第34話 砂漠の雪



 通りがかったクラスメイト達が一人二人と増え、奏と竜胆と共に遠巻きに見守る中。

 敦盛は地団駄を践んで、瑠璃姫に叫ぶ。


「マジでッ!! リテイクってなんだリテイクってッ!! 俺はテメーが好きッ! ならお前が答える番じゃねぇのかよッ!?」


「は? なにアンタ舐めたコト言ってるワケ? この世界一の天才でスタイル抜群のアルビノ美少女の恋人になりたいワケでしょ? それなりに出すモンがあるでしょーが」


「出すモンって何だよッ!? 告白にそんなモンあるとか聞いたことねぇよッ!!」


「余所は余所、アタシ達はアタシ達よ。――ほら、出せるものがあるでしょうが。とっとと差し出しなさい」


「テメェは恋人関係になるのに金でも要求すんのか!?」


「え、あっくんサイテー……。まさか愛をお金で買おうとしてるワケ?」


「誰も言ってねぇよバカ!! 要求してるのはソッチだろうがッ!!」


 一説には告白とは、勝利確定の確認作業だという。

 確かに当てはまるかもしれない、だって瑠璃姫はリテイクと言った。

 そう――、敦盛の告白を拒絶した訳では無いのだ。


(ぐぬぬッ、何だよマジで何が足りないって言うんだよッ!! 素直にテメーも好きって言えば良いだろうがッ!!)


(うぷぷぷっ、混乱してる困ってるっ、良い顔してるわあっくん!! ……でも足りない、足りないわ。もっともっと、もっともっともっとっ!!)


(金じゃねぇ……俺のゲーム、マンガいや違うな物じゃなくて、――――態度、か? だが目的は何だ? 何で焦ら…………あ、もしかして恋人になった後でマウントを取る為にッ!?)


(ねぇあっくん……、嬉しいわ。こんなシチュエーションで達成出来るとは予想してなかったけど。アタシは今、とっても嬉しいの)


 ニマニマと意地の悪い笑み、でも彼女の目は期待に満ちて。

 一方で敦盛は静かに彼女を見据える、顔を真っ赤にして何か覚悟を決めたような表情で。

 ――通りすがった担任の脇部英雄も、二人を囲む輪に加わって息を飲んで事態を見守る。


「…………差し出せって言ったな」


「そうね」


「金じゃねぇよな、今の俺の金の出所は全部テメェだ。今更取り上げた所で意味ねぇし、そもそも恋人になるには金は必要じゃない」


「あら、でも恋人にならないって契約でアンタはアタシのペットになった。――破ったら借金倍額だったわよね?」


「闇金に金を借りて全額返す」


「へぇ、内蔵の一つや二つや足りない額よ? マグロ漁船に乗せられてアタシと明日から会えなくなるかもよ? それでも恋人になりたいの?」


「そうだ、瑠璃姫に会えなくなるのは辛い。でもお前と恋人になれないのは、俺の気持ちが届かないのはもっと辛いから」


「…………それで?」


 問いかける瑠璃姫の前に進み、敦盛は跪いてその手を取る。

 覚悟、そう覚悟だ。

 足りなかったのは、何が何でも彼女と恋人になりたいという覚悟。

 それから、もう一つ。


「俺は瑠璃姫、お前より頭が悪い」


「知ってる」


「金も持ってない、たった一つの取り柄の料理でもさ、お前が本気になれば俺の出番なんて無い」


「でしょうね、自分で言うのも何だけどアタシは万能の天才だもの」


「だから、――俺がお前に差し出せる物なんで一つしかないんだ」


「…………聞かせて、あっくん」


 敦盛は瑠璃姫の手を両手で包み、救世主に救いを求める哀れな人間の様に懇願した。


「好きだッ、愛してる瑠璃姫ッ!! 俺がお前に差し出せる物なんて気持ち一つしかないッ!! 俺の心の全てを瑠璃姫差し出すッ! だからッ、だから俺の恋人になって、俺を愛してくれ瑠璃姫ッ!!」


「あっくん……」


「お願いだ、お願いだ瑠璃姫……。俺はきっとお前が隣に居ないと生きていけないッ、この先もお前と一緒に居て、お前を愛し、愛されたいんだッ!! 今の俺には気持ちしかない、でもどうか、どうか瑠璃姫……」


 みっともなく縋りつく敦盛に、瑠璃姫は心が満たされる思いであった。

 なお、周囲はどん引きであった。

 恋愛完全勝利、それを彼女は引き出したかったのかと納得すると共に。

 その手腕に恐れおののく、ここまで言わせるのか、と。


「(な、なぁ奏? お前はこんな事を言わないよな?)」


「(憧れるって言ったら?)」


「(…………せめて二人きりの時にしてくれ、頼むからマジで)」


「(冗談よ、でもちょっと期待してるわ竜胆)」


 己もこんな風に恋い焦がれる台詞を言われるのだろうか、と想像して笑みをこぼす奏であったが。

 ともあれ目の前の親友に対しては、奇妙な共感を覚えていた。


(人のことを言えた義理じゃないけれど……瑠璃ちゃんも結構、乙女チックだったのね。多分コレは)


 裏返し、そう奏は受け取った。

 きっと彼女は、彼が今聞かせた様な台詞をずっと望んでいたのだ。

 多分、彼女自身がそう想っていたから。


(幸せになってね、瑠璃ちゃん)


 彼女の目に浮かぶ熱情が、恋のソレとは少し違うような気もしたが。

 でも、恋する乙女にしか見えなくて。

 ――その時だった、最後の審判を待つ様に黙り込む敦盛に優しい声が響く。


「あっくんはホントに愚かなね」


「瑠璃姫……?」


「そこは、愛してるってだけ世界中に聞こえる様に叫んでいれば良いのよ」


「俺を、愛してくれるのか?」


「さ、立って」


 言われるがままに立つ、その手は離さずに。

 受け入れてくれるのか、好きだと言ってくれるのか、愛してくれるのか。

 敦盛の緊張が高まる中、瑠璃姫はつま先立ちになり。


「――――んっ、これがアタシ答えよ」


「そ、それじゃあッ!? 良いのかッ! マジでッ!? 言ってくれ言葉にしてくれよ瑠璃姫ッ!!」


「だーめっ、……授業が終わって、家で二人っきりになったら……ね?」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!! よっしゃああああああああああああああああああッ!!」


「きゃっ!? あっくんっ!? 止めて、止めろってば目が回るっ!?」


「俺は世界一の幸せ者だアアアアアアアアアアア!!」


 唇にキス、そして彼女は蠱惑的に微笑んで。

 思わず敦盛は、瑠璃姫を腰から持ち上げてクルクル回る。


「おめでとう!!」「けっ幸せになれよ敦盛!」「おめでとう溝隠さん早乙女くん!!」「おいトトカルチョどうなった?」「よっしゃオレ敦盛と瑠璃姫さんに賭けてたんだ!!」


「おめでとう敦盛、瑠璃姫さんを不幸にするんじゃねーぞ」


「勿論だぜひゃっはーーーーッ!!」


「ちょっと見てないで止めなさいよっ!? 目が回るったら!?」


「ふふっ、私からのアドバイスよ瑠璃ちゃん。男の子って暴走するから避妊は忘れずにね?」


「アドバイスする前にマジで止めなさいよっ!? このっ、このっ!! アタシのゲロ貰いたいのバカっ!!」


「おっと、スマンスマン。つい嬉しくてな」


「はぁ……この先が思いやられるわね」


 祝福ムードの中、見守っていた一人。

 担任の脇部英雄が手を叩く。


「はい、カップル成立はめでたい所だけどさ。――もうすぐ校門閉まるよ皆?」


「…………しまった!? 急ぐぞ瑠璃姫!!」


「うぇっぷ、目が回って動けない……」


「うーん、じゃあ敦盛君。お姫様抱っこで教室まで運んでね。恋人としての初めての共同作業って事で」


「はい脇部先生っ!!」


「――――竜胆?」


「まだやらんぞ」


「じゃあ全員駆け足っ! でも交通ルールは守るコト!! ……………………ちょっと気になるなぁ、暫く様子を見た方が良いかもしれないね」


 そして全員が駆け出し、チャイムギリギリで全員んが滑り込みセーフ。

 彼らは二人の告白成功をその場に居なかった者達に語り、結局その日はずっと浮ついていたのであった。


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