第36話 真実
「は、ははッ、…………下手なジョークだな瑠璃姫。全然、笑えないぜ」
「……」
「ほら、自由にしてくれよ。それともこういうプレイが好みか? なら付き合うけどよ……」
「……」
「…………なぁ、何か言ってくれ、言ってくれよ瑠璃姫」
「……」
「何か言えよッ!!」
だが瑠璃姫は静かに佇み、暗い瞳で微笑むばかり。
嘘だと信じたかった。
だが演技だとしても、あまりに迫真の演技で。
(いいやッ、これはたちの悪いジョークだ! 俺を驚かせて遊んでマウント取ろうとしてるだけだッ!)
昨夜は心も体も繋がりあって、幸せに、幸せな生活が始まる筈だったのだ。
なのに何故、こんな事になっているのだろうか。
(冗談キツ過ぎるぜ、――俺が降参すれば満足する、そうだろう?)
震えたため息を一つ、強ばった顔で敦盛は彼女に笑いかけた。
「分かった、分かったぜ。俺の負けだ、惚れた弱みってやつか? 今後主導権はお前が握って良い」
「――アンタの悪い癖よ、現実を直視しないで都合の良い解釈するの」
「ッ!?」
「奏の時もそうだったじゃない、最初からあっくんに振り向かない事なんて分かってて好きになった。それだけなら良いけど、竜胆の事は都合良く無視して好きで居続けた。――ま、今更遅いけどね。だったアンタはこれから一生をここで暮らすんだから」
「ふざけんなッ!! 冗談はやめろって言ってんだよッ!! とっとと自由にしろ! 今なら怒らないからよッ!!」
「――――黙れ」
瞬間、ぱぁん、と乾いた音が響いた。
カッ、と熱く。じんじん、と痛む感触。
頬を叩かれた。
(な、なんで――――ッ!?)
痛みより、叩かれたという事実に敦盛は強い衝撃を受けた。
これまで彼女より暴力を食らった事は数知れない、だがそれはじゃれ合いの延長線上。
必ず直前にセクハラや、手酷い挑発の対価であった。
だから、敦盛に非が無き状態で殴られるのは初めてであり。
否応が無く、彼女が本気である事を悟ってしまう。
――溝隠瑠璃姫は、早乙女敦盛の事を憎悪している。
「な「なんで、かしら?」
「……どうして」
「アタシが告白を受け入れたって? それともセックスした事かしら?」
「……」
「ああ、やっぱり両方ね」
「こんな事して、何になる。それに遅かれ早かれ誰かが気が付くぞ」
そう、ヒト一人がいきなり居なくなるなんて問題しかない。
敦盛は高校生で、心配してくれる友人達やクラスメイト、教師も居る。
それにもし長期間に渡ったとして、彼の父は、彼女の父が必ず不審に考える筈だ。
だが、瑠璃姫はとても愉しそうに。
「バカねあっくん、もう忘れちゃったの? アタシは脇部先生に昨日なんて言ったのかしら?」
「――ッ!? い、一週間休むって!? だが一週間以上経過したら絶対にアイツ等だってッ」
「アタシがそんなコトを予想してないと思う? ぷぷぷっ、ここが何処だかも分からないのに?」
「嘘だろッ!? ここはお前の家の部屋のどれかじゃねぇのかよッ!?」
「さぁ、どうでしょうねぇ……あはっ、あははははっ!!」
「ふざけんなバカ野郎ッ!! こんな事してオジさんが悲しむとは思わないのかッ!! それに俺の親父ならッ、あんなクソ親父だけど俺の事を絶対に探し出すッ!!」
すると彼女は、くつくつ、と歯を見せて嗤う。
「何がおかしいッ!」
「だからあっくんはバカなのよ、――これはね、何年も前から準備して計画してたコトなの」
「――…………は?」
「良いことを教えてあげる、――アンタの借金、一億円の借金なんて最初から何処にも存在しないわ」
絶句する敦盛の前で、瑠璃姫は次々に真実を暴露していく。
「オジさんと父さんは、今頃は豪華客船の上で世界一周を楽しんでるわよ。……あっくんがこーんなコトになってるなんて知らずにね」
続けて。
「あの二人を騙すのは簡単だったわ、幼馴染みという関係から恋人になる為に二人っきりの時間が欲しいって言ったらすぐに信じちゃって、――ああ、騙すってう表現は間違いだったわね。だって……あっくんの次の誕生日にはアタシと結婚してるもの」
それは、彼女は一生敦盛を監禁すると言っているのと同義。
血の気が引き青白くなった彼の顔を、瑠璃姫は嗤いながら愉しそうに撫でる。
――何か言わなくては。
衝動的に敦盛は言葉を探すが、何を言って、何を質問すれば良いかすら判断出来ない。
「恐怖で震えてるのね? 可哀想なあっくん……くすくすくす、でも安心して? 死んだ母さんに、オバさんに誓って必ずアンタ以外は不幸にしないって誓うから」
「…………なんで、俺の告白を受け入れたんだ」
「その顔を見たかったから、幸せの絶頂で突き落とされる今の顔をね、アタシはずっと見たかったのあっくん。――嗚呼、嗚呼、嗚呼、今、アタシはとっても幸せ……」
彼女は殊更に綺麗な笑みを浮かべると、敦盛の頬を両手で柔らかに挟み。
興奮しきって開ききった瞳孔で、熱く、熱く見つめる。
「ねぇ、ねぇねぇねぇっ、気づかなかった? アタシは一度もアンタのコトを異性として好きだってっ、愛してるって、――告白の返事、ちゃんと言葉にしてないって気づいてたッ!! あはっ、あはははっ、気づいてないでしょうっ!!」
瑠璃姫は激情に駆られたまま、敦盛の顔と己の顔を密着寸前の状態で叫ぶ。
「愉しかったわアンタに好きなフリするのっ!! ね、アンタも嬉しかったでしょう? アタシとセックス出来て、告白したその夜にセックスなんてエロ漫画みたいな展開を経験した気持ちはどう? 天にも昇る気持ちだったでしょう? ――――全部、全部、そう全部ウソだったのあっくん!!」
彼女の熱い吐息が怖い、爛々と輝く彼女の赤い瞳が怖い。
でもいつの間にか瞼を押さえられ、目を瞑れない。
手を封じられているから、耳を塞ぐ事も出来ずに。
「苦労したのあっくんっ!! アタシがアンタに執着するみたいに、アンタをアタシに夢中にさせるのっ!! 満たされてる、アタシ今とっても満たされてるっ」
「お、俺の気持ちもッ……お前の誘導だったのか?」
否定して欲しい、だが瑠璃姫は耳元で優しく囁く。
熱い吐息が、耳にかかる。
「勿論 よ ――だって だって不公平でしょう? アタシが こーんなに アンタを想ってるのに アンタは アタシと 奏を 天秤にかけてるんだもの」
「俺の気持ちを、お前だけに向けさせる為に。奏さんとの仲を応援したのか?」
返答は無かった、代わりに頬へ唇が当たって。
彼女は穏やかに微笑み、体を離す。
「セックスまでして、アタシの処女を奪って、――あっくんはもうアタシから離れられない。全部バラされても見捨てられずに好きなまま……そうでしょっ」
「ぁ――――」
絶望の二文字が過ぎった、確かにそうだ。
こんな事を言われても、敦盛の心はもう瑠璃姫で占められ固まってしまっている。
手遅れなぐらい、愛おしさを感じてしまっていた。
それは、今更冷めたりしない。
(どうして、こんな事に……)
がくり、と項垂れた敦盛に彼女は懐かしそうに語り出す。
「――――出会ったその日から、アタシはアンタの事が嫌いだったの」
まるで歌う様に。
「あの日、アタシ達はゲームで遊んだわね? 初めて遊ぶゲームだったけど、何十時間も遊ぶアンタに圧勝してた、……途中までは」
よく、覚えている。
それは敦盛にとって、大切な思い出だからだ。
「あの時アンタはアタシをくすぐって、その隙に勝利した。――ええ、子供らしい卑怯な手よね」
でも、という彼女の言葉が重く響く。
「…………アタシは絶望した」
感情の抜け落ちた顔で、瑠璃姫は続ける。
「才能も何もかも下のアンタに負けて、アタシは悟ったの。――アンタみたいな卑怯な人間に、アタシは絶対に勝てないって。どんなに才能があっても、人間の行動の全てを予測しコントロール出来ないし、ましてや盤外から攻められたら食い物にされるだけ」
知らなかった、なんて口に出せる訳が無かった。
記憶にある彼女はいつも楽しそうで、敦盛と勝負するのを楽しんでいるのだと、それが彼女のコミュニケーションなんだと想っていた。
「アタシは折れてしまったの、……昨日まで折れ続けてた。でも、今は違うっ!!」
「瑠璃姫……ッ」
「アタシはアンタを乗り越えたっ!! あはははっ、あはっ、あははははははははっ! とうとうっ、アタシは勝ったっ! ――――これからアタシの復讐が始まるのっ!!」
そして。
「幸せにしてあげるわあっくんっ!! 幸せに、幸せにっ、真綿で首を締めるみたいに幸せな生き地獄に堕としてあげるっ!! 心の底からアタシに服従して、アタシが居ないと生きていけない体にしてあげるわっ!!」
「瑠璃姫ッ、瑠璃姫エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」
狂った様に、否、彼女は既に狂っていたのだろう。
愉しそうに嗤う瑠璃姫を前に、敦盛は名前を呼ぶことしか出来ない。
甘酸っぱい同棲生活ではなく、地獄の監禁生活が今始まったのであった。
(※ここから十話ぐらい愉しい地獄、もとい楽しい同棲生活に付き合ってもらいます)
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