第2話 電動マッサージャー
危機的状況において、人は本性を露わにするという。
それは今この瞬間の敦盛にも当てはまる、――行動する前に一呼吸置いて考える事。
亡き母の教えが、彼の中に現在も息づいていた。
父の作った多大な借金、それを取り立てに来たと思しきドアの外の客人。
推定・怖い黒服のお兄さん達にどう対応すればベストか、今、彼の頭脳は高速で回転をスタート。
(対応は三つ、逃げるか家に上げるか居留守を使うかだ!)
一番デメリットが大きそうなのは、家へと招き入れる事。
逃走も効果的に思われるが、一番穏当に済ませるには居留守を使うべきではないか。
即座に脳内シミュレーションを開始するが、どれも上手く行きそうになく。
(くッ、何がベストだ? 逃げる? ここは三階で分が悪い、なら息を潜めて……ここは角部屋だし隣はアイツの――――ッ!? ダメじゃねぇかッ!! この時間はあのバカしか居ねぇッ!!)
ありふれた幸せとありふれた不幸、世間一般でいう平凡な半生を送ってきた敦盛であったが。
唯一、幸か不幸か他人から羨まれる事といえば美少女の幼馴染みが居る事である。
残念な事に彼女は多大な欠点と、それを帳消しに出来そうで出来ない才があるが――そも引きこもりという社会不適合者だ。
(迂闊に逃げられねぇじゃねぇかッ!! となると家にあげるしかねぇけどさ…………)
ノックは続く、しつこいぐらいに続く。
しかして無言、只ノックの音だけが聞こえ、だからこそその不気味さが敦盛の精神をガリガリ削る。
(お、落ち着け……、土下座して帰って貰えば良いんだ、俺を被害者だとバカ親父に巻き込まれた被害者だと思わせれば…………ワンチャン……あるか?)
ドッ、ドッ、ドッ、と心臓が高鳴って五月蠅い。
事は万全を期さなければ、あくまで敦盛を被害者に見せるのだ。
やる事が決まれば、幾つか選択肢が浮かぶ。
(――――首吊るフリでもすっか? いや、それは弱みを見せるのと同じだ、つけ込まれて丸め込まれて内蔵を売ることになっても不思議じゃない)
泣き落としは通用しないと考えた方が良い、彼らはその手のプロの筈だ。
そこまで考えた時、敦盛の脳裏に担任教師の言葉が思い浮かぶ。
一年から続投した若き担任教師、他の教師達から一目置かれる優秀な彼は以前こう言っていた。
『交渉っていうのはね、最初の一撃が大切なんだ。相手の意表を突くインパクトが重要なんだよ』
そしてこうも。
『でも忘れちゃいけない、それは相手の弱みであってはいけないんだ。最悪、遺恨が残るからね。だからあくまで混乱させる、攻撃性の無い、でも心に残ってしまう様な――』
次の瞬間、敦盛の目にはソファーの上の電動マッサージャーが写って。
――ノックは続いている、迷っている暇などない。
「見せてやるぜ、俺の一世一代の大舞台ッ」
敦盛は全裸になると、電動マッサージャーをスイッチオン。
震動は最大、ブブブと鈍い音が響き始め。
それを、――――股間に当てる。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんッ!! なんたる快楽ッ!! エクスタシいいいいいいいいいいい! しゅっぽしゅっぽ、機関車が行くぞおおおおおおおおおおおお!!」
いざ行かん玄関へ、股間に当てた電マはキープし精一杯快楽に溺れる演技。
(思ったより震動キツイッ!? 俺の竿が壊れる前に決着をつけるッ!!)
これこそが敦盛に許されたたった一つの冴えたやり方、ドアノブを握り、回して、さあ見るがいい。
「当方オナニー中でしゅううううううううう!! 何かご用で――――………………」
「え?」
「はい?」
ブブブ、ブブブと電マの鈍い音がマンションの廊下にまで響く。
扉の外に居た想定外の人物に、敦盛は思わずあんぐりと。
そして、来客はニンマリと嘲る様に口元を歪めて。
――ついでに、その大きな胸を揺らして。
「…………うわぁ、あっくん何してるの? ついに気でも狂った?」
そこには、白髪赤目のアルビノの特徴を持ったゴス女が。
件の美少女、幼馴染みである溝隠瑠璃姫(みぞがくれるりひめ)の姿があって。
「いっそ殺せええええええええええええええええええええええええええええええええええ!! 来るなら来るって言えよバカああああああああああああああああ!!」
「ぷぷぷーー、偶には家を出てみるもんね。アンタのこんな情けない姿が拝めるなんてラッキーだわ、はいチーズ!」
「撮るんじゃねーよ引きこもりデブッ!! つか入ってくるんじゃねぇッ!! ああもう畜生ッ、今日は厄日だッ!! 帰れッ! テメーに構ってる暇なんてないんだよ!!」
「へー、ほー、ふーん? そんな事言って良いんだぁ……。この写真、クラスのライングループに流しちゃおうかなぁ」
「~~~~ッ!! とっとと中に入れクソオンナ!!」
一抹の安堵と、大きすぎる敗北感と羞恥心。
敦盛は震え続ける電マで股間を隠しながら、瑠璃姫が我が物顔で家に上がるのを眺める事しか出来なかった。
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