第35話 成就



 待ちに待った放課後だ。

 早速帰宅しようとした敦盛であったが、肝心の瑠璃姫はホームルームが終わるとすぐに教卓に向かい。

 しかして、すぐに戻ってくる。


「もう良いのか? 脇部先生に何か用だったのか?」


「あらもう嫉妬? 束縛が強い彼氏は嫌われるわよ」


「ち、違ッ! 俺は――」


「ふふっ、冗談よ。ちょっと一週間ぐらい休もうと思って」


「………………え、何か予定があるのか? 俺も着いていって良いか?」


「バカ、アンタも一緒に一週間休むのよ。――ま、望むならそれ以上かもとも言っておいたけどね」


「――――ッ!? よし帰ろう今すぐ帰ろうッ!!」


 なんて出来たカノジョなんだろうか、男の欲望をストレートに叶えてくれるなんて、なんて素敵なカノジョなのだろう。

 敦盛は竜胆や奏、円の苦笑した顔にも気づかすに浮かれて別れ挨拶。

 瑠璃姫の手を大事そうに繋ぎ、歩き出す。


「くっ、ごめんよ敦盛! オレが不甲斐ないばっかりに女狐に籠絡されちゃって……!!」


「いや円? お前的には気にくわないのは理解するが、今日ぐらいは取り繕え?」


「良いじゃない、瑠璃ちゃんと早乙女くんが教室が出るまで保ったんだから」


「っていうか竜胆、オレとしては昨日あった事をもっと詳細に聞きたいんだけど? ちょっと帰りに付き合えよ」


「メンド臭いなテメェ、まぁいいか奏と一緒でも?」


「ならオレは火澄ちゃんを呼ぶよ、――いつかダブルデートとかトリプルデートとか出来ると良いなぁ」


「樹野君は本当に早乙女君の事が好きねぇ、でもデートの話は興味があるわ。折角だしそれも話し合いましょう」


「…………俺とテメェはまだ付き合って無いんだけなぁ」


 親友達も幸せな未来を考えながら、教室から出て。

 一方で帰途を急ぐ敦盛は無言、それを瑠璃姫は横目で忍び笑い。


(こ、これから一週間ッ!! アレだよな、とうとう俺も大人の階段を昇る時が来たんだよなッ!!)


 来るのか、来てしまうのか初めてのコンドームが。

 以前、思わず買ってしまったが使う機会など無く。

 以降、机の引き出し奥にしまわれていたコンドームを使う事になる、否、使う時が来たのだ。


(緊張して、来たッ!! くそッ、もっとAVとかハウツー本で勉強しときゃ良かったッ!!)


 とてもぶっちゃけた話ではあるが、敦盛の夜のオカズは日常の中にあった。

 故に、積極的にその手の本や動画を探し求める事は無く。

 また、パソコンやスマホで調べるのも鬼門。


(ふっ、今まではコイツが何処で見てるかってひやひやしてたが。――これからは違う。この際だから電子書籍で探して…………あッ)


 気づく、何かを買うという事は金銭を消費するという事。

 金銭とは即ち、借金問題。

 二人の関係としては、避けては通れなくて。


(言うか? 話し合わなきゃいけないよな絶対。けど今? 家に帰ってから? 明日でも…………いや、そんな甘えた考えじゃダメだろ)


 雰囲気を壊してしまうが、もしかすると、もしかしなくても童貞卒業は遠のくかもしれないが。

 恋人になった、今の状態が恵まれているのだ。

 こんな自分を見捨てずに、恋人になってくれたのだ。

 彼が、大きなため息を吐き出した瞬間であった。


「そうだあっくん、借金なら今まで通りで良いわよ」


「瑠璃姫?」


「何よその顔。アタシだって鬼じゃないわ、アンタと離れたくないし、そもそもアタシが同意して今の状態にあるんだから。――取りあえずは出世払いって事にしてあげるわ」


「…………スマン、恩に着る。お前はつくづく良い女だよな瑠璃姫」


「誉めるなら行動でしめしてね、あっくん。……期待してるって言ったら喜ぶかしら?」


「任せてくれッ!! この借金は必ず返す、そしてお前も満足させて見せるッ!! 夜の性活もだッ!!」


「…………前言撤回、期待せずに待っておくわ」


「しまったッ!? つい口が滑ったッ!? リテイク、リテイクさせてくれッ!!」


「だーめっ、リテイクはあの時だけよ。――さ、家に着いたけど、どうするのあっくん?」


 妖艶に唇を舐める瑠璃姫、つまりはそういう事で敦盛は激しく首を縦に振る。

 気が変わらない内にと、玄関の扉を開く彼は速攻で靴を脱ぐが。


「あん? どうした瑠璃姫?」


「んー、そうねぇ……、せっかくだし脱がせてくれないかしら?」


「ッ!? わ、わかったッ!!」


 靴を脱がずニマニマと笑う瑠璃姫、敦盛はごくりと唾を飲むと扉の鍵を施錠し。

 そして、彼女の足下に跪く。


(うわ……なんかスッゲー興奮するんだけどッ!?)


 先ずは右足から、黒いストッキングに包まれた脹ら脛に頬ずりしたくなる衝動を押さえて、優しく脱がす。

 すると、どうだろうか。

 ただの爪先であるのに、妙に艶めかしく見えてしまう。


「どうしたのあっくん? まだ左足が残ってるわ」


「あ、ああ……」


 もう一度ごくりと唾を飲み、左足の靴を脱がす。

 すると今度は。


「じゃあ手洗いうがいね」


「…………パードゥン?」


「買ってきたら手洗いうがいでしょ? もしかして……何か変なこと想像した? まったく変態ねぇあっくんは」


「俺を弄んで楽しいかテメェッ!?」


「ええとってもっ! さ、行きましょ。今日は特別にあっくんに手洗いうがいを手伝わせてあげる」


「オッケー、今すぐ洗面所だッ!!」


 完全に弄ばれている、彼女のその美しい肢体を餌に。

 彼の好意に付け込まれて、小悪魔と称するに正しく弄ばれている。

 でもそれは益々、敦盛の興奮を誘って。

 ――――そして。


「きゃっ、もう……あっくんってば乱暴なんだから」


「テメェが煽るからだろうがッ!! 男を煽った責任取ってくれるんだろうなッ!!」


「あら、優しく愛してくれないの? アタシとしては制服を破かない様に脱がせて欲しいのだけれど」


「くそったれッ!! 天国に行かせてやるからなッ!!」


 敦盛の自室のベッドに、瑠璃姫は押し倒された。

 興奮の為に手元が覚束ず、荒い吐息と共にゆっくりと彼女の制服が開かれていった。


(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、――――あっくんあっくんあっくんあっくん。どんなにこの時が待ち遠しかったか、嬉しい、嬉しいわあっくん……)


 窓から差し込む夕日、電灯を点ける事すら忘れて敦盛は瑠璃姫を求める。

 それを、彼女は精神的な悦楽と共に受け入れる。

 ――唇を求められれば、差し出した。

 ――胸を求められれば、突き出した。

 ――指を求められて。

 ――臀部を引き寄せられる。

 ――唇の痕が、胸元に背中に、花びらの様に散らばっていく。


「世界一綺麗だ、愛してる瑠璃姫……」


「もっと、もっと、ね? あっくん――――」


 熱情に浮かされて敦盛はアルビノの美少女を、大切な幼馴染みを貪る。

 銀髪が揺れる、白い肌が揺れる、赤い瞳が敦盛を捕らえて離さない。

 日が落ちて、闇色に染まった中で、寝食を忘れて没頭する。

 深い、深い海の中に溺れていく様に、彼女が受け入れるままに。

 やがて、敦盛は彼女の魅力的な胸に包まれる様に倒れて。


「あっくん、寝ちゃった? …………そう、寝ちゃったのね。お休みあっくん、――――あはっ」


(なんで、そんな風に笑って…………)


 意識が途切れる瞬間、何か彼女の様子が変わった様な気がした。

 そして、目が覚めると。


「…………………………うん? あ? ッ!? はァッ!? こ、これどうなってんだよッ!? つかここ何処だよッ!?」


 気づけば敦盛は椅子に手足を拘束された状態で座り、唯一自由になる首で必死になって見渡せば。

 部屋全てが白一色、ご丁寧に扉のドアノブまで。


「そうだ瑠璃姫ッ!? おい瑠璃姫ッ!? 無事なのかッ!? いやもしかしてアイツも――」


「――起きたのねあっくん、おはよう。て言っても、もう夜だけど」


「…………はぁ。おいテメェ、これはいったい何のつもりだ? ちょっとプレイにしては特殊過ぎないか? いや、こういうのが好きってなら受け入れるが――いやその前に外してくれ、トイレに行きたい」


「嫌よ」


「ちょっと瑠璃姫? 漏らしても良いのか?」


「いいわよ別に、というか慣れなさいよあっくん。…………だって、あっくんはこれから一生をこの部屋で過ごすんだから」


「………………は?」


 さも当然の様に言う瑠璃姫は、いつもの何も変わらない様に見えた。

 見慣れたゴスロリ、いつものニマニマとした笑顔。

 ――でも何処か、不穏な空気を纏っていて。

 危機感を覚えた敦盛が問いかける前に、彼女は実に愉しそうに告げる。



「本当のコトを教えてあげるわ、あっくん……アタシはね。ずっと、ずっと――――アンタのコトが大嫌いで憎かったの」



 その表情は恋する乙女と対極、憎悪の炎を瞳に宿し。

 その声色は深い怒りを孕み、敦盛に突き刺さる。

 何をバカな、そう言いたいのに否定できない迫力が彼女にはあったのであった。


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