ソウルトメアを払うことができる力は強大な力です。そのコートニー家先代の魂と引き換えに子ども達を守るという契約をしていました。しかし私が守れたのは貴方だけです。そしてこれは貴方が死ぬまで続く契約です」

「じゃあ、父の魂はいまバロンの中にあるの?」

「そうです。対価としてまだここにあります。肉体がない上に、魂なので心の記憶しかありませんが」


 バロンは指を鳴らすと白い光が現れた。これが人の魂の形……。オルが本で見たままの姿だった。綺麗に輝く光をみて、オルの目から涙が流れる。


「父の心の記憶を見ることはできるの?」

「ええ。できますよ。夢として先代の記憶を覗くことができます。ただ……これは私の魂です。ソウルトメアに掠め取られては堪りません」

「僕にもソウルトメアがいるの?」

「ソウルトメアは誰の心にもいます。本来人間の心の闇を巣食う魔物ですから」


 バロンが魂を再び消そうとした時、オルは「なら、僕から引っ張り出すよ。だから僕に父の記憶を見せて!」とバロンの前で、意識を手ばなさいまま、ソウルトメアを引き剥がしてみせた。


「これが、コートニー家の払う力……凄まじい……先代以上の力です」


 呆気にとられているバロンに、息を切らしたオルがソウルトメアを見せる。ソウルトメアは本来夢にしか出てこない魔物。つまりは宿主が眠っていなければ姿を見せることはない筈だった。オルから取り出したソウルトメアの姿は魔物というよりは小動物のような姿をしていた。


「こんな小さな生き物が魔物なの?」オルに話しかけられバロンがふと我に帰る。三ヶ月もあればソウルトメアに精神を削られた人間は発狂し死に至る。コートニー一家惨殺事件があってからオルの中にいたと考えても半年は経っている。その割に成長していないのだ。オルが正気でいるのもソウルトメアが成長していないおかげだろう。


「ええ。変ですね。このソウルトメアは坊ちゃんの精神を一ミリも削っていません」キュイ! と鳴き声を上げオルに擦り寄るソウルトメア。先ほどはうさぎのような見た目をしていたが今は猫のような生き物に姿を変えている。ソウルトメアという魔物は変幻自在らしく、オルはソウルトメアを抱きかかえ「この子も家族にできるのかな?」とバロンを見る。


「先ほども言いましたが、ソウルトメアは精神を喰う魔物です。同居なんてできません」

「でも、こんなに可愛いのに!」オルがずいっとソウルトメアをバロンの前に持っていくと魔物はキュイ! と再び鳴いた。このソウルトメア他のものとは違うのであろう。薄々バロンも勘付いていた。


「はぁ……。わかりました。ではテストをしましょう。貴方に先代の記録見せてあげます。それにこの魔物が喰いつかなければ同居を考えましょう。しかし、合格したとしてもソウルトメアを連れて街を出歩くことはできません。それは追い追い対策を練りましょう。それでいいですね?」


 バロンが妥協するとオルはバロンを抱きしめ「ありがとう!」と笑って見せた。約束通りバロンはオルに先代の心の記憶を見せてあげた。その記憶のおかげでオルはコートニー家の地位と名を取り戻す決心を持ったのだった。

 そして記憶を通し王家と親しかったことを思い出したオルは、自身の力を女王に見せようと提案するが、その提案はバロンに強く止められた。「そういうのは人の噂を吹かせて耳に入るようにした方がいいでしょう。ソウルトメアを自在に取り出すことができると知られれば、なにが起こるかわかりません」


 後々その言葉が響いてくるのだが、オルは今まで通り生活することを続ける中で仕事としてソウルトメアの治療をして街を回ることはできないか。と再び提案してきた。

 バロンはどの人間がどのくらいのソウルトメアを内に抱えているのか判断は難しいと言った。重症になるとわかりやすい症状が出てくるものの軽症や取り憑かれたばかりのソウルトメアは大人しくしているものだという。

「ソウルトメアに罹っている人間を見分けることができるのですか?」とバロンに聞かれると、オルは「できる」と自信を持って答えた。その自信の出どころに疑問を感じるバロンだったが、後にオルの力が並外れていることを思い知ることになるのだった。


 これが世間を騒がすことになる小さなの誕生だった。


・・・


 待っている間、昔のことを思い出していたバロン。辺りはすっかり日が暮れ暗くなっていた。

「坊ちゃん。そろそろ宿に帰りましょう。は坊ちゃんがどこにいてもきっと帰ってくるでしょう」

「んー! もう少し!」

粘っていると帰りを待っていた存在にオルが気がついた。その生き物は空中を駆け、オルの元に帰ってくる。キュイ! と鳴くその生き物にオルは声をかける。「キュウご苦労様! えっと次の依頼者は誰だった? ん……? エダ……?」

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