第25話 最悪な偶然が呼ぶ久しぶりの愛憎
『珊瑚も行くって』という俺の胸中を全く理解していない暢気な宗佐の返事から数日。
駅前で集合した俺達は、新生活を報告しあったり高校時代を懐かしんだりと盛り上がりながら水族館に向かった。
……のだが。
水族館に入って一時間後、俺は一角で立ち尽くして遠い目をしていた。
薄暗く程好く静かな水族館はとても居心地がいい。……はずだ。本来ならば落ち着いた空気に癒しを感じていただろう。
だけど俺の目の前の光景は全く癒しにならない。むしろ癒しとは真逆である。
「久しぶりだなぁ、芝浦……」
恨みを感じさせる声で出迎え、あっというまに宗佐を囲むのは、元蒼坂高校の男子生徒達。言わずもがな宗佐に嫉妬の炎を燃やしていた者達だ。
なんとも懐かしい顔触れではないか。恨みがましい表情と声色と可視化しそうな負のオーラが更に懐かしに拍車をかける。
そんな怨念立ち込める男達とは対極的に、
「久しぶりね芝浦君、ねぇイルカのショーを見に行きましょう!」
猫撫で声で宗佐の腕を取るのは桐生先輩。
大人びた服装と甘えるような声。水族館だからか、それとも久しぶりに宗佐に会えたからか、テンションも少し高い。
それもまた良い塩梅にギャップを感じさせ、彼女の魅力的を増させている。囲む男達が更に嫉妬心を滾らせるのも仕方ない。
そんな相変わらず積極的な桐生先輩に当てられたのか、月見が奪われまいと宗佐の片腕を取っている。むしろ宗佐の片腕をぎゅっと抱き抱えている。
以前の彼女であれば、宗佐を囲む愛憎の輪に対してどうして良いのか分からず右往左往しているのが定番だったというのに。この大胆さと積極性は片思いから晴れて恋人になったからだろうか。
もっとも、その月見の変化もまた男達の嫉妬心を煽っているのは言うまでもない。
二人の美少女が宗佐を取り合い、それに対して男達が悲鳴と呪詛の声をあげる。
蒼坂高校時代には、何度も、それどころかうんざりするほど目にした光景である。
あぁ、こんなに色濃かったのか……。
と思わず過去を思い出す。よく俺はこんな濃い憎悪を三年間も眺めていられたものだ。
ちなみに、そんな愛憎劇を外野から――他人を装いつつ――眺める俺の隣には、
「せっかく二人で来たのに……」
と、遠い目をして掠れる声で嘆く木戸が立っている。
「よぉ木戸、久しぶり……。というわけでもないな、お前とも結構会ってるな」
「あぁそうだな。というか、会っていようが会ってなかろうが、今ここでは会いたくなかった」
「お互いさまだ。それで、これはどういうことだ? もしかして皆揃って俺達を追いかけてきたのか?」
見慣れ過ぎた光景を眺めながら問えば、木戸が盛大に溜息を吐いて力無く首を横に振った。
「この嬉しくない再会はまったくもって偶然だ」
「偶然? 俺達が遊びに来て、そこにお前と桐生先輩が……、ってぐらいならまだ分からなくもないけど。あいつらも居合わせるなんてあり得るか?」
さすがにこんな偶然は信じられない。そう俺が話すも、木戸が再び溜息を吐いた。
全身から虚脱感を漂わせている。
「それが有りえるからこうなってるんだろ……。まぁ、あいつらの場合は、偶然俺達を見つけた奴が仲間を呼び寄せたって可能性が高いけど」
「嫌な同窓会だな」
「なんで今日なんだよ……」
木戸が肩を落とし、俯き、その挙句に呻いた。あまりの落胆ぶりに、その肩を叩いてとりあえず慰めてやる。
しかしなんて嫌な偶然だろうか。
だがこの水族館は俺達が住んでいる地域からも近く、新生活に慣れ始めた頃に遊びに来るには最適だ。
時期的にも、夏休みに入って混雑する前に遊びに行こうと考えるのも分かる。俺達も同じだし。更に夏のはじめとあり外は暑いが、水族館は涼しく快適。
尚且つチケットや割引券を入手しやすいようで、聞けば木戸は俺達とは違う経緯でペアチケットを入手したらしい。
なるほど、そんな条件が重なった結果、この惨状か。
この話に俺は納得し、頷き……、そして木戸に続くように溜息を吐いた。
理解したからといって、これはあんまりだ。
「木戸、あいつら放ってどこか行くか……」
幸い、集団はエリアの端で愛憎劇を繰り広げている。
というか、邪魔にならないように徐々に徐々に移動し、気付けばエリアの端で固まっているのだ。
これはきっと一般客の邪魔になるまいと考えての事なのだろう。相変わらず、冷静なのか愛憎に狂ってるのか良く分からない集団だ。
だが一般客の事を考えているのなら、このまま放っておいても良いだろう。
そう考えて木戸に声を掛けるも、よっぽどショックだったのか立ち尽くしている。
「イルカのショーが見たいって
弱々しい声で木戸が呟く。
本気で落ち込んでいるのだろう嘆く声はらしくなく暗く、宗佐の腕に抱き付いて月見を煽る桐生先輩を切なげに眺めている。
その横顔は哀愁さえ感じさせ、このまま頽れてもおかしくないほど。
木戸とは通学の乗り換え駅が同じで、宗佐同様に暇な時には会って話したり遊んだりしている。
いまだ桐生先輩のストーカー継続中。進展したとも諦めたとも聞かないのだからさすが不屈の男だ。――まぁ俺も大概なんだろうけれど。……と、大学での友人達からの慰めを思い出しながら己を省みる――
だがなんにせよ、木戸は『今日こそは』と思い意気込んで水族館を訪れたらしい。――これもまた俺と同じである――
それを思えば同情心やら仲間意識やら共感やらが沸き上がり、項垂れる木戸の肩を慰めるように数度叩いてやり、……ふと気付いた。
……
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