第33話 二人の関係は、

 


 宗佐と珊瑚と共に三人で夜道を歩く。

 途中何度か宗佐が「石油王を追い返す準備は出来てたのに……!」と嘆き、そのたびに珊瑚が「石油王に失礼なことしないで!」と明後日な叱咤をする。

 そんな会話の合間に高校時代のことを懐かしんだり次に遊びに行く予定を立てていれば、芝浦家にはあっという間に到着してしまった。――遊ぶ予定を立てていた時の「もちろん俺もお呼ばれしていいんだよなぁ」という宗佐の恨めしげな声と言ったらない――。

 そうして二人が自転車を玄関脇に停めるのを眺めていると、家の鍵を取り出した宗佐がくるりとこちらを振り返った。


「健吾、俺はお前を信じて珊瑚を託す。ちゃんと家まで送り届けろよ」

「家って旧芝浦邸か?」


 ちらと隣の建物を見れば古い家が一軒。珊瑚と祖母が暮らしている旧芝浦邸で、向こうの玄関までの距離は僅かである。

 その距離を送り届けろということなのだろう。頷いて返せば新芝浦邸の玄関に半身入った宗佐がじっとりと睨みつけてきた。


「三分だ。三分経っても珊瑚が戻って来なかったらバットを持って飛び出してやる」

「必死だな、お前。というかお前の家にバットってあったか?」

「無い! それだけ俺は本気ってことだ! とにかくスタート!」


 宗佐の威勢の良い合図と共に、バタン! と勢いよく扉が閉まる。次いで聞こえてくる慌ただしい音と「二分五十九秒! 二分五十八秒!」というカウントはもちろん宗佐である。

 徐々に小さくなるあたり、きっと家の中を突っ切り、庭の垣根を通って旧芝浦邸へと移ろうとしているのだろう。

 それを想像したのか、珊瑚が盛大に溜息を吐いて旧芝浦邸へと向けて歩き出した。それに倣うように俺も歩き出すが、両家の玄関はたった数十歩の距離しかない。あっという間に着いてしまう。


 ……でも三分だ。


「もう宗にぃってば、なにが三分なんだか。まだ数えてるし」

「……三分か、結構あるよな」

「健吾さん?」


 どうしました? と見上げてくる珊瑚の腕を引いて抱きしめた。


 宗佐のカウントは二分以上残っている。――そのカウントが旧芝浦邸の扉の向こうから聞こえてくるのだが、まぁそれは気にするまい――

 強く珊瑚を抱き締めれば、言わんとしていることを察したのだろう彼女が応えるように俺の背に腕を回してきた。

 覗き込めば心地よさそうに目を細め、時折俺の胸元に頬を摺り寄せる様が甘えてくる猫のようで可愛らしい。髪を掬うように頭を撫でれば腕の中でクスクスと笑い、より強く抱きしめ返してくる。背に回された彼女の手が、俺の上着をぎゅっと掴んだのが感覚で分かった。


 今までひた隠しにする恋をし続けていたからか、付き合ってからの珊瑚は俺に対して積極的に好意を訴えてくれる。

 部屋で過ごしている時は隣にくっついて座り、外出時は恥ずかしそうにしながらも俺の袖を引っ張って手を繋ぎたいと強請ってくる。そして今のように、抱きしめれば俺の背に手を回し、応えるようにより強く抱きしめ返してくれる。

 もっとも直ぐに頬が赤くなるのは相変わらずだ。現に、額にキスをすればポンと音がしそうなほど彼女の頬が赤くなった。


 それがまた可愛くて、「珊瑚」と呼べば嬉しそうに「健吾さん」と俺を呼ぶ声が返ってくる。

 なんて甘くて恥ずかしくてそして幸せな時間だろうか。


 ……もっとも、割って入ってくる宗佐のカウントダウンは二分を切り、それを聞いた珊瑚がゆっくりと俺の腕の中から離れていった。

 もう帰ろうとしているのだろう、そう訴えるような彼女の仕草に対して、俺は腕を掴んで再び腕の中に抱き留めた。


「健吾さん?」

「あと一分以上ある」

「でも……」

「三分も俺に与えるなんて、相変わらず宗佐は馬鹿だな」


 そう告げながら珊瑚の頬にそっと手を添える。

 軽く撫でれば心地良さそうに目を細め、それどころかもっと撫でてくれと強請るように俺の手に頬をすり寄せてくる。やはり猫のようだ。


「健吾さん」

「ん?」

「好き、大好き。健吾さんが大好きです」


 珊瑚の声は嬉しそうで、自分自身でもその言葉の甘さを噛みしめているように聞こえる。

 俺と珊瑚は兄妹じゃない。彼女を長く苦しめ、出かけた言葉を飲み込ませていたしがらみは無い。

 今の言葉だって『兄を想うブラコンの妹』のように別の感情を取り繕う必要もなく、ただ純粋に恋人として、想いの通りに口に出来るのだ。


 大好きな人に、偽ることなく大好きだと伝えられる。


 きっとそれが嬉しいのだろう。幸せそうに俺の腕の中で愛の言葉を繰り返してくる。

 そんな可愛さに絆されながら、俺も応えるように背に回していた腕に力を入れて強く抱きしめた。


「俺も好きだ。……好きだ、妹」


 ふと思い立って『妹』と呼んでみた。

 腕の中で珊瑚がキョトンと目を丸くさせ、次いで楽し気にクスクスと笑いながら俺を見上げてくる。そうして告げられる、


「先輩の妹じゃありません」


 という言葉はもう何度も聞いたものだ。

 ずっと繰り返してきた楽しい応酬。


「そうだな、確かに珊瑚は俺の妹じゃない。……俺の恋人だ」


 ゆっくりと珊瑚を抱き寄せて目を細めれば、意を汲んだ彼女が小さく息を呑んだ。腕の中の身体が強張り、俺の服を掴んでいた手が僅かに震えた。

 臆すように下がった眉尻から緊張しているのがわかる。それでも彼女は頬を赤らめながら、目を閉じることで応えてくれた。

 その仕草が可愛くて、俺は緊張を悟られまいと落ち着く様に自分に言い聞かせつつゆっくりと顔を寄せていった。


 聞こえてくるカウントは残り二十秒、キスをするには充分だ。

 それに、送り際にキスをするなんて良くある話だろう。


 なにもおかしなことはない。


 だって俺達の関係は、兄妹ではなく、『兄の友人』と『友人の妹』でもなく、恋人同士なのだから。




 …完…



◆◆◆


『先輩の妹じゃありません!』

これにて完結となります。

最後までお読み頂きありがとうございました!


本編は完結となりますが、今後もその後のお話や短編などをちょこちょこと書いていこうと思います。

その際はまたお付き合い頂けると幸いです。


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